汝、運命を変えてゆけ〜凡才のモブに転生したと思ったら、本当はゲーム開始前の2代目主人公だった〜

ウユウ ミツル

第1話 プロローグ

 モブ。


 物語に登場するがその進行に関与しない存在のこと。

 主人公たちが華々しい活躍をする後ろで、地味に目立たないように振る舞う引き立て役。

 あのきらびやかな個性の後ろに隠れた、無個性の塊。

 俺は、それに転生した。



「ん~、いい朝だなあ」


 桜並木の中を歩いて行く。今日から高校二年生だ。

 ピンクの花びらは今日も今日とて意味の無い朝修行をしてきた俺――的場来次まとばらいじを風と一緒にくすぐってから、世界のどこかへと消えていった。


 穏やかな春の陽気の中、俺は右頬にある古傷掻きながら、今までの人生のことを思い出していた。


(あー、今日でこの体に転生して十六年か……)


 そう思うと感慨深いモノがあるな。いや、思わず顔が赤くなるような恥ずかしい思い出しかないが。


 この世界は、俺が前の世界でハマっていたゲームにそっくりな世界だ。

 俺の世代の覇権タイトル「なんじ、高みを超えてけ」……通称ナンユケが忠実に再現された世界。


 ストーリーとしては、「ダンジョンがある世界で主人公がヒロインとともに戦い仲良くなり、世界を救って恋人を得る」と、一見ありきたり。


 そんな王道に、神挙動神シナリオ神ヒロイン、そして多すぎるやりこみ要素に詰め込んでできたのがナンユケというわけだ。


「それが現実になったって思ったときはテンション上がったなあ……」


 もちろん俺がいた世界にはゲームを現実にする技術は無いのでこれは超常現象の仕業だろう。

 どうなっているかなんて全くわからないが、とにかく転生した直後の俺は期待した。


 これはゲームの時の知識を使って効率よく強くなって、主人公のように活躍ができるチャンスではないかと。


 ヒロインたちと、いやヒロインたちでなくとも攻略できないキャラや人気のサブキャラと恋仲になる事もできるのではないかと。


 それなりに顔がいいことも加味して「これはいける」と思って子どもの頃はハチャメチャに修行なんかして頑張った。

 いつか、自分がすごいやつになれると信じていたのだ。


(そう思ったんだけどな……)


 だが――俺はモブだった。

 ゲームで名前のあるキャラに比べれば、絶望的なほどに才能が無かった。


 ステータスはこの世界に来てからは確認できないものの、低いことはほかと比べて確認済みだし、スキルも初期で覚えられるものだけ……そのほかのすべてにおいても俺はナンユケのどのキャラよりも劣っている。


 どれだけゲームの知識があっても、子どもの頃から努力しても、ずっと弱いまま。

 単純な話――才能が無かったのだ。


「はあ……」


 もちろん俺も子どもの頃からなんとかして俺しか知らないはずの上限解放アイテムやスキルを手に入れて対抗しようとしたが……そもそも才能が無い。


 上限解放してもそもそも伸びないものは伸びず、スキルは生えないし、大半の武器は要求ステータスを満たせず無用の長物。


 一応主人公パーティーの荷物持ちとしてその冒険のお手伝いをしたが……ヒロインが困っていても何もできない自分に歯がゆい思いしか無かった。


 あーあ、神様か運営か知らないけど、もうちょっとこの世界に転生させたんならいい思いさせてくれよ。


「せめて理由も無く女の子にモテるとかさあ……」


 俺はまた右頬を掻きながら、ヒロインたちのことを思い出す。

 いろいろアプローチしたものの、誰も振り向いてはくれなかったヒロインたち。


 ゲームで人気だったやつ、不人気だったやつ、そもそも攻略対象じゃ無いやつ、モブ……いいなと思った人全員アタックしてみたが、ことごとくそういう対象には見れないようだった。


 つまり、強くもないモテもしない今の俺にとっては……このゲーム、クソゲーだ。


「ま……こういうモブ生活も嫌いじゃ無いけど」


 だが、俺はこの十六年間で得たものはそんな不幸だけではないと知っているのだ。

 大抵のヒロインには顔を覚えてもらっているし、人よりは強いし……なにより。


「――どうしたの? こんなところで立ち止まって」


 ナンユケの主人公は、とんでもなくいいやつだったから。

 声をかけられたので振り返ってみれば、平均より少し大きい俺の視線の少し下に――主人公はいた。


「おはよう、来次くん。今日も朝修行してきたの?」

「おお、わかるか? いやあ、全く芽の出ないのなんの」

「ううん、絶対に何かの糧になってるよ! 毎日言ってるけどこれは自信ある!」


 女の子のようにかわいらしいくりっとした瞳におっとりとした雰囲気のまま|風早創始(かざはやそうし)は、むん、と力を入れていた。かわいい。


 彼がナンユケの主人公であり、ヒロインたちが取り合い、この世界の闇と対峙し、最終的にラスボスを倒した男。


 誰よりもスキルを覚え、ステータスも伸び、能力値の上限が存在しない、生まれきっての主人公だ。


「つっても、毎日自作の障害物走してんのになにも変わんねえぞ? まあ確かに単純に走るのが早くなったり足の運び方はうまくなったから子どもの頃に比べれば遙かに早く走れるようになったけどよ」

「すごいじゃないか」

「ま、それでもお前が流して走った速さの五分の一だけどな。くそう、お前ちょっとは俺に才能をよこせ! てかください、頭撫でるから」


「そう言っていっつも撫でてるんだけどね……」

「あれだよ、人の頭撫でるのが趣味のおじさんに脅されてるんだ。しょうがないんだ」

「イヤな世の中だね……」


 そんな英雄とモブはなぜか仲がいい。

 まあ理由なんて分かりきっている。こいつの性格がクソいいからだ。


 ゲームの舞台である学園に入学すれば才能も開花するのでは、と諦めの悪い俺がこの一年間勝負を挑んでことごとく負けた。


 モブは個性がないからこそのモブなのだ、と思い知らされたのだ。

 おかげでいろいろと恥ずかしい思いもしたが……そのうちにこいつの性格が素晴らしいことにやられて仲良くなってしまった。

 親友としてヒロインたちと同じくらい近くにいた俺は、今ではすっかり彼の虜になっていて。


 こいつに負けるならいい。ヒロインを任せられる。

 そう思ってしまうくらいには入れ込んでいた。


「ま、今年もよろしくな」

「うん、一緒のクラスになれるといいねえ」


 俺が出した拳にうれしそうに手を合わせる、この世界の主人公。

 まあ、引き立て役というのも悪くない……なんて、子どもの頃の俺が聞いたらびっくりするだろうな。


 そう思っていると――角から出てきた女の子が創始に飛び込んできた。


「やっふー!」

「わ、英梨!」

「出たな人気投票五位」

「黙らっしゃい、どこ情報だ!」


 公式だよ。残念だったな。

 元気よく謎の挨拶をしながら角から登場したのは、オレンジ色の髪をなびかせて元気いっぱいといったようすの折本英梨。ヒロインレースを勝ち抜いた創始の彼女だ。


 多分俺たちを驚かせるために潜んでいたのだろうが、なんとなくこの女ならここら辺にいるだろうと思っていたので、全く驚かなかった。

 こいつはとても俺と気が合う。悪い意味で。


「やあやあ、我が愛しのそうくん! ……と、荷物持ち。今日も私のバック持つか? あ?」

「悪い、俺ゴミ運搬係じゃないんだ」


 折本はやはり俺に向かってちょっとしたボケを挟みながら創始に挨拶する。

 新学期の最初くらい彼氏の方を向いて挨拶しろよ。お前一応俺の推しだったんだぞ惚れるわ。


 そこでようやく創始の顔を見た折本は、すぐに顔がとろけた。

 あーあ、目がハートだ。こいつらが付き合ってまだ日は浅いからしょうがないことかもしれないけど。


「うーん、今日もかわいいな、そうくん……なでなでの刑だね!」

「英梨も人の頭撫でるのが趣味のおじさんに脅されてるの?」

「そうそう、そこにいる人気投票圏外おじさんに」

「すまんが俺はそもそも人気投票に存在しない。一位の可能性もあるし、最下位かもしれない……明日の希望に満ちあふれた男だ。わかったか五位確定」

「……よーし、そろそろ学校まで競争だよ。的場が一番早い人にぶん殴られるって罰ゲームね」

「おい!」


 ちょっと向かい合って照れていると、折本が急に罰ゲームを決めて走り出した。

 待て、それだと俺がどれだけ速く走っても意味ねーじゃねえかよ。


「あはは、じゃあいこうか!」


 あっという間に小さくなっていく折本に続いて、創始も走り出す。彼もあっという間に見えなくなった。


 あ、こういうときはゆっくり走ってくれるとかないんだ。自分だけ自転車持ってない中学生グループの気分。


「はあ……」


 ま、行きますかね。どうせ俺前から荷物持ちだし。


「ふっ……」


 駆ける。前を行く二人に比べたらスキルの補助がない、あまりにも遅いその足取り。

 流れる景色を見ながらまた、さっきまでのように自分について考える。




 モブ。


 物語に登場するがその進行に関与しない存在のこと。

 主人公たちが華々しい活躍をする後ろで、地味に目立たないように振る舞う引き立て役。

 あのきらびやかな個性の後ろに隠れた、無個性の塊。

 俺は、それに転生した。


 だが――もうそれでもいいのだ。

 そんな俺でも、友達ができたのだから。

 個性がなくても――この世界はなかなか面白い。


 五分ほどで大きな建物が見えてきた。

 ミロク学園、ナンユケの舞台だ。

 無駄にでかい校門の前に来ると中で二人が立っていた。


「来次くん、行こう!」

「ほらほら、荷物持ちが遅れてどうするの!」


 そしてここに、俺を笑わないで見てくれる人がたくさんいる。

 先生、先輩、理事長、司書さん……そして、このゲームのヒロインたち。

 彼女たちがいれば、彼女たちが幸せなら、俺はもう――モブでいい。

 笑う。


(まあ、凡才らしく目立たず頑張りますかね)


「ああ、今行く!」


 俺は傷のある右頬に触ってから、校門の中へ大きく一歩を踏み出したのだった。



 ******


《――――》


 来次が希望を胸に学園へ入った、同時刻。


 全世界にカランカランと無音の鐘の音が響く。

 それは誰も聞いたことが無い音であり、同時に生まれてから常に聞き続けている音だ。

 その鐘は世界のすべてであり、世界の真実であり――世界の真理と同義であるが故。


《全人物配置完了。新システム仮運用、正常作動オールグリーン。バグ、不確定要素……致命的に増殖中・・・・・・・。以上をもって全工程完了とします》


 次に聞こえてきた中性的な声は来次が元々住んでいた世界では――システムアナウンスと呼ばれた存在だ。

 その声が不穏な内容とともに、新たな世界への準備を終えたことを告げた。

 そして、世界の管理者がただ一人について語る。


《それに伴い、二代目主人公・・・・・・・的場来次のステータス上限固定、成長率制限、ヒロインの好感度制限、その他制限を現時点をもって解除》


 そして世界と、その中心にいるその少年に向けて――


《ナンユケ2……『なんじ運命さだめを変えてゆけ』――――運命開始ゲーム・スタート


 ――数奇な運命を変えるよう告げたのだった。

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