第3話 森

 そうか、夜か……。

 目の前に広がるのは暗い森。

 洞窟は唐突に終わり、小さな穴を通り抜けると、目の前に森が現れた。

 もっと光あふれる世界を期待していたのだが……。

 だというのに外に出てもまだあたりは暗く、あれだけ寒かった洞窟よりも、もっとずっと寒かった。

 時折嫌がらせのように風が吹き抜け、俺の体から貴重な熱を奪っていく。

 もういっそのこと、さっきの小鬼たちのように、全身に毛でも生やしてやろうかな……。

 

「な~んか見たような景色なんだが……まぁ、森なんて全部こんなもんか。う~ん……、いいや、適当に歩くか」


 とにかく町へ行きたい。

 だが、道らしきものはどこにも見当たらない。

 辺りはどこも木立の間隔がかなり狭い。

 降り積もった落ち葉に、道が埋もれているというわけでもなさそうだ。

 杖になりそうな枯れ枝を拾い、余分な枝葉をしごき落とす。

 人差し指で杖の頭を軽く抑え、静かに手を離す。


「さぁ~どっち~かな――っと。こっちか……」


 杖の倒れた方へ向き直ると、体の前半分がやたら寒い。

 逆風だな……。

 冷えた空気にあてられ、反射的に涙が滲む。

 暗く寒い森に、ひたすら気分は滅入るが、夜が明ければまた状況も変わるだろう。

 あらためて杖を拾い、クルクルと振り回しながら歩いていく。

 いつかは道も見つかるはずだ。

 しかし……足は意外にあったかいな。

 小枝や落ち葉で覆われた地面は、多少チクチクするものの、柔らかくふかふかしている。

 洞窟の凍えるような土や岩に比べれば、心地良いと言ってもいいくらいだ。


「フー・ジッド……だな。そう間違いない、俺の名前はフー・ジッド」


 何度目だろうか。

 歩きながら、自分の名前を声に出す。

 自分でもいいかげんしつこいとは思う。

 だが、あやうく忘れるところだったのだ。

 何とか頭の中をかき回すようにして絞り出してきた記憶。

 俺をフー・ジッドと呼ぶ男の声。

 家族だろうか、それとも友人か……、その顔はよく思い出せない。

 ただその声には、たしかに親しみのようなものがこもっていた気がする。

 正直、本当にそれが俺の名前なのかは、今もよくわからない。

 だがもう、そんなことはどうでもいい。


「俺はフー・ジッドとして生きていく。だけど……その他は……な~んもわからんなぁ」


 洞窟で見た手は老人のものだったが、その年齢はもう思い出せない。

 傭兵をやっていたことはなんとなく覚えている。

 だが、年を取ってからの記憶がない。

 やはり、あの時若い体を手に入れたせいで、失ってしまったのだろうか。

 あるいは、悪魔の俺が俺を食った時、すでに消えてしまったのかもしれない。

 傭兵としてはそこそこ強かったような気もするが、二つ名がつくほどではなかったと思う。

 力は強かったが技術は大してなかった。

 そんなものを身につけられるような立派な生まれじゃあなかったのだろう。

 実際、いつも金が無くて困っていた気がする。

 傭兵仲間の顔もあまり思い出せない。

 たぶん、素直に友人と呼べるような奴はいなかったと思う。


「気を抜くと懐の財布に手を伸ばしてくるような奴ばっかだったなぁ。はぁ……俺も俺の周りも、ホントろくでもないな」


 それと、ああ……、弟がいたことは覚えている。

 気持ちが少し明るくなる。


「弟は元気なのかなぁ~。う~ん、ガキの頃の顔しか思い出せんなぁ……」


 流氷みたいな青みがかった瞳と髪が頭に浮かぶ。

 性格は正反対だったが……、見た目はそっくりだって言われていたな。

 また会えるなら色々聞いてみたいもんだが……、俺もジジイだったようだし、死んでるかもしれんな。


「おや……?」


 誰かに見られている気がする。

 背中がむず痒い。


「おーい……」


 振り返り、声をかけてみる。

 どれだけ目を凝らしても、ただ暗い森が広がるばかり。

 木々は寒々しく風に揺れているが、生き物の気配はない。


「気のせいか……。しっかし、早く朝にならんかなぁ。こうも景色に変化が無いと……つまらん」


 そろそろ陽の光を浴びたい。

 洞窟からひたすら暗闇を徘徊しているせいで、体に悪霊でもまとわりついているかのような心地がする。

 この嫌な感じを全部まとめて陽の光で洗い流してしまいたい。

 今は陰鬱なこの森も、朝日が昇れば一気に姿を変えることだろう。

 ちょうどこの時期なら、森は綺麗に紅葉しているはずだ。

 そんなことを考えつつ、とにかく歩き続ける。


「あれ? いつの間に風が止んだんだろう……なんか変だな」

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迷子の悪魔と森の悪霊~いかさまテイマーは煩悩に迷う~ あいおいあおい @ds1980

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