異世界人
俺が異世界に転生してから大体四ヶ月ほど経った。
郷に入っては郷に従えの精神を持ち、四ヶ月ほどで森での暮らしに慣れてある程度生きれるようになっていた。
文化的とは言えないが生物的な暮らしだ。
基本的に崖の中にある洞穴に住んで筋トレをし、川で水を汲み、果物や草を取る生活。
獣には絶対に勝てる気がしないので自ずと菜食になり、一気にたくさん取ってくることは難しいので食事制限も自動的にクリア。
初日に何故か豚になってしまったが、あの日以降豚になるようなことは起こっていない。
メアリーによれば豚になるのにはなにか条件があったらしいが、知らないそうだ。
全く不思議な神様である。
そんなある程度の安泰を得た俺だが、問題がある。
それは自身の腕も足も腹も脂肪が落ちているようには見えないことだ。
夜中の洞穴故に視界が悪いせいか……?
とか考えたけど普通にまだまだ脂肪がついているようだ。
「なぁ、俺って痩せた?」
「まぁ、多少は……って感じじゃの。体質的に痩せにくい人は居るからのぉ……」
メアリーは俺の方に近付いてきて俺の二の腕に触れる。
その時に、手が俺に触れたという感触はあるが温かいとか冷たいとか言った体温を感じれず、メアリーが神であることを実感した。
「うむ、そこそこ固くなっておる。筋肉はしっかりありそうじゃな……まぁ前いた世界の力士のようなもんじゃろ。見た目的に痩せるのは諦めたほうがいいかものぉ」
「そんなぁ……」
異世界に来てもデブ脱却にはならずか……まぁでも良い。今の俺は筋トレのおかげか運動神経がかなり良くなった自覚もあり、夜もぐっすり寝れているのだから特に不満はないからだ。
しかし、一つだけどうにかしたいことがあった。
「いい加減暇だな……」
やはり、人生には目標が必要である。
俺の目標は痩せることだったが、中身的にはもう痩せて目標は達成した。
ということは次にしたいことは就職だが……俺はこの世界に来てから人間に出会ったことがない。
森を少しうろつくだけでいかにも強そうな獣に出会ったり、見た目は弱そうだがいかにも毒がありそうなやつ、それに動かないゴーレム?のような巨大な創造物があり、なかなか容易に出歩くのは危ない。
俺が今住んでいる洞穴もここ四ヶ月はあまり獣が寄り付いていないが、いつここに獣が来てもおかしくはない。
現状維持はまずいだろう。
「なぁメアリー、ここらへんに街とかはないのか?」
メアリーは神様だ。
で、俺の神様へのイメージは万能であり全てを統治しているもの。
ともなれば、ここ周辺に街があるかどうか分かるかもしれない。
「残念じゃが分からんの。わしは神じゃが、この世界に降りてきた故に神としての存在がほぼ消えておる。だから飯も食わんで良いし、寝る必要もない。ただお主を見届けるだけの存在じゃ」
「なるほど、そうなのか……でもそれ、暇じゃないか?」
わざわざ生かしてもらって失礼な話だが、俺はそこまで優れた人間でも面白い人間でもない。
生かしてくれたことに感謝しているが、いや、感謝しているがゆえに俺なんかとただ一緒にいるためだけに時間を割いてくれても良いのだろうか。
「カカカッ!!構わぬ構わぬ!わしは時間という概念すら薄いからの。好きに生きると良いぞ」
「そっか、じゃあ……」
身支度を整えよう洞穴を見るが、俺は特に何も持っていない。
「近くの街を探すことにするよ。死なない程度に」
立ち上がり、洞穴から外に出た。
外はちょうど朝日が昇るほどの時間帯。
俺は人間だから夜目は効かない。だから動くなら朝が良いと思っていたんだ。まぁ、今日のことになるとは考えていなかったけど。
歩き出すのは川の下流に向かうことにしよう。
俺の薄弱な知識によれば、昔の人間は田んぼとかを作るために川辺に家を立てていたはずだ。
この世界に米があるのかはわからないが、水というのは生命を維持するために大事な要素の一つ。きっと川を下るのはいい判断……だと思う。
俺とメアリーは川沿いを歩く。
水を飲みに来る獣にバレないように、でも川を見失わないように。
歩く、歩く、歩く………………
「見当たらねぇなぁ……」
もうすぐ日が沈みそうな時間だ。
そこそこの距離を歩いたと思う。が、なかなか見当たらない。
それどころか森を抜けてすら居ないのだ。
日本じゃこんだけ歩けば何万人との人とも出会えるのに……世界は広いな。
「とりあえず、そろそろ夜だし休もうか」
周辺を見渡し、安全そうな場所を探す。
しかし、そのような都合のいい場所は見つからなかった。
少し安直というか考えたらず過ぎたな。
衝動のまま動き出してしまっていた。夜のことを考慮しなさすぎだ。
これからどうしようか。
一旦生き残れる場所がいい。長期的にではなく一時、一晩だけ身を隠せる場所ならなんとか作れないだろうか……木の上……はまずいな。空を飛んでいるそこそこデカい獣はたくさんいるし、猿型の獣を見たこともある。
となれば川辺にある岩と岩に隙間でも作って……いや、杜撰すぎる。こうなったらいっそ…………
「久々に我が領地で人間の魔力を感じたと思ったのだが」
突然聞こえた落ち着いた声に、バッと右を見る。
声の主は貴族のような綺麗な格好をした男で、かなり整った容姿な上に伸長も高い。
足もながければ髪もきれいな金髪。どこをとっても完璧と言ってもいいほどだ。
「半分が獣の人間と……恐ろしく存在感の薄い少女だな。なんとも奇っ怪な」
半分が獣……まぁ、豚って言われるのは慣れてるし別にいいか。
でもメアリーは存在感薄いか?ゴスロリの少女だぞ?かなり濃い方……と、待てよ?
「魔力……?」
今、この人は確かに“魔力”と言った。
もしかして、この世界には魔法があるのか?
今まで洞穴に閉じこもってたときもどこか遠くのほうで多少光が見えた事はあったが、気の所為だと思って処理していた。
しかし、それが魔法の可能性があったとすると……テンションが上がるぞ!もしかしたら、俺の知っている異世界もののあるある、“チート”がある可能性も少なくはない。
「は?魔力を知らない……?」
男は一瞬訝しげな目をしたが、すぐに普段の落ち着いた目に戻った。
「貴殿、さては異世界人か?」
男が俺に聞く。
え?異世界人?
異世界からやってきた人種としてカテゴリされているのか?
「そうですけど……もしかして、知ってるんですか?」
異世界からやってきたとか、異世界が存在するとかそんな話、俺が前の世界で聞いたとしても絶対に信じなかった。
だって、ありえないから。
俺の中の“普通”の常識には存在しない。だって、外を歩いてて突然変な格好をしたやつに「俺は異世界から来たんだ!」なんて言われても信じられない。
しかし、この男の口ぶりからして異世界というのはそこまで普通から遠いものではないように聞こえた。
「あぁ。知っているよ。昔、貴殿のような異世界人と出会ったことがあってね……せっかくだ、家に来てくれないだろうか」
「是非お願いします」
即答した。
なんとなくだが、この人から悪意は感じない。
子供の頃から太っていた俺は小さい頃から悪意のある視線に晒されてきたから、悪意があるかどうかは見られるだけでだいたい分かる。
この人の視線からは悪意は感じない。まぁ、完全な勘だけど。
あと、今のうちに安全に居られる場所を探さないといけなかったから今は家にお邪魔させてもらう一択だろう。
しかし、この周辺に家なんて見当たらなかったはずだが、一体どこに……
俺の眼の前には、それはそれは立派な豪邸があった。
柵や塀に囲まれ、美しい花が咲く庭園があり、光の灯った豪邸。
「いつの間に……」
狐につままれるとはまさにこのこと。
そこにあったのに気付けなかったとかそういうレベルではない。
そこに突然現れたとしか考えられないほど広大で異常な家だった。
「そういえば名乗り忘れていたな。
「俺はクブ タロウ。こちらがメアリーです」
「…………」
メアリーは喋らない。それどころか、ドレィさんを睨みつけているようだった。
メアリーは普段も喋り掛けなければそこまで喋るタイプでもなく、高飛車だが性格は明朗。ここまで敵意むき出しなのは珍しい。
だが、俺はこの世界で生きていく。
そのために、この世界を知るためにドレィさんには色々な情報を聞いておきたいからな。
俺は、ドレィさんの家の敷居をまたいだ。
異世界転生したあだ名「豚」、能力も豚だった。 社会の猫 @Suzakusuyama
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