異世界転生したあだ名「豚」、能力も豚だった。

社会の猫

俺は豚

俺は豚だ。


 正確に言うと豚っぽい人間だ。


 流石全身ピンク色で蹄があってブヒブヒ言ってるわけじゃない。笑い声はブヒブヒだけど。


 俺は太っているのだ。


 体重は160kg 伸長は173cm


 控えめに言って豚より酷い。


 この体重が全て筋肉だったら良かったのだが、当然ながらこの体重は全てが脂肪。


 医者にかかれば死ぬと言われ、知り合いからは「豚死ね」と言われる可哀想な豚。


 そんな豚の俺は、なんと変わろうとしたのだ。


 今まで暴飲暴食でニートをしていたのに、柄にもなく痩せようとした。


 もう26歳なのに、変わろうとした。


 理由はあんまり覚えていない。というか、理由なんて対してなかったと思う。思いつきだ、完全なる。まともに生きようって思ったんだ。


 まず手始めにバイトを探したが、高校中退には学歴がないので肉体労働が多く、肉体労働はこの体じゃ厳しい。


 だから最初に痩せようとした。


 まずは歩くことだ。俺は部屋からトイレや風呂に出るぐらいなので、足の筋肉が終わっている。


 少し立つだけですら膝に痛みが走り、二十歩歩く程度でも厳しい生活。


 それでも俺は進んだ。まずは家の中を練り歩き、最終的には家から十分程度の近くの公園を目標に。


 何ヶ月もかけた。


 外は家よりも大変で危なかった。あるときは脱水で死にかけたり、疲れて倒れそうになったこともある。


 それでも頑張って、公園にたどり着けた。


 人生で初めて努力した。


 その努力によって見ることができた公園の景色はありふれたものなのに美しくて、心が踊った。


 体力的にも限界だったので遊具で遊びはしなかったが、俺は公園にたどり着けた。


 俺は未来を考える。とりあえず最低限動けるようになった。次は食事制限だ。そして運動。


 食事制限はキツイだろうな。一応間食はなくしたが、まだ一回に食べる量が多い。それに、突然減らしすぎても体に良くないだろう。ネットで勉強しながら、徐々に痩せていこう。


 痩せたらバイトして、金稼いで、一人暮らし……いや、その前に高卒認定を取って大学に通ってみても良いかもな。就職に大事だし。株とかもしてみたいな。親にも恩を返さないと。


 色々したいことがあるな、俺。暇つぶしだけで馬鹿みたいに時間を浪費してたのが嘘みたいだ。


 なーんて夢見てた時、車に轢かれたんだ。


 狭い道を深夜に歩いたのが悪かった。


 酔っ払いが運転しているのであろうのであろう車はライトもなければ爆速で、無駄にある脂肪も役に立たず、ぶつかったときにあっけなく死。


 どっかで聞いた話によれば、生まれた瞬間から人生は決まっていて、敷かれたレールの上を歩くだけの行為が人生らしい。


 俺のどんな行動も、世界のどんな情勢も、全部ぜんぶ決まっていたってことだ。


 俺が死ぬことは運命だった。決まったことだった。


 そして俺は死んだ。


 車に轢かれて、確実に。


 死んだはず、死んだはずなのに。


「異世界転生かぁ」


 俺の周りに広がる景色はとても日本のもののようには思えない壮大な自然。


 ぶっとくて高い木々が俺を囲み、聞いたことない甲高い獣の叫び声が聞こえた。


「はぁ……」


 ため息を一つつく。


 ブヒヒ。どうなることやら。


 何かが変わった気がした。










 さてさて、異世界転生といえば「やれやれ無自覚」「チート」「ハーレム」これが三大巨頭だ。ついでのあるある項目で言えば鑑定、収納、ステータスオープンみたいな感じの便利機能もつきものである。


 じゃあ、やるか……


「ステータスオープン」


 でかい声を出すには恥ずかしいので小さく唱える。


 しかし、よく見るようなステータス画面は出なかった。


「ブヒヒ……」


 思わず笑ってしまう。


 よくよく考えたら、ステータスオープンとかゲームの話だ。


 自分の具体的な身体能力や才能が一瞬でわかってしまうなんて現実にあった場合クソシステムにも程がある。


 所詮あーいうのはゲームだけか……ん?


 体に違和感が走る。


 なんだ、これ。


 体が内外関係なくぐちゃぐちゃになる感覚がする。


「なんだよこれ!?」


 骨とか肉とかが溶けて形が変わって固まるという、骨が折れたときとか転んで怪我したとかとは違う違和感。


 体が軽くなった気がするのに、両足で立つことができない。地面に両手をつけないと体がうまく支えられない。


 視界もおかしいぞ。前だけじゃなく横も見える。そのかわりにとてもおぼろげだ。


 やばいやばいなんだこれ。


 やばい、やばいやばいぞ。何かがやばい。語彙力が死んでいる。


「ブヒヒッブヒィ!!!」


 は?


 俺は今、叫んだんだぞ?


「どうなってんだ!!!」


 と。


 喋れていない。


「ブヒヒ……?」


 喋れなくなっている。


 正確に言えば、人間としての言葉が喋れなくなった。


 喋るとブヒブヒとした言葉になってしまう。


 なんでだ?


 おかしい。おかしいぞ。俺の体。


 まさかな?


 まさか。


「ブヒ!!ブヒ!!!」


 叫びながら木に体当たりをする。


 あまり痛くない。


 デカい木だ。表面も硬そうで、軽く殴っただけで痛そう。


 それなのに、一切痛くならない。


 怖い。怖い。


 生きてて初めて痛くないのを怖いと思った。


 嫌だ。怖い。何だこの状況。誰か助けて。


「ブヒヒィ!!!」


 衝動のまま走り出す。


 俺は公園に行くのも精一杯なのにいつまでも走れるような気がする。それに、何故か異常に速い。町中を走る車ぐらいのスピードだ。四足歩行なのに、なんでこんなに早いんだよ。


「ブヒィッ!!ブヒィィィ!!!」


 ひたすらに叫んだ。


 土の匂いが、木々の匂いが濃くてキツイ。


 何だ、この体。嫌だ。


 気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。気分が悪い。




「ブッ」


 無我夢中で走っていると、強烈な匂いがした。


 思わずえづく。


 自然のものとも香水のものとも違う、また別種の匂い。


 臭いとか刺激臭みたいな感じの匂いと形容するよりも、“気持ち悪い”匂いだ。


 ただ、何故か嫌な感じはしないな。


 どっかで嗅いだことがある匂いな気はするのだ。


 本当に数回だけだが、前の世界で嗅いだことがある匂いな気がする。


 …………もしかして、前の世界に関係するなにかか?


 とにかく、匂いのもとへ近付いてみよう。


 大体臭のする方向まで歩き、場所を特定する。


 とある場所で匂いの方向が変わった。下向きに。


 つまりは土の中だ。


 どうやら匂いの元は土の中に埋まっているらしい。


 さてさて、どうやって土の中にあるものを掘り出そうか。


 まだまだ俺の居場所は森の中。木が周辺に生えていて、土をほっても根に当たる可能性が大きい。


 ……いや、まてよ。こんなに強烈な土の匂いに紛れないほど強烈な匂いがするんだ。土の表面から近い場所にある可能性が低くない。


 やらないよりも、やったほうがマシだ。


 俺は手で全力で土を掘る。手で……


 視界に入った手は、薄汚れた豚のようなピンク色の蹄だった。


 正直に言うと、薄々感じては居た。


 俺が豚になったんじゃないかって。


 四足歩行だし、鳴き声ブヒブヒだし。


 でも結構速かったから馬とかかな?って期待も抱いていた。


「ブヒヒィ……」


 豚かぁ……


 転生して豚かよ、と一瞬辛くなったが、転生前も豚だったしあんま変わらないか。


 というか、足が早くなったし転生前よりもマシじゃないか?多分。


 そうだ。きっとそうだ。


 豚の前足で地面を掘る。


 しばらく掘っていると、突然匂いが濃くなった。


「ブヒヒヒ……」


 見つけた。匂いの根源。


 掘った穴に顔を入れ、よく近付いてみてみる。


 これは……


「ブヒッ」


 トリュフだ。


 あの高級食品であり、世界三大珍味のトリュフ。


 なるほど、何故俺が匂いに惹かれたのか合点がいったぞ。


 トリュフは雌の豚を使って探すんだ。あんまり詳しくはないが、トリュフの放つ匂いがオスの豚の匂いに近いから探すことができるらしい。


 俺は雄豚なのに何故気づけたのかはしらない。そして、トリュフを見つけたところで俺が豚になった現実は何一つ変わらない。


 …………人間に戻りたいな。


 なんでだろう。俺は顔も悪いデブ豚人間だったのに、なんで人間になりたいんだろう。


 ていうか、この世界で俺は何をすれば良いんだよ。どうやって生きるんだ。ていうか、人間は居るのか?


 疑問が浮かんだが、腹が減っているのでとりあえずトリュフをかじった。


 世界三大珍みというだけあって、おいしいのをきつぃしたが、あみぃいあじはおしいくうう


 あれ?あれあれあれあれれれっれれれれ


 しこyがだんだん


 ねで?


 おええ、ブヒ


 ブヒヒ?


 ブヒ!ブヒヒッ!


「ブヒヒヒ!!ブヒヒヒィ!!!!」


 ブヒヒヒヒッ!!!ブッヒヒヒヒヒブヒィ!!!


「もどれ!!!」




 パァン




 あれ?


 俺、何してた?今。


 何かが思考に乗り移ったような、俺の意識がなくなったような。


 ケツが痛い。誰かにひっぱたかれたのか?


 更には体が重い。


 懐かしい感覚だ。


 前ではなく、四つん這いになった自分の手を見てみる。


「……人だ」


 声も出せる。


 戻れたんだ!人に!!


 喜びながらゆっくりと立ち上がる。


 でもなんで?


 なにか原因があったのかと周囲を見渡すと、


「人じゃよ。お主は」


 と声を上げる少女が居た。


 その服装は日本では“痛い”と思ってしまうようなゴスロリだった。


 しかし少女は見た目が幼く可愛らしいため、白いゴスロリが似合っている……が、やはりこの周辺の景色には合わない。


 陽の光も届きにくいほどの大自然の中一切の汚れのない白いゴスロリ服。不思議だ。


「えーっと、君は……」


 初対面で君はキモいかな?


 こういうときの二人称は何だっけ。人と話したこと、特に女性と話したことがなさすぎてわからない。


 あなた?君?お前?お嬢ちゃん?レディ?何だ?どれにしよう。


「わしはメアリー。まぁ神じゃな」


 ゴスロリ少女は神らしい。どうやら。


 じゃあ二人称はメアリー様だな……って、神?え?いや……まぁ。うん、落ち着け。


 一瞬神様という概念にビビってしまったが、異世界転生した身だ。驚きは少ない。


 というか、ゲームでは神なんてよくいるしな。


 “ゲームに比べればな”なんていう思考になってしまっているのだ。俺は。なかなかにやばい。


「えーっと、メアリー様は……その、なんでこんなところにいらっしゃるのでしょうか……?」


 へりくだりながら聞くと、


「わしは見ていたんじゃよ。お主を。お主は控えめに言ってゴミのような人間じゃったが、変わろうとした。しかし、その矢先に死んでしまうなんて……あまりにも酷じゃろう。じゃからわしがお主を別の世界に転生させたのじゃ」


 なるほどなるほど?あまり聞かない設定だな。


「俺が知ってる設定だと、死ぬはずじゃない人が死んでしまったからとか言うのが多いのですが、違うのでしょうか?」


 俺は趣味程度になろう系を嗜んでいる。


 なろう系というのは異世界転生をテーマにした小説が大半で、主人公が異世界転生する理由は予定にはなかったトラックによる死なのだ。


「違うわ!未来は自分で切り開くものじゃ!決まってなどおらん!」


 メアリーが高飛車に言い放つ。


「お主は、生きて良いのじゃ」


 メアリーの言葉が胸に刺さる。


 そっか、俺、自分で生きれるのか。


 俺、頑張れるのか。


 じゃあ、まずは痩せたいな。


 痩せたら、もうこんな年だけど、学歴もないけど、職につきたい。


 バイトでも良いんだ……って、そっか。もう日本じゃないのか。どうなんのかな。仕事とか。


 生きれるんだな。とりあえず、生きれる。


「ありがとう、ございます……!」


 声が出にくい。


 鼻の奥が痛む。


 あぁ、泣いてんだな、俺。


 世の中に努力してる人間なんて沢山いる。


 死ぬ気で努力してるやつだっているだろう。


 俺だってそうだ、死ぬ気で努力した。


 普通のやつからしたらちっぽけでしょうもない結果しか生まなかったかもしれないけど、頑張ったんだ。


 その努力が、少し報われた。


「泣く必要はない。お主は生きれるのだから。笑え」


「ブヒッ……ブヒヒヒヒッ……」


 俺は、生きる。


 生きるんだ、俺は。

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