オオカミと少年

虹色のナイフ

オオカミと少年

黒い森に住む、その摩訶不思議なオオカミは、ひとの願いを叶えてくれるという。噂を聞いたたくさんの人間が、彼を求めて黒い森にやって来た。しかし、大事な森を踏み荒らされ、身勝手な人間の願いを嫌というほど聞かされ、彼はひどくうんざりしていた。やがて彼は森の奥へ、隠れるように姿を消した。それでもめげずに、人間たちは次々とやって来た。



アルバートは立ち止まり、黒い森を眺める。木々が立ち並び、葉がうっそうと生い茂って太陽の光を遮っている。ここに、あのオオカミがいると聞いた。アルバートはごくりとつばを飲むと、恐る恐る一歩を踏み出す。


どれくらい歩いただろう?彼は疲れきってしまい、そばの木に背をもたれさせて座り込んだ。空気は冷たい。空は薄暗い。彼はぐるぐると考えてしまう。オオカミなんて、本当はいないんじゃないの?彼は悲しくなる。頑張ったのにな、こんなに歩いたのにな…彼は膝を抱えてうなだれる。


葉と葉がこすれるガサガサという音で、アルバートは目を覚ます。しまった、いつの間にか寝ちゃってた…彼は目をこすり、首を動かして、音のした方を見る。そこに、オオカミはいる。彼は驚いて、びくりと震える。本当にいたんだ!彼の中で、恐怖と興奮がマーブル模様のように入り混じる。彼はどうにか心を落ち着けると、静かに立ち上がり、オオカミのそばへゆっくりと歩いていく。オオカミは吠えることも逃げることもせず、ただじっと、アルバートの両目を見ている。

「こんにちは、オオカミさん」

アルバートはしゃがんで、オオカミに目線を合わせる。

「僕はアルバートっていいます」

オオカミは微動だにしない。

「貴方にお願いがあって来たんです。聞いてくれますか?」

そして、彼は言う。

「僕を食べてほしいんです」



小さな子どもがひとりでこの森にやって来るのは、今日が初めてだった。オオカミは奇妙に思い、木の陰からそっと姿を現した。すると、その子どもはおずおずと彼に近づき、驚くべき願いを口にした。

「僕を食べてほしいんです」

オオカミは目を見開く。彼は、その子どもの寂しげな顔を、じっと見つめる。食べてほしい?なぜ?混乱する彼の心の内を察したのか、子どもはぽつぽつと語り始める。

「僕、両親に捨てられてしまって…今まで小さなフクロウと一緒に暮らしていました。でも、そのフクロウが昨日、死んじゃったんです。本当に突然でした。僕、ひとりぼっちになっちゃって。悲しくて、どうしたらいいのかわからなくて。その時、貴方の噂を聞いたんです。願いを叶えてくれる、不思議なオオカミさんの噂。それで僕、思ったんです。誰かとずっと一緒にいるのって難しい。それなら、オオカミさんに食べられてしまいたいって。オオカミさんのお腹の中なら、もう二度と、ひとりぼっちになることは無いから」

オオカミは子どもを見つめる。緊張を帯びてはいるが、その目に恐怖は無い。さて、どうしたものか…オオカミは考える。人間の子どもを食べるなど、造作もない。すぐにぺろりと平らげてしまうだろう。しかし…彼は顔を上げて、もう一度、目の前の子どもを見る。子どもは、ドキドキしながら彼の次の行動を待っている。…ああ、こいつめ、なんて自分勝手なことを。オオカミは心の中でつぶやく。食べてしまおう。



オオカミは子どもを食べた。骨のかけらひとつ残さず。彼の身体は柔らかくて、とても美味しかった。彼の肉はオオカミの胃の中で溶け、オオカミの一部となった。オオカミは腹の中の子どもに語りかける。これでもう、お前はひとりじゃないな。オオカミは眠ろうとして、目を閉じる。彼の目から、なぜか涙がひとつぶ、こぼれて落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オオカミと少年 虹色のナイフ @r41nb0w

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ