祭りのあと #8

「もうあと少しで今年も終わるね」


 神原の呟きに、宇佐美は顔を上げた。

 いつも一人で過ごしている宇佐美を心配して、ここ数年は神原の自宅に招かれて、一緒に年越しをするのが宇佐美のルーティンになっていた。


「野崎も来られればいいんだがね……」

「本当は昼過ぎに帰れるはずだったらしいですよ」

 だが、気づけばそろそろ20時を回る。


「彼を待ってたら年明けちゃいますよ、きっと」

「本当に。難儀な商売だね」

 神原はそう言って、ワインを開けた。

 ささやかな夕食を食べ、テレビで歌合戦を見る。


 智子夫人の手料理は相変わらず美味しかった。



 ――23時を回り、あと数分で日付が変わる――という時。

 玄関のチャイムが鳴り、野崎が慌てて飛び込んできた。


「間に合った――!!」


 嬉しそうに両手を上げ、やり切ったというように笑う。

 カウントダウンが始まり、一斉に「明けましておめでとう!!」という声があがった。


「ギリギリでしたね」

「どうよ!怒涛の巻き返し」

 ドヤ顔で言う野崎に、宇佐美は呆れた顔して笑った。

「子供みたいな人だな……」

 そう呟いてから、「白石さんは、一緒じゃなかったんですか?」と聞いた。

「行こうって誘ったけど、1人でいたいって――まだ立ち直れないみたいだな」

「そうですか……」

 宇佐美は少し考えてから、テーブルに置いてあった智子夫人の手作りケーキを見た。


 せっかく訪れたが時間も時間なので、野崎は挨拶だけして早々に暇を告げた。

「もっとゆっくり出来ればよかったのに……」

 残念がる智子夫人に、宇佐美は言った。

「智子さん、このケーキ――少し分けてもらってもいいですか?」

「あら?足りなかった?」

「いえ……白石さんに持っていってあげようかと」

 その言葉に、野崎が振り向いた。

「あぁ、それなら……残り物で申し訳ないけど、お料理も少し持っていってあげて」

 智子夫人はそう言うと、嬉しそうにタッパーに詰め始めた。


「野崎さん」

「分かってるよ」

 野崎はそう言って車のキーを指で回した。

「最近、俺もお前が何考えてるか分かるようになったんだぜ。いいよ、一緒に行こう」

 

 疲れているのに申し訳ないと思ったが、野崎の運転で2人は白石の自宅に向かった。





 部屋の前まで来て、野崎は車を止めた。


「電気が消えてるな。もう寝てるのかも」

「家にはいますよ、きっと」

 確信でもあるのか、宇佐美は車を降りると、スタスタと部屋に向かった。


 エレベーターで4階まで上がる。

「いなかったらどうする?」

「いますよ」

「なんで分かるの?」

 宇佐美は笑っただけで何も言わなかった。


 チャイムを押す。

 だが応答はなかった。

 再度押すが反応なし。


「ほら……寝てるか、どっか行ってるんだよ」

「いますって」


 すると、『はい?』という不機嫌な声がインターホンから返ってきた。


「ほら、言って」

 宇佐美に急かされ、野崎は「え?」という顔をすると、仕方なく、「あー……オレオレ」と詐欺師の様な返答をした。

 ――程なくして、驚いた顔をした白石が顔を出した。


「お前ら、何しに来たんだよ?」

「え?何しにって……挨拶に来たんだよ。な?」

 と宇佐美に同意を求めてから、「ハッピーニューイヤー」と小声で手を叩いた。

「あけましておめでとうございます、白石さん。一緒にケーキ食べませんか?クリスマスにケーキ食べてないでしょう?」

「え?」

「ちょっと遅れたけど、今から一緒に新年祝いましょう」

「残り物だけど料理もあるよ」

 野崎はそう言って、智子夫人が詰めてくれた料理のタッパーを見せた。


 驚いて目を丸くする白石に、野崎は肩越しに室内を覗き込んでから言った。

「寝てたわけじゃなさそうだな。酒くせぇもん」

「……」

「こんな日に1人で飲んでたら、ろくなこと考えないですよ」

「そうそう。寂しい独り身同士、傷を舐め合おうぜ」

「お前ら……」

 白石は泣きそうな声を出すと、手で涙を拭いながら、


「傷以外のモノ、舐め合ってもいいけど?」


 と呟いた。




「……宇佐美。帰ろう」

「ですね」

「あ――――ウソウソウソ!冗談だってば、帰らないでぇぇぇぇ!!」


 慌てて引き止める白石に、2人は笑った。








「改めて、今年もよろしくお願いします」


 3人は食べかけのケーキと残り物の料理を囲みながら、薄暗い部屋の一室で新しい1年の始まりを祝った。

 華やかさは微塵もないが。

 それでも、気を許せる仲間がいる――


 それだけで、人は一歩踏み出せるのだ。


「ありがとう」


 そう呟く白石に、野崎は「これからもよろしくな、相棒」と肩を組み、宇佐美はそんな2人を黙って見つめた。



 国道からバイクの爆音がとどろく。


「あぁ……新春の珍走団参上か」

「これも日本の風物詩だな。がんばれ!交通課ぁ」




 色気のないそのやり取りに、宇佐美は声をあげて笑った。




【完】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

T.M.C ~TwoManCell 【番外】編 sorarion914 @hi-rose

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画