2、タナシ
「……リナは、うちの家系の血が濃いのかな?」
あたしは、生まれたときから、人と人との間に結ばれている『糸』が見えた。
それらの『糸』は赤白黄色、黒や銀や青、実に様々な色がある。
例えば父と母の小指は赤い糸でつながっていたのだし、道行く陰気な男の首には太くて真っ黒な『縄』が括りつけられている。
「……リナは、うちの家系の血が濃いのかな?」
あたしが『糸』を見えることを知り、そう評したのは十歳離れた従兄だった。
従兄はその時すでに『業界』でも名の通った使い手で、そちら方面に疎いあたしの父母に代わって、『糸』の見えるあたしへ色々と教えてくれたものだ。
そうして、誰も彼も大なり小なりいくつかの『糸』が結われていることが、決してあたしの錯覚でないことを知ったものだけれど。
――あたしは、あたし自身に結ばれた『糸』をひとつたりとも見ることができなかった。
「……俺は『糸』という形では見えないけど。……リナからも、しっかりと『縁』が伸びているのは見える」
そのことを不思議に思ってたずねると、従兄はそういった。
どうやら「……自分の『縁』については自分の目で見ることはできない」というのが、この業界での常識らしい。
「……それに、俺が見える『縁』とリナが見られる『縁』だって、同じとは限らない。……よっぽど太い『縁』なら、業界の誰が見てもそれと分かるけど、ある程度まで細くなると人によって見えたり見えなかったりする。……例えば、俺の見える『縁』は、そのほとんどが物騒で破滅的な『業』ばかりだ」
という従兄は、しばしば街を歩くときに「……あの人は、このままだと一ヶ月以内に死ぬ」だとか「……あれは、今日明日にでも死ぬな」「……あっちは一年半後といったとこか」などと教えてくれたものだ。あるいは「……あれは窃盗の『業』が見える」「……あの男は殺人の『業』で、手口は絞殺」とかだ。
あたしは「今日明日にでも死ぬ」ぐらいなら『太くて真っ黒な縄』として見えたけれど、「一ヶ月以内に死ぬ」ものについては――言われてみれば、何とか分かるかどうかといった程度だ。これが「一年半後に死ぬ」となると、もはや全然分からない。あるいは「殺人」あたりは分かりやすいけど「窃盗」あたりになると少し分かりにくく、仮に「殺人」ほど分かりやすい『糸』であっても、その手口などについては全然見通すことはできない。
一方で、あたしはあたしで「あっちは黄色だから『奇縁』」「こっちは緑だから『良縁』」「それは紫だから『悪縁』になりかけてる」と意味を持った色付きで判別できていたけれど、どうも従兄は「……俺は、それらはさっぱり判別できない」ということらしく、同じ業界人でも見えるものが全然違うようなのだった。
だから「あたしに、父さんや母さんに結ばれているような『赤い糸』は、あるのかな?」なんて従兄にたずねてみても、「……俺は、そういう『縁』を見ることはできないから分からないな」と言われたものだし「……そもそも、見えた『縁』の内容を、あまり無暗に話すものじゃない。……同業者相手には、特にだ」と諫められもした。その頃はまだ、その意味がよく分かっていなかったけれど――今は、前よりも少し理解できている。
「……何なのかしらね、この『縁』は」
あたしが思わずつぶやいてしまったのは、高校一年生の、十一月のこと。
どうやらあたしは、実に奇妙な『縁』に巡り合ってしまったのらしいのである。
ただ、繰り返すけれど――あたしは、自分自身に結われた『糸』だけは、決して見ることができない。
だからその『縁』が悪縁なのか奇縁なのか、はたまたもっと別の縁なのか、その判断が全然できずにいた。
「いっそ、従兄さんに聞いてみれば……。いえ、滅多なことでもない限り、従兄さんが答えてくれるわけないものね」
あたしの目の前には、凡庸な見た目の男がいる。
同じ高校の同じ教室に通う、同い年の男――つまり同級生の男子だ。
あたしとそいつの他には誰もいない早朝の教室で、眠たげな顔で英語の予習などしているようなのだけれど――
「本当、なんなの、こいつは……」
率直に言えば、その男子生徒の第一印象は最悪で、あたしの心の中の「いつか縁を切ってやる奴リスト」の上位にいるほどだ。
かかわりというほどのかかわりも、つい最近まではまったくなかった。
なのに、どうやらあたしとそいつは、あたし自身では見ることができないなにがしかの『縁』で結ばれているらしい。
そうでもなければ――
「あたしが【アトロポス】で『糸』を切ったはずなのに……何で、あたしとの『縁』が切れていないのよ?」
どんなに凶悪な悪縁でも、問答無用で断ち切ってしまうのが、あたしの神器【アトロポス】だ。
同時に、強力無比であるがゆえの副作用で、その人物とあたしとの『縁』も諸共に断ち切ってしまう。
なのに、この男は――今もこうして、普通にあたしと同じ空間で、今までと同じように過ごしている。
七歳の頃から『業界』に入ったあたしは、これまでにいくつもの縁を切ってきたものだけれども、こんなことは一度たりとも起きたことがない。
「仮に! 稀にでも、そういうことがあるのだとしても……本当、なんでこいつなのよ!」
この事実を理解して、まず思ったのが、それだ。
あたしはこれまでも、幾度となく『縁切り』をしては、親しくなっていたはずの人々との別離を繰り返してきたのである。
先日の塾講師との件もそうだし、もっと直接的に「親友だった」とか「初恋の相手だった」とかいうことさえもあった。
だのに、何で、よりにもよって――
だから、あたしはもう一度、よく思い出してみることにする。
この男とかかわりあうことになった、件の『縁切り』についてのことを。
次の更新予定
赤い糸切りのリナ ショー @tkbsh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。赤い糸切りのリナの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます