空白のカレンダー

ぼっちマック競技勢

ホワイト・クリスマス

 私はその日、いつもより早く仕事から帰ってきた。

 今日は両親や姉、弟たちが家でクリスマスパーティーを開くというから顔だけでも出しておこうと思っていたからだ。


 顔だけ、というのは私が何もそのパーティーに参加したくないわけではない。家族との時間は大切だと思っているし、周りに自分をすいてくれるような友達も少ない。私にとって無条件で愛を与えてくれる家族は大切な存在だ。だが、インフルエンザやらなんやらがはやる今、少し体調をすぐれない自分に不安を覚えたのだ。


 車で家に帰りながら改めてスマホのカレンダー画面をみる。


 12月24日 A社、商談打ち合わせ 

      B社商品プレ

 12月25日 A社、商談     (時間の一時間前に通知)

      クリスマスパーティー(時間の一時間前に通知)


 今日は重要な商談がうまくいき、残業もなかった。打ち上げに行こうという話だったのだが私はそれを断る。部長はそこに女の気配を感じたのだろうか。快く承諾してくれた。全く。独身真っ盛りの男にどんな勘違いをしているんだ。


 ▲


 そんなこんなで私は家に着く。玄関を開けるとリビングの方から話し声が聞こえてきた。ただいま、と言って扉を開けようとした時、姉の話し声がきこえた。


「ねぇそういえば今日昌弘は来るの?」


 特になんでもない会話だ。文面で見ると。普通に扉を開けて今帰ってきたよ、といえばいいはずだ。

 だが、私はなぜかその扉を開けるのを躊躇ってしまう。姉のその口調の中に軽蔑が込められている気がしたから。


「今日は来ないんじゃい?」

 長女の質問に次女が答える。そこに弟が反応する。

「最近お兄ちゃん帰り遅いよね。家族との付き合い悪いっていうか。夜に何してんだろ。どうせ仕事終わってるのに」

 ニヤニヤと弟が意味ありげな笑い方をする。


 ただ残業をしていただけだと言いたい。だけれど今出ていったら険悪な雰囲気になるだろう。先程の会話が私に聞かれていたとわかってしまうから。だから私は扉の後ろに隠れていた。


「何言ってんのキョウスケ。あんな奴に女の子いるわけないじゃん」

 すかさず次女が反応する。笑いながら。

「違うよノリコ。女の子と遊んでんでしょ。お店の女の子。お金積んでさ」

 こちらも笑いながら。長女が反応する。


 先ほどから両親はダンマリを決め込んでいるようだ。彼らの様子を見るとこのような会話が何回も繰り返されていることはわかる。諦めたような顔をしていた。


「あいつブスだしなんか動きもキモいけど、営業手腕とコミュ力だけはいいのよね。仕事で稼いだお金使って遊び歩いてんのよ」

 インテリのブスが。と言って長女は笑う。


 その後間も無くして私の話題から離れる。その時が頃合いと見計らい、私は中に入った。

「おかえり〜」

「おかえり〜」

「おかえりなさい。お兄ちゃん」


 姉妹はおかえりと、弟はおかえりなさいと。暖かく迎え入れてくれた。

 その顔は笑っていた。春の野のように暖かい笑顔だ。


 造花というのはこうも綺麗に見えるものなのだろうか。きっとそうなのだろう。綺麗に見せるために作られたものなのだから。


 僕はもう、彼女たちの笑顔に、騙されない。


「今日帰ってこないと思ってた〜早く帰ってこれててよかったよ。マサヒロも食べる?」

 長女はいう。


「いや、いい」


 ぶっきらぼうな言い方になってしまった。


 先ほどまでは彼女たちに流行病はやりやまいを移すことを心配して、パーティーに出席しないことにしていたのだが、今は違う。


 彼女たちの冷たい顔を見てしまったから。仮面の裏の素顔を見てしまったからだ。


 今は、強い嫌悪を彼女たちに抱いていた。

 その勢いのまま部屋に行く。


「今日ちょっと気分悪いから部屋いるわ」


 そう。気分が悪かった。二回の階段を登りながら、我慢ならず走り出す。ドタドタと足音が響く。一回に響いてるんだろうな。あいつらは今頃、俺の付き合いが悪いとか言ってるんだ。


 聞いたわけではないのにそう思ってしまう。家族なのに、そう誤解してしまう。そんな自分が気持ち悪い。気分悪い。


 2階に上がると、まずトイレに行った。そして昼の未消化分の食事を吐き出す。雑念と一緒に。何度も何度も。

 何も塊が出てか無くなっても唾液と胃液の混じった異様な液体がボトボト溢れる。

 どこまでも溢れて、それでも僕の気はすまなかった。


 ▲


 部屋に戻って数分間、放心しながら過ごしていた。

 あ、飯買ってくるの忘れた。

 

 彼らからお裾分けをもらおうと思っていたので、ご飯を今私は持っていない。一階にいくのはなんとなく憚られるのだが、私はご飯を食べるため、下に降りて行った。


 そしたら、また私の話が槍玉に上がっていたのだ。


「てかさ、30独身が実家に寄生って...笑」


「え、まじそれな。金持ってんだから早く家出てけっての。女がいないくらいでずっと引きこもるってみっともない」


「そんな厳しく言っちゃダメですよ。お兄さんが可哀想ですし」


「ハハッ、ま、それもそだね」

 嘲笑と軽蔑の込められた、笑い声だった。


 その日、外では雪が降っていた。恋人たちなら喜ぶホワイトクリスマス。


 メリークリスマス。

 そう言って彼らはお互いで祝い合い、支え合う。何も恋人に限った話ではない。友人もそうだ。家族も。大多数の、家族も。


 ホワイト・クリスマス。

 僕のクリスマスは空虚で、真っ白。ホワイトな、クリスマス。


 その時私はスマホを開く。カレンダーアプリを起動すると、「今日の予定」の欄から一つの文字列を消した。


 「『12月25日 クリスマスパーティー(時間の一時間前に通知)』の予定を、消しますか?」

 警告する文章が流れる。


 もう、消してしまって大丈夫だ。クリスマスの予定は空白でいい。

 真っ白なカレンダーで。


 私の頬に一筋の涙が光る。それは今日、彼の身に起こったどんなものよりも、輝いていた。


 <終>

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