聖夜に、愛とプレゼントを

たれねこ

聖夜に、愛とプレゼントを

「はぁ……」


 吐き出した息は白んで、冬の空気に消えていった。

 仕事終わりの疲労感と、満員電車に揺られたストレスも一緒に漏れ出した気がした。

 駅から出るとすぐに、クリスマスのイルミネーションで彩られた街並みが目に入る。ただもう一ヶ月も見てきたそれはもう当たり前の景観のように映ってしまう。

 不意に見上げた空は、雲に覆われているせいか、それとも街が明るすぎるせいか、ただただ暗かった。

 寒さから逃れるためにコートのポケットに突っ込んだ右手に、スマホの振動が伝わり、慌ててスマホを掴んで取り出した。


『いつぐらいに着きそう?』


 それは付き合ってもうすぐ二年になろうとしている恋人の未耶みやからのメッセージだった。

 スマホの画面に表示されている時計を見れば、待ち合わせの二十分前だった。

 メッセージを送ってくるということは未耶はもう待っているのかもしれない。


『もうすぐ着くよ』

『りょ』


 返信を確認して、スマホをポケットにしまい込み、巻いていたマフラーを口元まで上げ、待ち合わせ場所に急いだ。

 十分もかからずに待ち合わせ場所に到着すると、他にも待ち合わせをしているような人が大勢いた。

 そのなかから未耶はすぐに見つかった。というより、いち早く俺のことを見つけた未耶がぱあっと明るい笑顔を向けながら手を振ってくれていたからだった。

 そんな未耶に駆け寄っていく。


「ごめん、未耶。待たせた?」

「うん、すごい待った。待たされた」


 未耶はついさっきまで笑顔だったのに、今はツンと目を逸らしながら不満をぶつけてくる。

 さらに不満と一緒に未耶は肩を俺の胸あたりにぶつけてくる。

 何も知らなければ、遅刻もしてないのに理不尽だと感じるかもしれないが、今の未耶の行為も俺にはかわいく見える。

 未耶の鼻先は少し赤くなっていて、今日が楽しみで早くに着いてしまっていたのだろう。


「悪かったよ。これでも仕事終わって、急いで来たんだ」

「そっか」


 相槌を打ちながら未耶は今度は胸の辺りに頭をゴリゴリと擦り付けてくる。

 これもただのスキンシップでじゃれているだけだと知っているので、俺はそっと未耶の頭を撫でてあげる。撫でると同時に未耶は動きを止めて、撫でられるがままになった。


「クリスマスデートだし、少しでも長く一緒にいたかったんだもん」


 俺は今年が社会人一年目で、分からないことばかりで日々から余裕というものが失われていた。

 未耶は一つ年下で同じ大学に通っていたので、去年までは会いたいときに会えていたと言っても過言ではないほどにいつも一緒にいたように思えた。

 それが今では会えるのは平日の夜に短い時間か週末くらいで、すれ違うことが多くなっていた。


「俺も同じだよ。未耶のこと、大事に思ってるんだからな」


 気持ちを素直に吐露するのは少し恥ずかしい。だから、誤魔化すようにマフラーで口元をそっと隠した。

 未耶はすっと離れて、俺のことを正面からまじまじと見つめる。


「それにしても、もうすぐ社会人になって一年なのにスーツ似合わないよね」

「ほっとけ」

「でも、マフラーとコートだけはセンスいいよね」

「そりゃあ、コートは未耶に選んでもらったものだし、マフラーは去年のクリスマスプレゼントに未耶から貰ったものだからな」

「今度、スーツも選んであげよっか?」


 未耶は楽しそうな笑みを浮かべている。表情がころころ変わって、忙しいやつだと思いながらも、気持ちが顔にすぐに出るので、分かりやすくかわいいとも思ってしまう。

 俺の前では分かりやすくても、未耶はその事を気にしているのか普段は感情が表情に出ないようにしている。だから、あまり表情を変えることがなく、仲のいい人以外には塩対応が基本なので、かわいいけど近寄りがたいミステリアスな女の子だと思われていた。

 それが付き合ってみると、中身は素直で甘えるのが好きなかわいい女の子だった。


「次買うときは頼むことにするよ」

「うん、任せて。でね、もっとかっこよくしてあげたくて、今年のプレゼントはこれ」


 そう言って、未耶は鞄からラッピングされたピローボックスを渡してくれた。


「開けてもいい?」

「もちろん」


 未耶に見つめられながら箱を開けて、中身を取り出すと、ブランド物の革手袋が入っていた。


「ありがとう、未耶。ちょうどこんな感じのスーツに合う手袋欲しかったんだ。大事に使うよ」


 素直に喜びながら感謝を伝えると、未耶は照れたような笑みを浮かべていた。


「じゃあ、今からこの手袋はめていい?」

「それはダメ」

「なんで?」

「だって、手繋ぎたいのに手袋ごしとか嫌だから」

「分かった。じゃあ、未耶といるときは、これから先も手袋はしないよ」

「うん」


 未耶は満足そうな表情で頷いた。

 それからすぐにフラットな表情に戻り、両の手の平を上にして俺の方にずいっと近づける。

 プレゼントを早くちょうだいとせがむ子供のようで、つい笑みがこぼれそうになってしまう。

 俺はそんな未耶に鞄からプレゼントを取り出して渡した。


「ありがとう。開けてもいい?」

「どうぞ」


 未耶は受け取ったラッピングされた袋のリボンを外して、入っていた箱のふたをそっと開ける。


「なんかすっごいかわいい。これは?」

「花の入浴剤。未耶はお風呂でゆっくりするの好きだから、こういうのどうかなって?」

「すっごい嬉しい。さすが私の好みをよく分かってるね」

「まあ、これでも付き合いの長い未耶の彼氏だからな」

「私の彼氏さんは最高だね。貰ったこれは、すぐに使うのはもったいないし、しばらくはインテリアとして飾るね」


 もう一度丁寧に袋の中に戻している未耶を見ながら、鞄を右手に持ち替え、コートの左ポケットに手を入れる。

 そこにある指輪の入った小箱の存在を確かめる。

 これからご飯を食べに行き、その帰りに指輪を渡しながら、未耶の大学卒業に合わせて結婚しようとプロポーズするつもりだった。

 未耶は自分の鞄に荷物をしまうと、俺の顔をじっと見つめてきた。


「じゃあ、そろそろご飯食べに行こうか。予約の時間もあるし」

「そうだね」


 未耶は頷きながらも、表情はどこか不機嫌そうだった。


「ねえ、寒いんだけど」


 未耶は顔の前で手を温めるようにこすったり、息を吹きかけている。

 未耶も手袋はしていない。きっと俺に手袋をさせたくない理由と同じはずだ。

 だから、いつものように何気なく鞄を持っていない方の手を未耶に差し出した。

 未耶はするりと俺の左側に身体を寄せて、手を繋いで指を絡めてくる。


「少しはあったかくなった?」

「少しはね。だけど、もっとあたたかくなりたい」

「お好きにどうぞ」


 未耶は俺の顔を見上げながらニコッと笑みを浮かべた。


「じゃあ、お好きにさせてもらうね」


 未耶はそう言いながら、繋いだ手をそのまま俺のコートのポケットに入れてきた。

 未耶のやることは受け入れてきたから、止めるという選択肢はなかった。

 しかし、今日だけは止めておけばと思った。


「あれ何か入ってる?」


 未耶が不思議そうな表情で俺のことを見上げてくる。


「未耶に俺と会うときに手袋をさせないためのプレゼントを用意してたんだよ」

「それって――」

「分かってて言ってるだろ? だから、渡すときまで我慢してくれ」


 恥ずかしくて耳まで赤くなっているのを感じる。そういう表情を見せたくなくて、繋いでない方の手でマフラーをそっと上げる。


「楽しみにしとく」


 寒さと温かさを共有しながら歩き出し、赤信号で足を止めた。


「ねえ、革手袋を異性に贈る意味って分かる?」


 未耶のなぞかけのような問いかけに答えることができなかった。


「革手袋は英語で言うと、“Glove”でね、その綴りのなかには“love”が含まれてるんだよ。それと二つで一つだから離さないでって意味もあるみたい」

「ネットかなんかの受け売り?」

「そうだけど、なんか私の気持ちにピッタリだなと思って」

「そういう未耶の気持ちに応えられるものが入ってると思うぞ、このポケットの中には」

「そうなの?」

「だって、入っているのは未耶への愛と、未耶を離したくないって気持ちだからね」

「そっか。てか、言ってて恥ずかしくならない?」

「めっちゃ恥ずかしいよ」


 未耶の楽しそうな笑い声が聞こえる。ただその笑顔を俺は恥ずかしくて見ることができない。

 歩いたり喋ったりして、ずれたマフラーをまた口元が隠れるように上げる。

 信号が青に変わったのを確認して、いつも以上にご機嫌な未耶と一緒に歩き出した。


 いつまでも二人で歩んでいきたいと思う俺と未耶を祝福するように、聖夜に雪が舞い降りてきた――。

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