冷徹王の甘すぎる罠

宮永レン

冷徹王の甘すぎる罠

「逃がさないよ、リアナ」


 氷の城の玉座に座る美しすぎる男――セリウスは、にっこりと微笑みながら言った。


 彫像のように整っているだけに、よけいに笑顔が怖い!


 私は村の外にある森で迷子になっただけなのに、気がついたらこんな大雪の中でこの人に攫われていた。


 うん、そもそも森の中にあんな深い雪の吹き溜まりがあるなんて、今までになかった。人間を罠にかけてどうするつもりなのだろう。


 私は警戒心丸出しの目で彼を睨みつける。


「君は僕だけのものだから」


「いや、無理!  帰らせて!  私、村でやらなきゃいけないことあるし!」


「やらなきゃいけないこと?  例えば?」


「えっと……雪かきとか、薪割りとか……?」


「それなら僕が全部やるよ。さ、これで問題解決だね」


 解決してないし!  この人、完璧な笑顔の裏に何かヤバいものを隠してる気がするんだけど!?


「そもそも、私のどこが気に入ったの?」


 するとセリウスが語り出す。すっごく長くなったからまとめると、こんな感じ。


 セリウスは雪を司る「精霊王」だけど、人間や他の精霊たちから恐れられ、近寄られることがなかった。冷たく、厳しい雪の存在が「災い」と見なされていたからだ。


 しかし、私だけは違ったらしい。幼い頃、村の外で一人雪だるまを作って遊んでいる姿をセリウスは偶然目にしたという。


「この雪、とっても綺麗だなぁ! 一年中雪が降っていたらいいのに」


 そう言って雪だるまにキスをした。


 その無邪気な言葉と笑顔に、彼は一撃で心を射抜かれたそうな。それ以来、セリウスは私を遠くから見守り、大人になる18歳の誕生日まで待っていたんだって。


「君は僕にとって、最初で最後の希望だったんだ。君がいなければ、僕はずっと冷たい雪の中で孤独だった」


 孤独……そう言われてしまうと弱い。私も両親を失って村長さんの家にお世話になってはいるけど、貧しい生活の中で肩身の狭さを感じていたから。向けられるのは同情であって愛情ではなかった。


 根負けして、私は氷の城で暮らすことになった。


 セリウスとの生活は、言葉にするのが難しい。


「寒くないかい?」

 そう言いながら毛皮のコートを羽織らせてくれるのはありがたい。でも、コートの裏地をよく見たら、刺繍で『セリウス♡リアナ』とか書いてあるんだけど!?


「この刺繍、何!?」


「僕たちの愛の証だよ。どう?」


「どう、じゃない!  重いよ!」


 さらに、朝食はセリウスが用意してくれるんだけど、テーブルに並んだ料理が全部ハート型なんだよね。パンもハムも、なんならスープのクルトンまでハート型ってどういうこと?


「気に入らなかった?」


「う、ううん、おいしいけど、これは何ていうか……やりすぎじゃない?」


「リアナが喜んでくれるなら、何でもするよ」


 その微笑み、めちゃくちゃ眩しいけど怖いんだってば!


 ここへ来てから一か月。そろそろセリウスも満足しただろうか。


「見つからないように……」

 村に帰ろうと、試しに城の扉を開けようとしたら――。


「おっと、危ないよ」


 背後からセリウスに抱きかかえられた。しかも、顔がめちゃくちゃ近い!


「こんなに寒い外に出ようとするなんて、リアナは無謀だね」


「無謀じゃなくて、普通に外に行きたいだけなんだけど?」


「行きたいなら言ってくれればいいのに。僕も一緒に行くから」


 いやいや、一人で帰らせてください!?


 仕方がないので、もう少しここに滞在することにした。


 ある日のこと。私はどうしてもセリウスの部屋に入ってみたくて、こっそり扉を開けたんだけど――。


 中には、壁一面に私の顔が描かれた絵が飾られていた。しかも、全部超リアル!


「きゃああああ!  何これ!?」


「ああ、見ちゃったんだね」


 セリウスがいつの間にか背後に立っていて、柔らかく微笑んでいた。


「君がかわいいから、毎日描いてるんだ」


「普通に怖いよ! 毎日よく飽きないね!? 私、別にどこも可愛くないと思うよ?」


「君のすべてがかわいいんだ。本当は氷漬けにして永遠に閉じ込めてしまいたいくらい」


 本気で言ってるセリウスに、私は思わず絶句した。


 ここにいるのは、やはり危険なのでは?


 セリウスは「雪そのもの」だから、熱い料理には弱いはず。ある日、私は「お鍋」を振る舞うことに。


「セリウス、今日は一緒にお鍋を食べようよ!」


「お鍋?  君が作るものなら楽しみだね」


 鍋が煮えたぎる湯気と共に提供されると、セリウスの顔が微妙に引きつる。


 ふふふ、そうでしょうとも。いくらセリウスでも自分の命は大事よね?


「……ちょっと暑いね」


「え、せっかくあなたのために作ったのに食べられない?」


「いや、大丈夫……リアナが作ったものだもの、僕も頑張るよ」


 一口食べると、彼の顔がほんのり赤くなり、氷の床に水滴がポタポタ垂れ始めた。


「セ、セリウス!?  無理しなくていいのよ?」


 さすがに、目の前でどろどろになられるのは心が痛む。やりすぎたかなと鍋をさげようとしたけど、彼はたっぷりの汗をかきながらアツアツの具材を次々に平らげていった。


「美味しい……でも、暑い……」


 結局、セリウスは少し溶けかけながらも、「君が作った料理を残すわけにはいかない」と完食。


 彼の無理しすぎな優しさに、反省しつつも、その愛に深さに私は舌を巻いた。


 そんな生活を続けているうちに、私は気づいてしまった。セリウスの執着は確かに怖いけど、それ以上に彼が本当に私を大切にしてくれていることが伝わってくる。



「ねえ、セリウス。私、ここにいてもいいよ。でも、約束して。私を自由にさせてくれるって」

 ある日、私は彼の肩に凭れかかってそう言った。


「自由?」


「そう。私が行きたいときに外に行けるし、好きなことができる自由」


 セリウスは少し考えたあと、ゆっくりとうなずいた。


「君が望むなら、何だって叶えてあげる。でも、僕も一緒に行かせて」


 その笑顔に、少しだけときめいたのは秘密だ。


「一人の時間はくれないのね?」

 私は苦笑いを浮かべた。でも不思議なことにそれが以前よりもいやじゃない。


 いつの間にか、セリウスがそばにいることが当たり前になっていたのだ。


「君のことが好きだからね」


 こうして私は、雪の王と一緒に暮らすことを決めた。彼の重たい愛情は相変わらずだけど、何だかんだで幸せだから、まあいっか!


―了―

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