雪の足跡
宮永レン
雪の足跡
今年もクリスマスがやってきた。街はイルミネーションで輝き、家々からは楽しそうな笑い声が漏れてくる。でも、私はその空気を遠く感じていた。
大切な家族だった、猫のバニラが去年のクリスマスに亡くなってから、この日はただ胸が締めつけられるような時間になってしまったのだ。
「バニラ、会いたいな……」
白い毛に青い瞳を持つ愛らしい猫。寒い冬の夜も、いつも私の膝の上で丸くなり、ゴロゴロと喉を鳴らしていたあの温もりが、今でも忘れられない。
それなのに、バニラは突然病気になり、そのまま帰らぬ存在になってしまった。
雪の舞う夜、私はベッドで目を閉じた。枕元にはバニラの写真を飾っている。
「おやすみ、バニラ……」
涙を拭いながら、私は静かに眠りについた。
――深夜。
「にゃーお」
突然、耳をつんざくような猫の声で目が覚める。
「えっ……?」
目をこすって顔を上げる。もう一度外から猫の鳴き声が聞こえ、私は慌ててベッドを抜け出し、カーテンを開けた。
月明かりに照らされた窓辺に、小さな白い影が座っている――それはバニラそっくりの姿かたちで。
「……バ、バニラ……!?」
恐る恐る名前を呼ぶと、白い影はまるで微笑むようにこちらを振り向いた。
「にゃーん!」
私は大急いで鍵をはずして窓を開けた。
ずっと外にいたのか、毛並みはしっとりと冷たい。
こちらを見上げる澄んだ青い瞳に、尻尾の毛先だけがほんの少し灰色がかっている。
間違いない、バニラだ。
「どうして……どうしてここにいるの?」
バニラは喉をごろごろと鳴らし、体を擦りつけてくるばかりで何も答えない。ただ私の手をざらついた舌で舐める。
涙が溢れて止まらなかった。
「これ、夢……だよね、きっと。でも、ありがとう……また会えてうれしい……!」
バニラはその晩、私のそばにずっといてくれた。
膝の上で丸くなり、喉を鳴らす音。あの懐かしいぬくもりが蘇る。
「……でも、どうして戻ってきたの?」
バニラは私の手のひらに前足をそっと乗せた。目を細めながら、ただじっと見つめてくる。
「……私が、ちゃんと前を向けてないから?」
その問いかけに、バニラは小さく「にゃー」と鳴いた。
胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
私はまだ、バニラを失った悲しみから立ち直れていなかった。だから、クリスマスもずっと塞ぎ込んでいたのだ。
「でも、寂しいよ……君がいない毎日なんて……」
その言葉に、バニラは優しく私の手を舐めた。まるで、「大丈夫だよ」と言っているようだった。
翌朝、目が覚めると、バニラの姿は消えていた。
「やっぱり、夢、だったんだ……」
でも、ベッドの横についさきほどついたような小さな足跡が残っていた。雪の結晶のように白く、可愛らしい足跡が、窓辺まで続いている。
そして、その足跡の最後には、一枚の写真が置かれていた。
それは、私とバニラが一緒に写っている古い写真。でも、そこには今まで見たことのない光が差し込んでいた。
写真の裏には、かすかな文字が浮かんでいた。
「いつも、そばにいるよ」
私は涙を流しながらその言葉を胸に抱きしめる。
それからのクリスマス、私はバニラを思い出すたび、胸が温かくなるようになった。
窓辺には、あの日見たバニラの足跡の写真を飾っている。そして、その隣には、もう一匹の新しい猫が眠っていた。
「メリークリスマス、バニラ。そして、ありがとう」
空を見上げると、雪がキラキラと舞っていた。その中に、バニラの青い瞳が笑っているような気がした。
―了―
雪の足跡 宮永レン @miyanagaren
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