秘密令嬢ゴレイジョー
ひらめんと
真赤な太陽! 無敵ゴレイジョー
時は帝国歴666年。世は、乱れに乱れていた。
「オイオイ騎士サマよォ! どうした! 大事な姫サマがヤられちまうぜェ!」
「くっ……!」
「嫌ぁ!! 助けてヴィヴァーチェ!!」
悪が跋扈し、貴族は腐敗し、帝国は斜陽となったいた。
果たして何が原因だったのか。それを覚えている者はいない。しかし、滅びの一途を辿る帝国で、最早そんなことは重要ではなかった。
この国では金や権力ではなく、暴力だけが絶対にしてただ一つのルールとなってしまっていたのだ。
さらに悪いのは、元々この世界に存在していた魔法という力も、混沌を助長していたことだ。
「テメェら! 姫サマ持ったらズラかるぞ! へへっ、よく見なくても分かるぜ……いい体してやがる!」
「触らないでっ……!! 誰か……誰か助けて!!」
「誰も来やしねェよバーカ! 技術の進歩ってのはすげーよなァ! 俺らみてェな奴らでも人払いの魔法が使えちまうんだからよォ!」
時として歪み切った欲望は、穢れ切った悪は、純粋な正義さえも呑みこんでしまう。
第一皇女たるリゾルート・アッラルガンドの護送中に襲われた騎士団たちは、当然ながら応戦した。
応戦したが、今では一人を残して全員が血だまりの中に倒れ伏している。
深夜とはいえ町中で奇襲してきた不法者たちは、妙に統率の取れた動きで次々に騎士たちを殺していったのだ。
「ッ……姫様を離せッ!! せあぁぁああ!!」
「チッ、面倒事を増やすんじゃねーよクソ女!」
筆頭騎士のヴィヴァーチェは死力を尽くした。
魔法で無理矢理に身体を動かし、砕けた盾の欠片を剣の代わりに振り回す。
瀕死の体で動けるとは思っていなかった不法者の首が宙を舞い、白銀の鎧が深紅に染まる。
だが、あと一歩が届かない。
リゾルートも皇女という立場であるが、戦えないわけではなかった。
馬車の中に隠した宝具を使えば、この場を切り抜くことは不可能ではない。
しかし、力を制御できなければ親愛なるヴィヴァーチェをこの手で殺めてしまうかもしれないという想像が、一歩踏み出す勇気を与えなかった。
「姫、様……」
「そんなっ……イヤ、嫌ァ!!」
「へへっ、テメェは火炙りだ!!」
女ならば何人いてもいいかと考えていた不法者たちだったが、コイツを生かしておくのはむしろリスクになると、この場でトドメを刺してしまうことに決めた。
ヴィヴァーチェに向けられた手に魔力が集まり、球状の炎が形を成す。
死罪の中でも火刑は最も厳しいものとされているこの国において、その死に方が最悪のものであるのはこの場の誰にでも分かることだ。
しかし、リゾルート以外に止める者はいない。
全員が、ニヤついた顔で騎士の無残な最期を見ているだけであった。
不法者は見せつけるように炎を上空に撃ち上げると、ついにヴィヴァーチェに向けてそれを射出し――
「光りあるところに影あり……されど、影ある所に光あり!」
――ヴィヴァーチェの姿が、消えた。
そしてその代わりに、近くの建物の上が明るく照らされる。
屋根の上を見上げてみれば、そこには頭全体を覆うような仮面を被った五人の少女の姿が。
センターの一人が決めポーズでセリフを言う中、一人は魔法で照明を担当し、もう一人はその光を反射させて不法者たちにいい具合に見えるように調整し、さらに別の一人はヴィヴァーチェの治療を担当し、一人は何かを食べていた。
訳の分からない五人組。
この場の誰も状況を呑みこめない中、不法者たちのリーダーは何とか声を出すくらいのことはできた。
「な、何者だ貴様ら!」
現れた闖入者は赤、青、黄、桃、緑色のドレスをそれぞれ纏っており、仮面もそれに合わせた色合いとなっている。
敵か、味方か。
珍妙な恰好の五人衆であったが、リゾルートには彼らが正義の味方であると何となく分かった。
「アカレイジョー!」
その証拠に、不法者の問いかけに答えながら、センターの少女が屋根から飛び降り、下にいた男を一人踏みつけにして着地した。
同様に、適当な相手を踏みつけにしがら四人が順に飛び降りてくる。
「アオレイジョー!」
「キレイジョー!」
「モモレイジョー!」
「ミドレイジョー!」
各人各様のポーズをキメると、声を揃えて名乗り上げた。
『五人揃って、ゴレイジョー!』
名乗りと同時に周囲の建物が爆発。近くに立っていた不法者の何人かが哀れにも爆散した。
見た目も行動もふざけているとしか思えない代物であったが、不法者たちからすれば明確な敵対行為。
アジトに持ち帰る戦利品が増えただけだと、リーダーが声を上げる。
「ひ、怯んでんじゃねェ! 相手はただのガキだ、やっちまえ!!」
だが、答える相手は一人として残っていなかった。
気づいたころには、仲間たちの喉には魔法で生成された石の礫が突き刺さっている。
まず、夜でもあれだけ目立つ格好をした集団が音もなく近づいてヴィヴァーチェを奪い取っている時点で、実力差に気づくべきだったのだ。
ふざけたような行動が、一種の戦術であることに気づけなかった時点で、男は負けていたのだ。
もっとも、舞台に登場するようなヒーローのように見せかけておきながら、殺し方が暗殺者のそれであることなど、予測することの方が難しいことだったが。
「なっ……ガッ!?」
「ゴレイジョーストーム! ミド、受け取りなさい!」
男にとって不幸だったことは、自分の体が無駄に頑丈だったことだろう。
桃色の仮面の少女に蹴り上げられたかと思えば、落下する直前に緑色の少女に再び放物線を描かされ、黄色と青色にも同じような目に遭わされる。
そしてやってくる赤色の番。
男の目には、その少女の足に魔力が集まっていくのがはっきりと見えた。
「や、やめっ――」
「この世の心理をお教えしましょう!」
刹那、男の脳裏によぎる幼き日の記憶。
これが走馬灯かと気づいた時には、男の体は地面に深々と埋まっていた。
「正義は勝つ、ですわ!!」
戦いは終わった。
だが騎士たちからすれば、結果は惨敗としか言えないものだ。
たかが数十人程度の不法者に敗れ、挙句皇女を奪われかけていたのだ。
ヴィヴァーチェも、結果としては無事だったもののこれを幸運と呼べるかは怪しいところだ。
「お、お待ちください! 貴女たちは一体……!」
しかしそんなことは知ったことかと、一仕事終えたような様子のゴレイジョーたちは現場を立ち去ろうとしていた。
呼び止めるリゾルート。
アカレイジョーと名乗っていた赤いドレスと仮面の少女は一度だけ振り返ると短く告げた。
「秘密令嬢、ゴレイジョー。この世に悪がある限り、我らはどこへでも駆け付けますわ」
言いたいことだけ言って、その正体を明かすことはなく、五人は去って行くのだった。
ゴレイジョーが皇女を救い出したのと同じころ、とある場所で男が机に拳を叩きつけていた。
「おい! これはどういうことだ、リテヌート!」
「……どうやら、邪魔が入ったようでございますな」
皇女の護送は、深夜に秘密裏に行われていた。
それが不法者たちに襲われたということは、誰かがそれを手引きしていたということ。不法者にしては妙に強かったのも、そのためだ。
そう、机を叩いて頭をかきむしるこの男こそ、その首謀者。
混乱に乗じて帝国を乗っ取ろうと画策している、悪の親玉とでも言うべき存在だ。
「しかしご心配なく、アレが成功せずとも、第二第三のプランはご用意しておりますとも……」
「……チッ。それなら、早くそれを実行に移せ。俺はあまり気の長い方ではないんだ」
「もちろんですとも。既に、計画は始まっております……」
混沌の中へと堕ちていく帝国。
そんな中、貴族や民衆だけでなく、騎士団までもが狂い始めていた。
「よぉ! 護衛に失敗した上に部下が全滅した気分はどうだ?」
「……プレスト」
「おいおいそんな目で見るなよ……事実だろぉ?」
生き延びたヴィヴァーチェは皇女の専属騎士という役職を剥奪されてしまっていたが、実力は確かだったため帝国軍の端の方の部隊で部隊長を務めていた。
あの夜の出来事は、リゾルートが嘘偽りなく報告した。
どこからか情報が洩れ、妙に統率の取れた不法者に襲われたことから、ゴレイジョーを名乗る謎の五人組に助けられたことまで。
もっとも、最終的には皇女が宝具で何とかしたものの、人殺しのショックで記憶が混乱しているだけということで片付けられてしまったのだが。
それもそうだ。
一体誰が、五色のドレスと五色の仮面の五人組が珍妙な名乗りを上げて、劇か何かのように悪を薙ぎ倒したなどという話を信じるというのか。
「……第三皇子の専属騎士殿は随分と暇を持て余している様子だな。私が異動になったのがそんなに嬉しかったか?」
「くかかっ、言うじゃねぇかよ。……安心しろって。俺ぁ何も、左遷されたアンタをバカにしに来たわけじゃない……聞いたぜ、ゴレイジョーとやらの話」
そんなこんなで王都を離れなければならなくなったわけではなかったヴィヴァーチェのいる詰所の訓練スペースに、一人の騎士が訪れていた。
騎士の名はプレスト。第三皇子の専属騎士であり、ヴィヴァーチェとは同期の騎士だ。
二人は騎士候補生として共に訓練に励んでいたころからの仲……と言えばまるで仲が良いかのように聞こえてしまうが、実際の所は犬猿の仲という言葉がしっくりくるような間柄だ。
昔からどうにも反りが合わず、その上模擬戦などではヴィヴァーチェが全戦全勝しているおかげでさらに溝が深まり、挙句お互いに第三皇子と第一皇女の専属護衛にまで上り詰め、蹴落とし合う関係になってしまった。
この国では、帝王も女帝もどちらも生まれる可能性がある。
昔からの伝統で、一番強い奴が皇帝に選ばれる決まりなのだ。
「どこでそれを?」
「はぐらかすなよ。連中、お前かあの皇女サマの私兵なんだろ? 実際どうなんだよ」
「……何の話だ」
元とはいえ第一皇女の護衛と現第三皇子の護衛がこうして話し合っていること自体、かなりイレギュラーな事態。
騎士らしい正々堂々とした戦いに重きを置くヴィヴァーチェと違い、プレストは勝てばよかろう主義。
今度は何を企んでいるのかと思えば、ゴレイジョーについての情報を集めているようだった。
「どこで知ったのかは知らんが、アレが現れた時点で私は気を失っていた……恥ずべきことにな。だから、それについては皇女の報告が全て――」
ヴィヴァーチェが言い切らないうちに、プレストは剣を抜いていた。
確実に首を狙った軌道。
確かに手段を選ばない奴ではあったが、プレストも最低限の騎士としての矜持は持ち合わせていたはず。こんなやり方は少しらしくない。
「おい、何だ。血迷ったか?」
「いやいや、話す気がないならこのまま殺すのが一番だな、と。それだけだ」
剣を振ると同時に、魔法で結界が張られる。
主に騎士同士の決闘に使われる、外から入るのは容易だが逃げることはできない結界だ。
外からは入れるというのは、決闘相手がルール違反を犯した際に外から干渉できるようにするためなのだが、ヴィヴァーチェは血の臭いを嗅ぎ取ってそれが無意味であることを悟る。
「……我欲に堕ちたか、殺しに狂ったか……どちらにしろ、決着を付けねばならんようだな」
「気づくのが遅ぇんだよアホが!」
「騎士ヴィヴァーチェ、参る!」
交差する刃。
実力で言えば先にも述べたようにヴィヴァーチェが上。
すぐにでもとはいかなくとも、決着は決まったようなもの……かに思われた。
「ははは。お前、支給品なら警戒するまでもないとでも思ってただろ」
「剣がっ……!?」
しかし、ヴィヴァーチェの剣はほんの数度ぶつけあっただけで折れてしまった。
この剣は騎士団の方から支給された正式なもの。
そもそも、細工されている可能性を考慮する方がおかしいものだ。
言い訳をしたところで、後の祭りでしかないのだが。
「くはははっ! こうして甚振ってやるのはいつぶりだかなぁ! テメェはいつだって俺の先を行く!! それがずっっっっと気に入らなかった!!」
「ぐっ、くぁっ!」
ヴィヴァーチェは無手でも戦えないわけではないし、先日も砕けた盾を手に大立ち回りを演じていた。
しかし、相手は模擬戦では負け無しとはいえ第三皇子の専属護衛に選ばれるほどの実力者。
折れた剣でまともに戦えるはずもなかった。
「だが、魔法ならッ!」
「おっと危ない。仕込みが一つだなんて、いつ言ったよ?」
それで終わらないのが彼女が第一皇女の専属護衛に選ばれた理由であるのだが、相手も同様に何重にも狡猾な罠をかけて待ち構えるような相手。
生成した氷の刃を手に肉薄するヴィヴァーチェは、装備していた籠手や鎧に魔力を吸われ、倒れ伏してしまった。
「くはっ、くははははっ!! 何だ!! こんなにも簡単なことだったじゃないか!! テメェ一人倒すことに、何を手間取ってたんだかなぁ!!」
狂ったように笑いながら、プレストは倒れ伏すヴィヴァーチェの首めがけて剣を振り下ろした――
「醜い……」
――が、気づけば剣は自らの手を離れ、少し離れた場所に転がっていた。
「正面から殴り合う勇気も、覚悟も、実力も無く、そんな手に縋るしかないとは……」
「……そうか、テメェがゴレイジョー……の、確かアオレイジョーとかって言ったか」
「レイジョー……!? 姫様の与太話ではなかったのか!?」
いつの間にか、そこには青いドレスに青い仮面の奇妙な少女が佇んでいた。
「いかにも、妾の名はアオレイジョー! 一人だけでもゴレイジョー! 病欠のアカレイジョーに代わり、貴様を誅する!!」
それが武器なのか、アオレイジョーはどこからともなく弓矢を取り出した。
それを見て、プレストはニヤリと笑う。
騎士は剣術は当然のことながら、格闘術も魔法も一流でなければならない。
そう、魔法。弓を引き絞って矢を放つよりも、思考と同時に発動する魔法の方が早い。
「剣がなきゃ何もできねぇとでも思ったか? 舐められたもんだなぁ!!」
「ぐっ……」
足を踏み鳴らせば、放たれた矢は雷に焼き尽くされ、アオレイジョーもそのまま感電して身動きが取れなくなる。
「生け捕りにしろって命令だがよぉ……多少は遊んだって構わねーよなぁ?」
「っ……」
そして、動けなくなったアオレイジョーに手をかけ――
「……なあ、奴は何をぶつぶつと呟いてるんだ?」
「幻覚を見ておる。大方、妾を手籠めにする妄想であろうな。下衆め」
――という幻覚を見せられていた。
アオレイジョーの姿を視認した時点で、プレストの意識は幻想の海へ吹き飛ばされていたのだ。
アカレイジョーもそうだったが、ゴレイジョーのメンバーはヴィヴァーチェのような正々堂々とした戦いよりも、こういう搦め手を得意とするのだ。
プレストが涎を垂らしながら妄想に浸っている間に、アオレイジョーは魔法でヴィヴァーチェが負った傷を癒し、持ってきていた本物の剣と鎧を装備させる。
そして、幻術を解いた。
「…………は?」
「ほれ、決闘じゃ。そのための結界であろう?」
「……感謝しよう、アオレイジョー。これで、私も戦える」
「いや、待て、待て、何がどうして――」
全く状況を飲み込めてはいなかったが、プレストは剣を持ち、結界の中に立っていた。
それはすなわち、決闘を行う覚悟が、命をかける覚悟ができていることの証明。
ヴィヴァーチェの剣は、今度は一撃でプレストの首を刎ね飛ばした。
同時に、維持する人間がいなくなったことで結界は解除される。
アオレイジョーはこれ幸いとばかりに退散していくが、ヴィヴァーチェはそれを追うほど空気の読めない女ではなかった。
「……ゴレイジョー、お前たちの目的は、まさか……」
「おい」
「はい」
「はいじゃねぇ!! プレストが死んだぞ!!」
「はい」
「はいじゃねぇ!!」
とある場所にて、またしても男が机に拳を叩きつける。
家臣らしき男は冷や汗をかきながらそれを宥めようとするが、一度火がついてしまうと収めるのが大変なタイプの人なので、話は嫌な方向へ突き進んでいく。
「アオがアカは病欠っつってただろ!? 仕掛ける好機じゃねぇかよ!!」
「い、いえ、奴がこちらの盗聴魔法に感づき、咄嗟に嘘を吐いた可能性も否定しきれない以上は、迂闊に動くべきでは――」
家臣の方はいくらか冷静だったが、男は完全に冷静さを失い、すぐにでもケリをつけるなり成果を挙げるなりしなければならないという気になっていた。
「もういい!! 貴様にはうんざりだ!!」
「お、皇子!? どちらへ行かれるおつもりですか!?」
第三皇子レジェロ・ラレンタンドは家臣の忠告を無視し、本来はもっと段階を踏んでから行うはずであった最後のプランを発動させんと、歩き出していた。
リゾルート・アッラルガンドは、招かれたパーティ会場で、自分の隣にいるのがヴィヴァーチェではなく、あの日は偶然別の任務で外していたために生き延びていた護衛騎士の元二番手、アレグロであることを不満に思っていた。
実力に心配はない。何せヴィヴァーチェが直々に任命した部下なのだから。
性格についても文句はない。騎士らしい、謹厳実直な男だ。
男だから不満というわけでもない。リゾルートは長女で、兄も弟も多いので特に気にならない。
不満なのは、ヴィヴァーチェが隣にいないことだった。
「……はぁ」
「お嬢様、お言葉ですが、あまりそういった感情は表に出さない方がよろしいかと」
「……分かっています。……それでも、抑えきれないのです」
専属騎士が変更になることは、結果としてはああなってしまったのだから仕方のないことだとリゾルートも受け入れていた。
だが、そこからが問題だった。
ヴィヴァーチェの処遇について、第三皇子のレジェロが口出ししてきたのだ。
皇位継承順位で言えば、現在はリゾルートがレジェロよりも上にいる。
以前、決闘で完膚なきまでに叩きのめして奪い取ったのだ。
他国からは野蛮と称されるような手法であるのは否定しないが、これでもちゃんと歴史ある伝統なのだ。
おそらくその辺りの恨みがあるのだろうと、リゾルートもレジェロの行いについては理解していた。
言い分も真っ当なものだったので、特に何もできずにヴィヴァーチェの左遷を認めることになってしまった。
「しかし考えてもみてください。そのレジェロ兄様自身が開催したパーティですよ? 怪しむなと言う方が無理のある話です」
「こちらが怪しむ素振りを見せる方が、むしろ危険かと。ここはあちらの腹の中も同然でございますから」
そして現在、リゾルートはレジェロの開催したパーティの会場にいた。
目的はリゾルートに奪われた順位を取り戻すことか。とすれば、料理か飲み物に毒でも盛られたか。
そう考えてみるが、これまではほとんど宝具の力のみで評価されてきて、あの一件以来この国の皇族らしい知識などを身に着けて来たリゾルートには、よく分からなかった。
「やあ、リゾルート。楽しんでくれているかな?」
「……ごきげんよう、レジェロお兄様。当然楽しんでおりますわ」
「その割に、料理などには手をつけていないようだが?」
「っ……目移りしてしまいまして。ご存じでしょう? こういった場所には不慣れなんですの」
レジェロの隣の騎士に見覚えはない。
しかし、元々第三皇子はかなり横暴な人だということで有名だったので、クビにでもしたのだろうと思考から外す。
何か企んでいそうと言われればそう見えてしまいそうな、軽薄な笑み。しかしレジェロは、これを標準装備している。いっそ厄介なものだ。
「なら、どうだ。今日のために特別に取り寄せた酒があるんだ。一杯飲まないか?」
「ありがたいお話ですが、お酒には強くなくて……遠慮させてもらいますわ」
「なら、これはどうだ? 東国から取り寄せた甘味だ。甘味はお前の好物だと聞いているぞ?」
断り切れない。話を切り上げて適当に逃げるのもこの状況では厳しい。
アレグロに一瞬視線を向けてみるが、その目はどうしようもないと告げているようだった。
「……では、ありがたくいただきますわ」
「……ッ!」
リゾルートが甘味を口に運ぶと、レジェロは軽薄そうな笑みを獰猛な笑みへと変化させる。
ああ、やはりか。
そう思ったところで、逃れようのないことだった。
何か混ぜられていたのか、中に仕込まれていたのか。
しかし、待てど暮らせど、何の効能も出てこない。
リゾルートは、これは兄の純粋な好意だったのかと視線を向けて見れば、レジェロの顔からは徐々に笑みが消え、どんどんと青くなっていくのが見えた。
綺麗なグラデーションのように、見事な顔色のビフォーアフターだった。
「狙い通りの効果が出ず、困惑しておりますか? それとも、焦っておりますか?」
「東国から仕入れた甘味ということですし……あむっ。
「……大丈夫キレイジョー、まさか喉詰まらせてないよね?」
「キレイジョー……!? まさか、貴様らはっ!」
認識阻害の魔法か何かでも使っていたのか、それとも招かれた客の中にいたのか、そこにはいつの間にか桃色、黄色、緑色のドレスと仮面の少女たちが立っていた。
何かあっては困るので、魔法を感知する道具は当然会場に設置されている。しかし、今もそれは作動していない。
一体どんな技術かは分からなかったが、敵ではないことは間違いなかったので、リゾルートは飛び出そうとしているアレグロを必死に抑える。
「モモレイジョー」
「
「ミドレイジョー……三人だけでもゴレイジョーってわけで、アンタの悪事については調べさせてもらったわ」
ミドレイジョーがその手に抱えていた資料の束を放り投げると、魔法で気流を操作したのか、丁寧に会場の全員にその紙が配られる。
リゾルートの手にも渡ってきたその紙には、レジェロの企んでいたリゾルートの抹殺計画と皇位の強奪作戦についてが証拠付きで事細かに記されていた。
「……ち、違う。ちがっ、こ、これはっ……これは、そ、そうだ! 国家反逆罪だ!! そこの小娘どもが、俺を陥れようとしているんだ!!」
顔面蒼白のレジェロの言い訳を信じる者は、この場にはいなかった。
隣に控えていた騎士でさえ、主君の味方をしようとはしていない。
そんな中、リゾルートは兄の方へ一歩足を進めた。
「お、俺は知らない! 俺は何も知らなっ――」
「決闘ですわ、お兄様」
そして、手袋を投げつけた。
蒼白を通り越して土気色になってきた顔は、騎士たちの張った結界によって外からは見えなくなった。
醜い命乞いや断末魔をパーティ会場の全員に聞かれずに済んだのだけは、幸運と言うべきだろう。
「以上が事のあらましになりますわ!」
「……ふむ」
王城の中央、謁見の間。
そんな場所で、赤いドレスに赤い仮面の不審者が皇帝と面会していた。
その手には、レジェロが自分の計画を唯一伝えていた家臣、リテヌートの首が握られていた。
皇帝はそれをドン引きながらも、飼い猫がネズミをプレゼントしてきたときのような目で見ていた。
「……リゾルートは宝具を制御できるようになったが、代わりにレジェロが散ったか」
「等価交換という奴ですわね」
皇帝は何も言わずに、ここ最近の国の荒れ具合についての報告と、ゴレイジョーが活躍するようになってからの報告を見比べる。
「これでしばしは、貴族も騎士も荒事を起こす気を減らしてくれれば良いのだがな」
「報告は以上ですわ!」
この後、ヴィヴァーチェは第一皇女の専属騎士に復帰し、リゾルートは皇位継承順位一位の兄からその座を奪い取り、そのまま女帝となって傾いていた帝国を建て直すのだが、それは別のお話。
……余談だが、この国には皇帝の一族に使える五つの名家があるらしい。
皇位継承のあれこれに直接関わることはないが、政権の運営や治安の維持に尽力する、そんな五つの名家が。
本当に余談だが、その五つの家には今、ちょうど一人ずつ娘がいるらしい――
秘密令嬢ゴレイジョー ひらめんと @f-i-l-a-m-e-n-t
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