第3話 好きなのは


「……」

「……」


なんか適当に歩いてたら、いつ間にかホテル街に来てしまった。

そのせいか、少し気まずい。てか、幼馴染の母親とホテル街に来るのは

色々とまずいだろ……。それに、さきほどからなんか真由さんの様子がおかしい。頬が少しばかり赤い気がする。体調でも悪いのだろうか。

よし、ここは早く引き返すように声をかけよう──

なんて思っていると、先に口を開いたのは、真由さんの方だった。


「じゃあ、最後のレッスン。女の子はね、気持ちが高ぶっちゃうといけない事をしたくなるの……」

「はい?」


そう言いながら、上目遣いで、腕を密着させてくる。

豊満な胸が俺の身体に触れ、五感を刺激する。


「いや、マジではいーー!?」

「翔太くんがいけないのよ? 私ずっと立派な母親でいようって

思って頑張ってたのに……。君が私をドキドキさせたから……っ」

「いや、チョロすぎんだろっ! とりあえず一旦落ち着いて……」

「もうエンジンがかかった女の子は止められないの! アップデートされてないシングルマザーのガード力を甘く見たわね!」

「紙装甲にも程があるだろ!早くアップデートして!」

「もう、引っかかちゃった。だから、翔太くん。責任……とってよね」


手を握り、顔を寄せてくる。


(近い近いっ! 美人な顔がこんな至近距離に! 俺、このまま大人の階段を登ってしまうのか!?)


その時だった。


「……二人とも。こんな所で一体何をしているの」

「うわっ!? あ、甘菜!?」

「あ、あらー甘菜ちゃん……」


ま、まずい所を一番見られたくない奴に見られてしまった。


「ねぇ。いったい何してたの。 早く教えて」

「お、落ち着け、話せばわかるから……」

「とてもそうは思えない。言葉で通じ合えるなら争いごとは終こらない」

「希望を捨てるな! きっと争いごとをこの世から無くすことはできる!」

「確かに終わるかも。当人が滅べば、ね」

「ひぃ!」


ど、どうする? 朝より明らかに怒っている。

声もなんだか冷たいし、でもお前の母親から女心を学ぼうとしてましたー!

なんて言ったら。


『幼馴染の母親から女心を……へぇ。男として駄目駄目。そんなんじゃ今世は独身。その来世も独り身に決まってる。そんな男嫌い。バイバイ』


なんてことを言われそうだ。

とりあえず、話を変えてまずは落ち着かせることにしよう。


「そ、そんなことより、なんでお前がこんな所にいるんだよ」

「むぅ。話逸らした。ここ近道なの。猫カフェ帰り」

「あーそういや、昔から好きだったな。猫吸ってきたか?」

「限界まで吸った。ていうか、いい加減教えて。ママと何やってたの」

「うっ……それはだな……」

「教えて」


先ほどよりも冷ややかな声で圧をかけてくる。

流石にこれ以上誤魔化すのは無理そうだ。

後ろめたい気持ちも、無論あるが、

ここは、腹をくくることにした。


「わかったよ……いや、実は真由さんから女心というやつを教えてもらっててだな」


と、俺は説明しようとしたのだが──。


「翔太くん、私とは遊びだったの!?」

「はぁっ!?」


さっきまで、黙ってたと思ったら、

急に何を言ってるんだこの人は!


「あんなに力強く抱きしめてくれたじゃない!」

「車から庇っただけでしょ!?」

「手も握ってくれて……」

「いや、怖がってたからね」

「最後には強引に私の唇を奪ってきて……」

「いや、大袈裟! クレープもらっただけね!?」


それを聞いていた甘奈は、プルプルと肩が小刻みに震えていた。


「そんなのずるいよ……」

「甘奈?」


これまで、ぶっきらぼうだとずっと思っていたはずの

甘奈が、今まで見せたことのない表情に、

思わず、生唾を飲み込む。


「私だって、翔太のことずっと好きだったのに」

「なっーー。」


甘奈が俺のことを?好きって言ったか……今?


「う、嘘だろ?」

「嘘じゃない。初恋だった。昔から翔太は私に優しくて、いつの間にか

好きになってた」

「……」


涙目で語る甘奈の様子を見て、俺は、何も言えなくなった。


「でも、今日よーくわかった。翔太がママと付き合ってたって」

「いやそれは違──」

「でも、ママになんか負けないからっ!」


そう言い残すと、甘奈はどこかへ走り去ってしまった。

俺は、ただ、立ち尽くして

何もできずにいた。

すると、真由さんが先に口を開いた。


「私ったら、母親失格だわ。あのこの前だって言うのに

つい、はしゃぎすぎちゃって……」

「いえ、元々俺が頼んだ話ですし……まゆさんは悪くないですよ」

「翔太くんはやっぱり優しいのね。後でちゃんとあの子に謝らなくちゃ。

だからね翔太くん今は──」

「はい。俺、追いかけてきます」

「お願い」


♢♢♢


「はぁ……はぁ……」


息を切らしながら、俺は、走っていた。

あれから必死に町中を走り続けた。

見つからない。けど、諦めたくはない。

日が暮れようかとした時だろうか、

公園で一人佇む女の子を見つけた。


「はぁ、はぁっ。こんなとこに、いたのかよ……」

「何しにきたの。私は用はない」

「固いこというなよな。隣、座るぞ」

「許可してない」

「公共物だから許可はいらないんだよっと」

「むぅ……それは屁理屈」


俺は、ベンチに腰をかけ、ようやく安堵のため息をついた。


「まだ許可してない」

「お前のベンチじゃないだろ?」

「この世の全ては私中心に回ってる」

「おい、尖った思考やめろ」


未だ、不満気な表情を浮かべる甘奈を見ながら、俺は

話を続ける。


「それでだな。さっきのは、お前の勘違いだから。真由さんとは

本当に何もない」

「でも、デートしてたんでしょ。嬉しそうだった」

「そこまで見てたのか……。いやまぁそれは、そうなんだけど、

本気で女心を教えてもらってただけなんだよ」

「なんで」

「いや、この前言ってただろ?女心がわかってないって。

それがわかれば、甘奈と仲直りできるかなって」

「つまりは、私のため?」

「……端的に言うとそうだな」


自分で言っていて恥ずかしくなりながらも、本音で語る。


「だったら。許してあげないこともない」

「ほ、ほんとか!?」


わかってもらえて良かったと、ホッと胸を撫で下ろす。

一時はどうなることかと思ったが、

理解してくれたみたいで何よりだ。心臓止まるかと思ったよ。


「でも翔太。幼馴染の母親に教えてもらうなんて小心者」

「あ、それ、グサッと来る」

「だって面白い」

「……面白いか?」

「でももう必要ない。これからは、私が教えてあげるから」

「お、おう」


唐突な、プロポーズみたいなセリフを受けて

ドギマギしてしまう。

こういうの本当は、俺から言えたら良いんだろうけど。

スライムすら倒したことのない俺は、経験値不足すぎて

そんなセリフを考えつきもしない。


♢♢♢


俺たちは、その辺を適当に歩くことにした。


「翔太の手、おっきい」

「お前は小さいな。てか、手を繋ぐだなんていつぶりだっけ」

「一緒にお風呂に入った時」

「いや、そんな記憶ねぇよ!偽造すんな!」

「まぁ……それは嘘だけど。小学生の時。かな」





「翔太、おうち一緒に帰ろう?」

「あぁ、もちろん!」

「翔太はその……気になる子とかいるの?」

「気になる子? そうだなー、あ、でも気になると言えば

甘奈はどんどん可愛くなっていくな!」

「そ、それって、好きってこと?」

「ん? 友達としてってことか? 好きだぞ!もちろん!」

「むぅ。鈍感」

「なんか言ったか?」

「翔太、手、つないで帰ろ?」

「ああ!」




「翔太は昔から鈍感」

「そうか?」

「うんでも、もう今は違うよね」

「それはどういう……」

「私たち付き合ってるんだから」

「そう……だな」


本当に、夢みたいな話だ。

俺なんかが甘奈と付き合うことができたんだから。

未だに実感が湧かないが、嬉しいという感情だけは

はっきりわかる。

こうして、無事に付き合い始めた俺たちは、

きっと俺たちを心配してたであろう、

真由さんの元へと向かった。


♢♢♢


「ということでママ、恋人になったから。ふん」


ドヤ顔で、母親にこれでもかと

甘奈はアピールしている。


「色々ありましたけど、最終的には真由さんのおかげです。ありがとうございました」

「本当に良かったわ。お母さん、二人のこと応援するわね!

でもーーーー?」

「でも?」


二人同時に声が揃う。


真由さんは、僕の耳元へ近づき、こういった。


「甘奈ちゃんが素直になれない時は、私が代わりに恋人になっても

良いからね。私、ずっと待ってるから?ね?」

「なっっ!?」

「ちょっとママーー!?」

「どうしたのよー甘奈ちゃん?」

「離れて! 翔太は私のものだから」

「ちょっとくらい良いじゃないーー減るもんじゃないしーー」

「痛い痛い、腕がちぎれるーーーーーっ!」



──本当、この人は……と全く反省してない真由さんには、これからも手を焼きそうだと

ため息をつく。

ただ、どれと同時にどこか楽しそうな、

そんな二人を見て、

元気そうで良かったと

つい口角が上がってしまう俺であった。



end











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何故か好きな幼馴染の美人母とデートすることになった件 せかけ @sekake

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