坂道を日傘かざして上りゆく眼下に見ゆる港輝く

結婚することになった、と祖母に報告した。

「あら、詩織ちゃん、おめでとう、良かったわね〜。で、どこの方?」

「関東の人。でも今は博多に住んでる。」

「そう、じゃ、博多に住むの?」

「ううん、神戸。この夏に神戸に転勤が決まったの。」

「まあ、神戸に住むの。なんか映画みたいだね」

祖母は母と異なり落ち着いている。80歳を超えている、対象生まれだ。

祖母は旧国鉄職員を父(私からいえば曽祖父)に持ち東京で生まれ育った。だから、今でも東京弁の片鱗が残っている。太平洋戦争末期にも東京・小石川のあたりに住んでいたが、玄関の軒先にも米軍機の銃撃が届いたと聞いたことがある。母が生まれた後に祖父が病死し、祖母は幼い母を連れて東京大空襲の前に九州の別府温泉にある実家に疎開した。そのまま温泉宿をしていた祖父(祖父は病弱で兵役を免れていた)と再婚し、祖父が亡くなった今もその地で暮らしている。

多分「映画みたいだね」は「映画のような話だね」の略なのだろう。


その祖母に神戸に遊びに来てもらいたかったが、それはかなわなかった。なぜなら祖母は私が結婚の報告をしてからほどなくして亡くなってしまったからだ。そそかっしい母と異なり祖母は落ち着いていたので、私は祖母とお茶を飲みながら話すひとときが好きだった。決しておばあちゃん子ではなかったが、なんだかおちついて愚痴を話しても、ときどきはっとするような一言をコメントしてくれた。


ただ、現実の結婚生活は「映画のような話」では済まない。子どもが生まれ、夫の会社の倒産、転職、引っ越し(といっても神戸市内なのだが)、と予想もしないいろんなことが実際には起きる。夫は何も弱音をはかないが、帰宅時間が日々遅いことで過残業であることは明白だ。最近は夫もめっきり白髪も増えてきた。


子どもも反抗期を経て今では高校生になり、何を考えているのかさっぱりわからない。でも根は優しい子なのだから大丈夫だろう。


日傘をさして坂道を上がる途中でなんとなく昔のことを思い出していた。坂の上にあるマイホームはもう築20年を超え、すでにあちこち傷んでいる。今度夫にリフォームのことを相談しよう、そんなことを考えながら家路を急いでいたら、背後の港から霧笛が聞こえてきた。これからもこの街で暮らすのだろう。
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

短歌と散文 「夏を想う」 よひら @Kaku46Taro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画