銀河の季節

トシキマイノリティーライター

第1話 紫陽花の空 パート1

「明日、晴れたらカエルを取りに行こう。」

琴音は、7歳年下の妹の久留美に言う。久留美は、一度、姉の顔を見つめてから、こっくり頷く。


6月の夕空は、梅雨の空。姉妹は、縁側に立って、広く大きな庭を見つめている。庭に置かれた山波石が、雨でしっとり濡れている。隣りに紫陽花が柔らかく咲いている。姉妹の隣で、三毛猫のミケが顔を洗っている。

久留美はつぶやく。

「明日も、雨かなぁ。別に、カエルなんかいらないもん。ミケだって、顔を洗っているし。明日も、雨。また雨だもん。」

琴音は久留美に言う。

「なんだ。もう、気が変わったの?この子ったら。カエルを捕まえて、飼って、卵を産ませたいって、言ったじゃないの。なーんだ。なーんだ。」

久留美は、縁側にぺたりと座っている。そして、鉛色の空を見上げる。雨はやみそうにない。

琴美は言う。

「今は、梅雨の季節。雨が降らなくては、カエルさんは干からびてしまうわ。」

久留美は、そばに居たミケに手を伸ばす。ミケは、かっとなって逃げ出した。

「あたし淋しい。」

「お姉ちゃんだって、淋しい。」

庭から、カエルの声が聞こえてきた。


「二人共、夕ご飯よ。早く来なさい。」

後ろのキッチンから、母の声がした。二人は動かない。

垣根の表のあぜ道を、農機具を積んだ泥だらけの白い軽トラが通り過ぎる。


久留美は拗ねて、目に涙を浮かべる。縁側にぺたりと座っている。

「みんな嫌いよ。雨も、お姉ちゃんも、カエルも、お母さんも。」

雨が、庭の芝生を濡らしている。かなたの空を、カモが、小さく飛んでいく。

「二人ともご飯よ!何しているの。」

お母さんの声がする。姿は見せない。

琴音は、座っている久留美の両脇に、手を差し入れて立たそうとする。

「さぁ、久留美ちゃん、お腹すいたでしょう。ご飯を食べに行こう。」

久留美は、のろのろと力なく立ち上がった。二人は、庭に背を向けて、縁側を離れ、キッチンへ向かう。お母さんが、キッチンで出迎える。

「琴音ちゃん、久留美ちゃん、さぁ、ご飯よ。」


突然、二階から、エレキギターをかき鳴らす音が聞こえてくる。

「ちっ、まただよ。」

お母さんは舌打ちする。


二階では、父親の耕造が、汗だくになって、フェンダーの小型アンプに、コードをつないで、テレキャスターのエレキを、仁王立ちになって、弾いている。部屋は、CDが山積み、1000枚はありそうだ。壁には、ジミ・ヘンドリックスや、ローリングストーンズ、レッド・ツェッペリンのポスターが貼られている。

耕造は、鼻の穴を広げて、エレキギターをかき鳴らしている。視線は、窓の外の雨降る田園風景へと注がれている。

「ウッ、ウッ、ウホウホ。」

耕造はわめいた。そして、どすどすと足踏みしている。汗が額から流れ落ちる。

「アイ・アム・ギター・ヒーロー!」

耕造は雄たけびを上げた。


「お父さん、また始めたね。」

琴音は、茶碗を片手に、お母さんに、呆れ顔をする。久留美は、スプーンで口に卵焼きを運ぶ。お母さんの由香は、テーブルの上に置いてあるスマホを手に取った。ナンバーを指でたたく。二階の耕造に、テルをする。コールが続く。まだでない。由香は黙って耳にスマホを当てている。琴音が切り出す。

「あたしが、お父さんを読んでくるよ。」

由香は静かに琴音を手で制し、コールを続ける。1分30秒位、経ったら、二階のギターの音が鳴りやんだと同時に、由香のスマホに、大声で、耕造の声がした。

「うるせーんだよ。母さんは。」

耕造は、反抗期の青年のような声を出した。

「うるさいのは、どっちよ。いいから、早く降りてきて、ご飯を食べてよ。」

耕造は、言う。

「ギターはな、俺の命だ。三度の飯よりギターが好きだ。」

由香は言い返す。負けていない。

「じゃ、かたずけておく。」

耕造は、ひるんだ。

「ちょっと待って、ちょいと、いいところなんだ。後で食べるから。」

「ダメダメ、今すぐ降りてきなさい。」

「ちょっと、もう、一曲やってから。パープル・ヘイズ。男のロマンだぜ。」

由香は、諦めてスマホを切った。そして、娘たちを見て、笑顔になって言う。

「さぁ、お父さんはほっといて、一緒に、食べましょう。」


                         つづく。





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