第5話(終)
俺たちは気づけば迷宮の外に出ていた。
どうやらあの像には「進化の秘儀」を施した相手を迷宮の外に送り届ける機能もあったらしい。ちなみにもう1度迷宮の中に入ろうとしたのだが、なぜか入り口が見当たらなくなってしまっていた。2回目の挑戦は受け付けてくれないようだ。
「ま~……挑んだ者は誰も戻ってきたことがない、て話でしたけど。無事戻って来れましたね~」
のんびりとした口調でリラが言った。
トロールの野太かった声も元の鈴の鳴るような美しい女性の声に戻っている。
「……いや、無事か……?」
「無事ですよ~。少なくとも私は」
ガサガサと枝が揺れて葉が音をたてる。
今のリラは高さ5メートルほどの1本の木になっていた。
そんな姿だが普通に喋れるし、根を使って移動もできるし、枝を手のように使うこともできる。
「
俺からしたらそんな姿で大丈夫か、と問いたくなるがリラにとっては大丈夫で問題ないらしい。
「うらやましい限りじゃ。わしはとても無事とは言えん」
渋い表情で答えるのはボル。
その渋い表情をしている頭は小脇に抱えられているのだが。
「
「結局は魔物ではないか。それにさすがにこの状態では神の声は聞けんし奇跡の行使もできん。戦の神の神官は廃業じゃ」
なんだかんだで信仰にその身を捧げていたボルからすると神の声が聞こえなくなったという事実が何より許せないようだ。その辺は俺としては理解しにくい部分ではあるが、自分のアイデンティティが失われたという意味ではつらいだろうというのはわかる。
『ボルはいいじゃん、人型なんだから~!』
ボルの背後で唸り声をあげているのがセリカ。
その姿は愛らしいペンギンから今は白い鱗を持った立派な
聞こえてくるのは獣の唸り声なのだが、それが竜の言語らしい。
何を言っているのか理解できて会話は成立している。
『私なんか四足歩行だよ。完全に人型じゃなくなっちゃったんだよ……どうするんだよ。もうお嫁にいけない~』
「……いや、何を言っとるんじゃ。種族的には
「そうですよ。竜と言えば神話にもなろうかという生物ですからね」
ボルとリラから総ツッコミを入れられる。
まあ、完全に人間やめているという一点を除けばまさしく伝説の生物である竜になれたのは一番ラッキーだったと言えるが。
「それに、お嫁ならシオンさんにもらってもらえばいいじゃないですか。シオンさんならきっと今のセリカさんでももらってくれますよ」
『えっ、それは……その……』
「そもそもセリカは雌の竜なのか……? まあ、嫁にもらうのは構わんが……」
何か俺の方に話が飛んで来たな。
『今のシオンに嫁にもらわれるのは、何か負けた気になるんだよ! そもそも今のシオンは嫁にもらわれる側でしょ~!』
「……言うな」
そう、今の俺は。
ピンク色の髪は腰の辺りまで伸び、胸も腰も一回り豊かになってスタイルはより一層艶めかしく。
何より頭に角、背に蝙蝠の翼、お尻から尻尾が生えており、どう見ても普通の人間ではなくなってしまっていた。
「まあ、
『何で前の私より美人になっちゃったのよ、もう!』
「ある意味、一番運がよかったですよね」
「よくねえよ!?」
俺が変化したのは
美しい女性の姿をし、男性を誘惑するという悪魔である。
確かに伝説や神話に出てくるような上位種族であるしその身体に秘めたポテンシャルは(色んな意味で)凄いのだが。
女である。
俺は男だったのに、どうしてこうなった。
「なあ、これ元に戻るのか……?」
「無理ですね。罠の時みたいな魔術や呪いによる強制的な変化はその効果を解けば元に戻れますが、『進化の秘儀』は新しい肉体へと生まれ変わらせるため状態異常と言う判定にならないんですよね」
「ま、あきらめろシオン」
ボルが俺の肩をたたいた。
今まではドワーフ族なので俺よりもだいぶ背が低かったのに、今では俺より背が高くなってしまっている。俺が背がちょっと低くなってしまったのもあるんだが。
「しかし……これからどうするかな」
俺は首をひねった。
迷宮よりとりあえず戻ってくることはできた。
しかし今の俺たちは。
森の守護霊とも言うべき
上位の
伝説や神話で語られる
街に現れたら大騒ぎ間違いなしだ。
「私は森に戻るかなあ……」
「わしは人目につかないところで生きていくことになるの」
『私もそうだね。シオンはどうする?』
「ま、俺だけは上手く隠せば街で生活もできなくはないだろうけど……そこまでやるのもな」
『なら私と一緒に行こうよ。私もこんな状態で1人で生活するの正直大変そうすぎて気が狂いそうになるし』
セリカが嬉しそうに言う。
いや、普通に聞くと物凄い吠え声なんだが。
「なら、そうするか」
「いいんじゃないですか。2人は図らずも予定通りに、てことで……あ」
のんびり話をしていたリラが何かに気づいたように声をあげた。
「どうした?」
「いえ。挑んだ者は誰も戻って来なかった、というわりに迷宮内に死体もないし宝も残ってなかったのが不思議だったんですよね」
『そう言われてみたらそうだね』
「確かにそうじゃな」
確かにリラの言う通り、迷宮内はまるで攻略済かのように何もない状態だった。迷宮に挑んだ者が未帰還であるというなら途中で全滅したパーティの死体や未探索部分に宝が残っていても不思議ではないはずなのに、だ。
「これ、この迷宮って……既に大多数に攻略済だったんじゃないですか?」
「いや、でもこの迷宮に挑んだ者は誰も戻って……あ」
話していて俺も気づいた。
「つまり、この迷宮に挑んだ者が誰も戻って来ないってのは、迷宮内で力尽きて全滅したんじゃなくて……」
「はい。おそらく『迷宮を攻略した結果、普通に人間社会で暮らせない種族に生まれ変わったので姿を消した』のではないでしょうか……私たちみたいに」
リラの言う通りなら全滅したパーティの死体がないことも、宝が迷宮内に残っていなかったのも説明がつく。
『なるほどなあ』
「帰還者ゼロの迷宮の真実……というやつじゃな」
俺たちももう元の街には戻れない。
別の場所で目撃されたとしても元の俺たちとは認識されないだろう。
そしてこのままこの迷宮の未帰還者の1人として数えられるようになるのだろう。
「
「だけど、まあ……」
「まあ?」
「借金は返さなくてよくなったな」
『確かにそうだね!』
そのダンジョン、帰還者ゼロ 風葵 @xissmint
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