第4話

 戦闘が始まってからおおよそ10分後。

 バンダースナッチは黒い靄のようになり消滅していった。




「いやあ、バンダースナッチは強敵でしたね」

「……どういうことだよ」


 汚い乱杭歯を見せてリラが満足げに笑う。


 バンダースナッチは主にリラの拳による打撃により消滅していた。


 剣士である俺目線でもド素人がパンチしているだけなのに、身体能力だけで圧倒的なスピードとパワーになってしまうんだからトロールという魔物の恐ろしさがわかるというものだ。

 さすが生息地から「洞窟トンネルズの王」とまで呼ばれる種である。


 というか。

 実はこの迷宮をここまで突破できたのもリラのパワーのおかげだったりする。

 道中の湧いて出てくる魔物をその拳で吹っ飛ばしてくれてたからな。


「まあ、よいではないか。シオンが思っているよりは苦戦したぞ。わしなんぞ、バンダースナッチに斬り刻まれすぎて動く死体ゾンビから動く骸骨スケルトンになりそうじゃわい」


 そう言うボルの体は肉が刻まれ落ちて所々骨まで見えているような有様だ。

 盾を斬り飛ばされて、やむなく自分の体を盾にして俺をかばって守ってくれたからだ。


「……そう言われてもなあ……」


 俺たちパーティが壊滅する原因となった魔物との再戦。

 そのシチュエーションにいつになくテンションが上がっていたというのに。


 何かあっさり勝ってしまった。


 しかも。


「まあ、シオンはあんまり役には立ってませんでしたからね」

「とどめは刺したではないか。それでよしとせい」


 女の体になっただけで戦闘力の落ちていた俺はほとんど戦闘で活躍してなかった。

 しかもバンダースナッチは何か刃のある武器に強いのか、剣がほとんど通用しなかったし。斬りつけてもぬるっと滑る感じで斬れないのだ。


 最後の最後で思いっきり柄の部分で殴ったのが、たまたまいい所に当たって致命傷になっただけである。


 ぺちぺち。

 セリカ(ペンギン)が俺の足を羽で叩いている。

 「私はわかっているよ」とでも言いたげだ。


 ま、セリカも後ろでぴょんぴょんしてるだけで役に立ってなかったしな。

 とりあえずかわいいから抱きしめておこう。





 バンダースナッチを倒すと部屋が不自然に暗かったのが薄暗い程度にまで明るくなった。どうやら暗闇に閉ざすのもかの魔獣の特殊能力だったらしい。


 部屋の奥にはさらに扉があり、俺たちはその先へと進んでいた。


 そこはちょっとした広間になっていた。

 天井は星空を模したような柄になっている。

 石畳が十字に敷かれており、その中央部分は白いローブにフードを被った女性の像が建てられていた。


「なんでしょうね、これ」

「ふーむ。女神像にも見えるがあいにく知らない姿じゃな。あるいは神に仕えた聖女の像やもしれん」


 ボルが首をひねる。

 ひねったら乗せていただけの首が落ちそうになって慌てて手で支えた。


「……他には何もなさそうだな」


 女性像のある空間をぐるっと見回す。

 女性像以外には何も見当たらない。

 宝物や金銭的に価値のありそうなものもだし、何より出口すら見当たらない行き止まりだ。


「そうじゃなあ。普通なら迷宮から脱出する裏道や魔法装置とかがあるものじゃが」

「それもだが、宝もないとなるとまったく収入ゼロってことになる。それじゃ戻るよりも夜逃げする羽目になるぞ」


 ボルと俺で話していると急にリラがしゃがみこんだ。


「ちょっと待ってくださいね。ここに何か書いてあります」


 どうやら女性像の足元に銘板があったようだ。

 リラがそれに気づいたようだ。

 何か古代文字で書いてあるらしく、リラがぶつぶつと読み始めている。


「ふむふむ……こ、これは!?」


 読み進めていたリラが驚きの声をあげた。


「何じゃ?」

「何かわかったのか?」


 突然の大きな声に俺とボルが思わず反応する。

 が、リラはそんな俺たちには構わず嬉しそうに言葉を続けた。


「はい。これは凄いです! まさしく本物の『とんでもない宝』ですよ! 何せこれは『進化の秘儀』を行うための魔法装置ですからね」

「シンカ、ノ、ヒギ……?」

「なんじゃそれは……?」

「簡単に言うと『別の種族に生まれ変わる』秘術ですよ! しかも進化の名の通り今では伝説にしか残っていないような上位種や希少種に生まれ変わることもできるみたいです!」


 リラの説明によれば。


 「進化の秘儀」というのは記憶や人格はそのままに肉体をまったく別の種族に「生まれ変わらせる」魔法の儀式らしい。

 そしてこの像は祈りを捧げた者にその儀式を施す力があるそうだ。


「そいつは凄いな。この像を持って帰れば借金も返せそうだ」

「あ、それは無理です~」


 リラが首を振る。

 声は野太いトロールなのに口調はマイペースなエルフ女性の時のままなのが違和感の塊なのだが……それは今さら気にしてもしょうがないか。


「この部屋から動かせないようになってますね。今の私の怪力でも動きそうにないですし。あとこの部屋に魔力を供給する仕組みがあるようなので……あくまでこの部屋で作動させないといけないものですね」

「そうか……それは残念」


 一攫千金達成、かと思ったがそう上手い話はないようだ。


「ふむ……じゃがその『進化の秘儀』とやらを使えば少なくともわしらの今の種族を治すことはできるのではないか?」

「「あっ」」


 ボルの言葉に俺とリラの驚く声が重なった。


 確かに。

 生まれ変わって「種族が変わる」ならトロールになってしまったリラやアンデッドになってしまったボルを元に戻せるかもしれない。


 何より。


 ……ペンギンになったセリカを元に戻せるかも……。


 何かを察したようにセリカ(ペンギン)もぴょこぴょこ暴れている。


「そういうことなら使ってみようか」

「「おーっ!!」」


 リラとボル、2人の声が重なった。

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