第3話

「……どうしたものかな」

「そうですね。色々問題なのですが何より最大の問題は……ここまで何も見つかってないことです。財宝とか、アイテムとか、お金になりそうなものは何も」


 俺の呟きに巨大な体を縮こませて正座座りした状態のリラが答えた。


「そうじゃな。正直ここまで収入と言えそうなものはゼロ。この変異してしまった体の治療まで考えるならまったくもって赤字じゃ。戻っても奴隷どころか首をくくらないといかん羽目になるぞ」


 ボルもリラの言葉に頷く。


 ボルの言う通り、俺たちはこの迷宮の探索で見つけられていない。

 宝箱は幾つかあったが全て空っぽだった。魔物も倒したとしても死体は消えて何も残らない。

 ここに来るまでの準備のお金、今の状態を治療するのにかかるお金を考えたら借金が膨れ上がることになるだろう。


「そうなると、この扉の奥に行くしかない……な」


 迷宮の最奥には必ず「ボス」とも言うべき魔物が存在している。

 不自然に豪華な両開きの扉はそのボスの存在を強くアピールしていた。


「だが、この迷宮には『とんでもない宝』が安置されているはずなんだろ? それに最奥の主の魔物の部屋には迷宮から直接脱出する通路や仕掛けがあるものだしな。ここまで進んでも出口が見つからなかった以上、この迷宮から脱出するには『ボス』を倒して進むしかない」

「はあ……そこに出口も宝もある……わけですね」

「リラの言う通りじゃな」


 俺の言葉にリラとボルが頷く。


「じゃあ、行こうぜ」


 俺は立ち上がる。

 色々と疲労もダメージも重なっていたが、こうして休憩を取り、仲間たちと話をしていれば幾分か回復したし、何より希望とやる気が戻って来た気がする。


 持つべきものは頼れる仲間だ。


 だからこそ。


 このパーティをここで終わらせたくはない。

 終わらせるわけにはいかない。


 俺たち3人(+1匹。セリカもきっと同じ思いのはずだ)は、決意も新たに、扉を潜るのだった。






 「ボス」が待ち構えているであろう部屋。

 その中は薄暗く、ランタンの灯りが部屋の奥まで届かないほどだった。


「……気をつけろよ」


 ランタンを頭上に掲げつつ、後ろの仲間に声をかける。

 先頭が俺、その後ろに片手に盾を構えたボル、その後ろにセリカ(ペンギン)を抱えたリラ、という隊列だ。


 しかし、妙に暗い。


 ランタンを持つ手にじっとりと汗がにじむのが感じられる。

 不自然なまでの暗さは、俺たちが初めて挑んでいた迷宮の最奥階層に挑んだ時のことを思い出させるからだ。




 あの時も、不自然なまでの暗い通路で突然、不意打ちを受けて───




 暗闇の中に、金色の瞳が、光った。


「敵襲!!!」


 叫んでランタンを放り投げ、俺は剣を抜く。


 身体が震える。

 恐怖ではない。

 武者震いだ。そのはずだ。


 影の、闇の中から。

 まるで急に闇が固まって命を持ったかのように動き出す。



 全ての光を吸い込むような漆黒の獣。



 俺たちが迷宮内で全滅して死に戻りしてから。

 自分たちを即座に全滅させたものが何だったのか、みなで文献を漁って調べた。

 古い古い書物に記された「伝説の魔獣」の中に、ようやくそいつを見つけることができた。


 迷宮の闇に潜む、そいつの名は。



 【不確かな獣バンダースナッチ



息攻撃ブレスが来る! 散会しろ!!」


 俺の指示で仲間が動くより前に、バンダースナッチの口が開くと、黒い霧のような息攻撃ブレスが俺の背後へとばら撒かれる。

 バンダースナッチの息は「燻る息」と呼ばれる他に見ない攻撃だ。

 細かい煤のようなもので構成されるその息はその一粒一粒が火種であり、吸い込んだ者を焼き尽くす炎の息でもある。


 かつてはセリカ、ミリア、リラの3人が一瞬で焼き尽くされた。


 その同じ攻撃が、同じように。

 俺の背後へと向かう。


「ぐえええぁぁぁぁっ!!?」


 およそエルフの乙女が出してはいけないリラの悲鳴が響いた。

 いや、今はトロールなんだが。

 

「リラ!?」

「……げほっ。だ、大丈夫ですぅ……さすがトロール、タフネスはエルフとは比べ物になりませぇん……」


 咳き込むたびに口から火が出ていて全然大丈夫そうではないんだが。

 それでもリラは生きているらしい。

 目一杯、燻る息を吸い込んで体の中をめちゃくちゃに焼かれてるはずなんだが。

 さすがトロールと言ったところか。


「……あ゛、セリカさんも私がかばったから無事です゛……ごほっ」


 トロールの巨体が壁になったおかげでセリカ(ペンギン)は煤を吸わずに済んだようだ。リラも盾になるように動いてくれたようだし、セリカもぴょんぴょん跳んでリラの影に避難できていたようだ。


 ほっとした、のもつかの間。


「何を呆けておる、シオン!」


 盾を構えたボルが俺とバンダースナッチの間に割って入る。


 そうだ。

 こいつの爪は生半可な刃よりも鋭く。一撃で首を刈り取る力を持つ。

 あの時も後衛が全滅させられて動揺した隙をつかれて、ボルが首を斬り飛ばされたのだ。


 そして今回も。


 盾ごとばっさりと。

 ボルの首が斬り飛ばされた。


「ボル!!」


 思わず名を呼ぶ。


「慌てるでない、シオン」


 首を斬り飛ばされたはずのボルから普通に返事が返ってきた。


「不死の魔物の呪いがこんなところで役に立つとはな。おかげで首が飛んでもまだ生きてるらしい」

「マジか」


 何か首がないのにボルの体が半分になった盾を構えている。

 そんな状態でも動けるのか。


「ふははは、癒しの奇跡は使えんでも、今のわしはまさしく不死身じゃ。いくら斬られても死なんぞ! 防御は任せておけ!」

「わあ、頼もしい」


 ともかく。

 以前は為すすべなくやられた初手の攻防を切り抜けることはできた。


 ……偶然というか、自分たちの実力ではない気はするけど……。


 気にしないことにする。


「……よぉっしゃ!!」


 自分自身に気合を入れる意味も込めて、俺は大声を上げた。


「直接やられた相手とは違うが、同種の相手だ。ゴランとミリアの弔い合戦、やってやるぞ!」


 俺が剣を構える。


「おうっ!」


 ボルが首を拾ってきて答える。


「はいっ!」


 リラが拳を握りしめる。


 セリカもぴょんぴょん飛び跳ねていた。

 一応、本人的には戦いに参加しているつもりらしい。


「行くぜっ!」


 俺たちはバンダースナッチへと向かって行った。

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