第2話

 迷宮探索は最初は調子よく進んでいった。


 遭遇する魔物はたいして強くはなく。

 セリカがさっそく隠し部屋とその中にある豪華な宝箱を見つけた時はついている、と思ったものだ。


 それが罠だった。


 宝箱を開けようとしたところで毒ガスが噴き出て、それをまともに浴びたセリカが行動不能に陥る。


 俺はすぐさまリーダーとして迷宮からの脱出を選択し指示した。


 魔物との遭遇はいい。

 俺とボルがいれば戦闘はだいたい何とかなる。


 しかし、罠はそうはいかない。


 パーティの目とも言うべきセリカが働けなければ、罠や仕掛けの類は魔物以上に俺たちの脅威となってしまう。しかも、この隠し部屋と宝箱からして、この迷宮の罠は侵入者を「嫌らしく殺しにくる」タイプだ。


 俺の判断は間違っていなかった、と自分では思う。


 だが、無情にも。


 俺たちの来た道は既に壁が下りて来る仕掛けで封鎖されていたのだ。


 この状況。

 迷宮内で冒険者パーティが全滅する原因の最大の要因。


 「帰り道がわからなくなって彷徨う」


 まさにそのものだ。


 それでも一縷の望みにかけて、俺たちは迷宮内を進んでいく。


 進むしかなかった。


 だが、そこに希望はなく。

 俺たちは壊滅的なダメージを受けていくのだった。






「……大丈夫か?」


 周囲に危険な気配がないことを確認して俺は腰を下ろした。

 受けたダメージのおかげで体を動かすのもつらい。

 とりあえず休憩ができるだけでありがたい状況だった。


 出口を探してボロボロになりながら俺たちがたどり着いたのは巨大な両開きの豪華な扉だった。


 それはどう考えても迷宮の出口ではなく明らかにこの迷宮の最奥……そう、いわゆる迷宮のボスのいる場所だった。


「……これが大丈夫なわけないでしょう……」


 俺の呼びかけに最初に答えたのはリラ。

 その声はいつもの鈴が鳴るようなエルフ族の澄んだ女性の声ではない。

 獣の唸り声かというようなダミ声になっている。


 なぜなら、今のリラはエルフ族の女性ではなく。

 身長数メートルある緑色の肌をした巨人……トロールと呼ばれる魔物になってしまったからだ。


 道中、魔物の群れに追われ逃げ惑った俺たちは魔法陣の罠のある部屋に誘いこまれた。そこは魔法陣に足を踏み入れた者に【変異ポリモルフ】という肉体を別の生物に変化させる魔法をかける凶悪な罠の部屋であった。


 真っ先に足を踏み入れたでリラはその罠によりこんな姿になってしまったのだ。


「……わしも駄目じゃな。癒しの奇跡は期待できん、と思ってくれ」


 次に答えたのはボル。

 しかめ面をしており、その顔は青ざめている。

 右腕が肘から下が無くなってしまっていて、いつも使っていた戦斧は背負ったまま盾だけ構えている状態だ。


「やっぱりダメか」

「うむ。癒しの奇跡を使えば。無理すれば何度かは使えるかもしれんが……わし自身が浄化されてしまうな」


 動く死体の群れと遭遇した際に俺をかばったボルは呪いと毒を受けてしまった。

 その影響で体が動く死者アンデッドモンスターに変化してしまったのだ。


 青ざめた顔も別に気分が悪いとかではなく純粋に体に血が流れなくなったからだ。


 神の奇跡というのはこういうアンデッドモンスターとは相性が悪い。

 神々の聖なる力とアンデッドモンスターの不浄な命は正反対の物であり、互いに打ち消し合うものだからだ。

 なので、ボルが神の奇跡を行使したら他人の傷を癒すと同時に自分の体を浄化・消滅させてしまうのだ。実際、ボルの無くなった右腕は敵に斬り落とされたのではなく俺の受けた怪我を治そうと奇跡を使ったら反動で浄化されたからである。


「それとセリカは……」

「セリカは駄目ね」

「一応、生きとるんじゃろうが……」


 リラとボルが見る先には奇妙な生き物が1匹。

 体長は1メートルくらい。白と黒の体色をしており「二足歩行する鳥」と言った見た目をしている。ただ二本足で立っているだけでよちよち歩きしかできないし鳥のように見えるが羽をばたばたさせても別に飛べるわけではない。


 リラの話では遠い寒冷地に住むペンギンという鳥の一種だそうだ。


 これが今のセリカである。


 宝箱から噴き出たガスを吸った結果、こんな生物になってしまったのだ。

 罠としてはリラの引っかかった【変異ポリモルフ】の魔術の罠と同種か。

 一応、俺が抱えて連れて移動している。まともに歩けないし。

 もちろん言葉もしゃべれない。時々、羽をじたばたさせて騒いでいたが、後から考えると危険があるのを伝えようとしてくれていたのかもしれない。

 そう思うと、姿は変わってしまってもセリカとしての自我は残っているのだろう。


「それはそれとして。シオンだって大丈夫じゃないでしょ?」

「いや、俺のダメージはみんなに比べたらましだから……」


 そして、俺。


 罠に引っかかって落とし穴に落ちてしまったのだが。

 中はピンク色の液体で満たされていたのだ。

 俺はその中に放り込まれ、魔法液らしいものの影響をもろに受けることになってしまった。


 具体的には肉体の変化。

 髪が伸びて、背が少し縮み、胸と腰回りが大きくなった。


 その、あんまり言いたくはないんだが。



 俺の体は女になってしまっていた。



「油断はいかんぞ。体型が変わったせいで鎧は捨てざるをえんかったし、身体のバランスが急に変われば、動きには影響があるじゃろう。今のお主の戦闘力は以前よりも相当落ちとると見てよい」

「いや、あんまり言わないでくれ。それは自覚してるし、結構(精神に)ダメージは大きいんだ……」


 体型が変わったせいで愛用の板金鎧プレートアーマーは着れなくなったので捨てる羽目になってしまった。ついでに中のインナーも動きを阻害するほどきつくなってしまったので脱ぎ捨てて胸周りにサラシみたいに布を巻きつけてるような状態だ。


 筋力も落ちたようで、愛剣も振り回すには微妙に重すぎるように感じる。

 ボルの言う通りに俺自身の戦闘力は男の時だったより相当落ちているのだろう。


「……どうしたものかな」


 こうして壊滅的な(主に精神に)ダメージを受けた俺たちは。

 互いに顔を見合わせてため息をつくのだった。

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