プロローグ 第4話 「喪失」と「誕生」

 ……どれほど気を失っていたのだろうか……?

 身体の様々な痛みと不快感で目を覚ます。


 空気が薄いのか頭が痛い……それにシートに固定されていたとはいえ体中が千切れそうな痛みを感じる……。


 「ごほっ……」


 咳き込むとジャリっとした嫌な触感と鉄のような味がした。


 ぼやけた視界が少しずつ開けてくると照明が落ちた中、明るく光るコンソールが警告を繰り返し船内の状況を伝えているのが目に入った。


 頭がうまく動かないがあまり芳しくない状況なのはよくわかる……


 この操舵室も歪み、左半分が半壊していた。


 ひしゃげた装甲の間から、少しずつ空気が漏れていたが空気の供給管は生きており僕も辛うじて助かったようだ。


「ぐ……そうだ、マユキ、マユキは……?」


シートには……いない。


 僕はシートに固定されている4点式のシートベルトを外し、そのまま斜めになった操舵室の床に倒れこんだ。


 身体中を落下の衝撃で揺さぶられた僕は立ち上がることができず這いつくばいながら彼女の姿を必死に探した。


 操舵室の後方の暗がり

              点々とした血の痕


   見慣れた宇宙服



 「あ…」


  (真っ赤な)


 それは、麻袋に…乱暴に物を詰めたかのような、


           (真っ赤な)


 人間の身体…と言うには

それはあまりにも乱雑な…


 「ぁ…あぁ…」


 横たわる「それ」を彼女だと認識できない。


…しちゃいけない、僕のアタマがしてくれない… 


 それが一瞬だったか、数時間だったか…

 茫然自失、……「それ」から目を離すことはできないが

僕は何も考えられなかった。


   ビーーーッ!

 しかし一際大きな警告音で無理矢理意識が繋がれた。


 最悪な思考が頭をよぎり……このままなにもかもが終わってしまえばいい……。 

 そんな考えも頭を巡る。

 しかしこの状況は僕に止まることを許してはくれなかった。


 (馬鹿か、僕は!)


 目を見開き、千切れそうな身体に鞭を打ち必死に腕を動す。


 「マユキ……」


    大好きな、大好きな、彼女の元へ。


 「マ……ユキィ……」


 這いつくばりながら、少しずつ、少しずつ、彼女に近づく……


 ……

 「ぅ、ぁあ……」


 それは間違いなく「彼女」だった。

 さっきから胸にこみ上げてきた感情が脊髄を突き刺し喉から溢れ出す。


 顔はキレイなものだった。


 (さっきまで笑っていたんだ…)


 血にまみれてはいるが「それ」が彼女だとわかってしまう。


(昨日まであんなに幸せだったのに……!)


 何度も、何度も、なんども彼女の名前を呼ぶが…



 もう彼女は僕を見てはくれなかった。



(やっと… やっと……!)

 子供ができたのに?

 幸せになれたのに?

 それとも居住可能な星に住んで新しい生活に希望が持てたのに?

 

もう、そんなこと何も意味などありはしないのに……

 後悔と喪失感は止むことがなかった。

 「嘘だ…」


 激しい慟哭と嗚咽、あふれる涙で滲む視界…


 ……そんな中で僕は気付けなかった。


 その…「何か」が近づいてきていたことに。


 ぼうっ、とぼんやり赤く光る「ソレ」は僕の横を通り過ぎマユキの身体の前へとゆっくり漂っていく。


 目が慣れてくると赤い光の中に人の頭ほどの大きさの金属の胚のようなものが浮かんでいるのがわかる。


 泣き腫らした目でそれを見ているとやがて脳の皺のような表面のヒダが開き宇宙服から露出していたマユキの頭を包み込んでいった。


 「な、やめ……!」


 事態が飲み込め無かった僕はその「何か」と「彼女」の邂逅を易々と許してしまった。

 「ソレ」が彼女を飲み込む時、先程までのぼんやりした光とは打って変わり、瞬間、激しい光と衝撃がもう満足に動けない僕を弾き飛ばした。


 そのまま…

 その「何かよくわからないもの」に彼女が取り込まれていくのを満身創痍の僕は見ていることしかできなかった。


 まるで金属と人間が溶け込むように…


 露出していた頭を包み込み、徐々に宇宙服の下に潜り込んでいく。


 分厚い宇宙服の上からでもわかる損傷の酷い身体に、

なにかが蠢きながら少しずつ……

 人間として正しいプロポーションに修復されていく。


 やがてソレの彼女への侵食が終わり…


「…」


 その「何か」はゆっくりと体を起こし、色素が抜け落ち変わり果てた彼女のような「モノ」が冷たい瞳で僕を見つめていた。


「…マユキ…?」


 一瞬、よくわからない何かの介入があったにせよ彼女が蘇った…

なんて安直で淡い期待で僕は……。

 軽々しくその名前を呼んでしまった。


「…?」


 返って来ない返事…

 その沈黙が先程の淡く、そして甘い考えを否定した。


 やがてソレは立ち上がる。

  よろめきながら、辿々しく…


  トス……(ズズ)宇宙服の擦れる音


   トス……(ガチャ)それに混ざる金属音


    トス……(グチャ)冷たく、湿った足音で少しずつ




 彼女の顔をしたソレが一歩ずつ、一歩ずつ……

 まるで歩き方を確かめるように僕に近づいてきた。


 「ぁ…ぅ…」


 たどたどしく……

 まるで初めて声を上げたようにソレはこちらに何かを喋りかけてきた。


 聞き間違える訳がない……

 言葉にもなっていないそれは紛れもなく……

 

 彼女の声だった。


(あ、あぁ……!)


 コイツは…

 あろうことか、彼女の顔で……

 彼女の、声で……!


 弱弱しくも軽々しく、話しかけてきた彼女ではないソレに……、

僕は激しい憤りを憶えていた。


 さらにソレがおそるおそる…

という体で僕に手を伸ばしてきた瞬間、その左手を見て、

幸せの象徴だった指輪が重なった瞬間……

 僕の怒りは爆発し、叫んでいた。


 「マユキの声で喋るな!

  マユキの顔で見つめるな!

    マユキじゃない、お前なんかがッ!!」


 あらん限りの大声を…

 涙と、胸にこみ上げる悲しさ、寂しさ、そして怒りを込めて叫び、

伸ばされた手を払いのけた。


 あまりの僕の豹変ぶりに、か。

 払い除けた手の勢いになのか……。


 ソレはビクッ、と驚いたようだった。


 「うっ……」


 意識が急激に遠くなる。

 少しずつ抜けていった空気と最後の力を振り絞った罵声のせいで酸欠を起こしたのだ。


 (……くそ)


 様々な感情が渦を巻く中、僕は再び意識を失ってしまった。


  時刻は0時を回っていた。

   こうして僕たちのクリスマスの夜は過ぎていったのだった。


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Zenith ~神なき世界の雪下華~ ユキの @yuki-no-ikuy

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