プロローグ 第3話 「生きる」を繋ぐ
12月25日 朝
今日は地球で言うところのクリスマス。
祝福の鐘でもこのようなイベントの時はお祝いをしたりするが今回は居住惑星への着陸という一番のビッグイベントを遂行するため、すでにテラフォーミングの準備に膨大なリソースを割いており、気には止めていたものの彼らはこの日を祝うことはなかった。
……昨日はあまり眠れなかった。
僕たちの人生の尺度、という中にはあるものの、あまりに強い衝撃と多幸感、そして目指してきた居住可能惑星への着陸という緊張感で今朝は二人とも寝坊してしまった。
もともと朝は弱いので船内の自動調理で朝食を済ませてしまうことも多いのだが……
この自動調理と言うもの、調理はほぼ完璧ではあるがなにか味気ないのだ。
確かに、目玉焼き一つとっても好みに合わせてリクエスト通りに作ってくれる。
栄養工学に基づくメニューはバランスもよく、ウインナーやベーコンといったものも味付けは最適、焼き加減やボイルの時間なんかは完璧で非の打ち所がない。
でも僕は目玉焼きの端がちょっと焦げたところが好きだったり、
ベーコンとかに塩コショウをふるにしても少し偏って味が濃いところや薄いところがあった方が好みだったりする。
そんな風に感じる僕は料理人失格なのかもな……と、ふと思った。
「うーん、今日のお料理65点!」
と、彼女はごちそうさまをしたあとそう言い放つ。
「辛辣だねぇ…」
「ふっふっふ…」
と彼女は顔の前で人差し指をチッチッチ…と振って
「愛の入ってないご飯なんて味気ないものなのだよ、ソウイチロウくん?」
と、得意気な顔で僕に言うのだった。
(そうか、愛、か……それは機械には出せないよな、うん)
その一言で僕は人間が料理を作る意味を改めて見出だせた気がした。
これからも彼女に、子どもたちに……そして一緒に暮らすことになるであろう隣人たちにおいしい料理を作っていこう……!
そう改めて決意したのだった。
17時30分 祝福の鐘 操舵室
「祝福の鐘、観測済居住可能惑星着陸シークエンス30分前……現在特に異常なし。」
今のところは何も問題はない。
というより機械がほとんどのことをしてくれるので、僕たちのやることといえば確認、承認…
あってもなにかの微調整くらいのものなのだが……
「んー、居住可能って言っても人間がそのまま暮らしていける空気があるわけじゃないし金属なんとかって私達には毒になるのがあるんでしょ?」
そう彼女が訝し気にぼやく。
「あぁ、でも大型の敵性生物はいないし大気に関してはこの船のテラフォーミングの設備でなんとかなる。
重力は適正の範囲内、なにより水……海があるし少し寒いけど地表の温度も地球にそっくりだから選ばれたんだろうね」
大昔のテラフォーミングの計画だと距離が地球に近い火星とか言う重力の小さい星にわざと隕石をぶつけて自転を早め適正な重力にする……
なんて荒唐無稽な話もあったと言う。
それで人類はいくつか、住めそうな惑星をダメにしてきたのだからこのような条件の惑星は貴重なのだ。
「あー、そういえばどこかの別の船は移住しようとした惑星ででっかい怪獣みたいなのに襲われちゃって苦労してる、とかの話もあったもんね。
そういうのに比べれば全然マシかぁ……」
空気もあり水もある、植物も自生して環境も整っている、なんて移り住むには最適な惑星というのにも大きな罠がある、ということだろう。
いつの世も乱暴な先住民と新参者はうまくいかないものだ。
最も……突然現れて、自分たちに最適な環境に作り替えてしまう人類もまた、相当な無法モノではあるのだが……
「まぁ、それでも……テラフォーミングが終わって、この惑星に本格的に住めるようになるには何十年もかかかるけどね」
「みたいだねぇ。
んー、ってことはこの星に住めるようになる頃には私達おばあちゃんとかおじいちゃんになってるんだねぇ……」
はぁ、とため息を付きながら彼女が呟く。
「それでも僕達の子供……もしかしたら孫たちが大人になったときにはきっと住めるようになるよ。
僕はそのためにがんばる。がんばりたいんだ。」
僕はいつになく前向きになっていた。
使命感はもちろんある。
だがそれよりも新しくできた家族、そして愛するこの人のために。
「そっか……
うん、そうだね!」
彼女もスッキリした笑顔で大きく
その後も彼女は一人で
「うん、うん!」
と何度も頷いていた。
……
そしていよいよ、その時が訪れる。
操舵室の窓に隔壁が降り、大気圏への突入が始まった。
操舵室のコンソールパネルが切り替わり矢継ぎ早に情報が流れていく。
大気圏への突入はそれなりに衝撃があったがそれも数分、すぐに惑星の大気圏内に到達した。
やがて機体も安定してきたためか、テラフォーミングに関するスペシャルチームの覚醒が始まる、との表示がコンソールに表示された。
彼女との二人っきりの生活に終わりが訪れるんだな、と思うと少し寂しさがあったものの、承認のボタンを押す。
「着陸シークエンス、全て問題なし……。
後は大気成分の再チェック、っと」
この星の大気は重金属イオン粒子濃度がかなり濃い。
僕達の常識ではこんな環境で生息できる生物なんて聞いたことがない程である。
そのためか、窓の外の景色は深い紺色の海と暗く雷の鳴る空、鉄を多く含んでいそうな赤い大地ばかりが見える。
「おぉー、ちゃんと海があるんだね……すごい!」
そんな惑星の風景に彼女は物珍しそうに窓にへばりつき、ずっと外の景色に感激している。
こんな景色でも外の景色といえば、ずっと暗い宇宙空間しか見れなかった僕達には新鮮な光景だったからだ。
しばらく、テラフォーミングの拠点としてふさわしい地形を探して祝福の鐘はその惑星の空を航空していた。
…………
……船の計器は巻き上げられた塵としか認識していなかった。
もちろん僕達もその時は気づけなかった。
無数の「何か」が祝福の鐘の周りに集まりつつあることに。
……
祝福の鐘はその惑星を彷徨い、海に囲まれておりテラフォーミングの拠点として
最適な地形を発見して速度を落としていく。
(ふう、ようやく一息つけるな……)
そう思ったその時、船内にけたたましい警報のサイレンが鳴り響いた。
「うぇ!? なにこれ、なんかの攻撃!?」
先ほどまでのんきに景色を堪能していた彼女も慌てふためき、いつになく真剣な表情にを見せる。
僕も慌ててコンソールを確認すると吸気のラインからエンジンにかけて真っ赤に染まっていた。
「いや…エンジントラブル…か…?」
船前方のエアインテークに吸い込まれるように侵入した無数の「何か」はそのままエンジンへと到達、そして……
ピーッ!
無機的な機械音が鳴り響く。
「マズい!爆発する!マユキ!!」
「えっ?ソウちゃ…」
すぐに何かに捕まって!
そう言う間もなく船の後部から一際大きな爆発音が轟き、そのまま何度かの爆発、そして地表への激突の激しい衝撃で僕は気を失ってしまった…
……
………
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