プロローグ 第2話  クリスマス・イヴ

   自律型宇宙移民船「祝福の鐘」   

 それは増えすぎた人類が遥かなる宇宙に放った人類存続の矢。

 見つかるかもわからない希望の園を求めた箱舟。

 人類が存続するために作られた探査船であり移民船でもあるその船は人類にとっての祝福となりえるのか……。

 

 

 その船が地球を旅立って既に幾星霜。

 居住が可能、もしくはテラフォーミングをしたうえで居住が可能と判断される惑星を求め、その船は果てしない宇宙の海を航海していた。

 アニメやSF映画のようにワープなんてものを開発できなかった人類は、移民のための航海を何百、何千年と続けなければならなかった。

 そのために宇宙船の乗組員は数百~数千人いながらもコールドスリープから一度に目覚めるのは例外こそあれ、一組の家族やカップルだけ。

 航海しながら外部の太陽光、宇宙線、鉱物や宇宙塵などを取り込みながら動力や資源に変換して進むこの船は、完全に単独で自立した存在であった。

 船内には農場もあり、生活に関するそのほとんどをオートメーションで行えるこの船ではあるが活動する人数をいたずらに増やすことは限りのある空気や食料等の資源を無駄に消費するだけであり、もし何かしらの病気や騒動が船内で起こった時のことを考えると閉鎖的な環境であるこの状況では非常にリスキーでありナンセンスだったのである。


 中には孤独な船内での生活で破綻し何も成果の残せないまま逃げるように眠りについたグループもいたものの、大概の者たちは航行をしながら専門的な知識を身に着け、子を生し、次の者たちに後を引き継いでもらい、また眠りについた。

 その繰り返しによりこの船は生の円環を紡ぎつつ、永遠とも思える悠久の時を生きながらえてきた。

 

 そんな数ある生命の連環の中、ついにその閉ざされた営みに、目標としてきた

一つの惑星の発見により終焉が訪れようとしていた。


 この時、船の管理のために目覚めていた彼らは幸運だったであろう。


 ……間違いなく、人類の、そしてその星の歴史の転換点に立ち会えたのだから……




 船内 調理場



 「ソウちゃん〜?

 こっちの今日の授業終わったよ、そっちはどう?」


 画面越しに彼女は伸びをし、髪をかきあげながらそう話しかけてきた。

 ぱっちりした瞳、健康的なスタイルも印象的ないかにも快活そうな女性。

 艶のあるその栗色の髪の合間から薬指にある結婚指輪が目に入る。


 今、通信を入れてきた女性の名前はマユキ=ミナミ。。


 僕、ソウイチロウ=ミナミの妻である。


 目を覚まし船を管理している間、僕達はカリキュラムという教育を受けて居住できる惑星に着いたあとに役に立てるスペシャリストに育てられる。

 彼女は「医療」を、僕は彼女を喜ばせたい、と言う想いで「料理」を専攻していた。


 「こっちももう終わってるよ。

 ちょうど今日の晩御飯作ってたとこ。

 食堂で待ってて。」


 そう返すと……


 「やったー!

 自動で作ってくれる料理よりソウちゃんの作ってくれたご飯の方が何倍も美味しいもんね!」


と、彼女は目を輝かせて喜んでくれた。

 料理人冥利、そしてなにより旦那冥利に尽きる、というやつである。



 「あー食べた食べた!

 今日も美味しかったねー!」


 毎日ではあるが今日も彼女はとても喜んでくれた。


 「お粗末さま。

 今日もいっぱい食べてくれたね。」


 「うむ、余は満足じゃ!」


 ご機嫌になりこっちまで釣られるような笑顔を見せてくれる。

 お腹が一杯になったのだろう、彼女はお腹を擦りながら喋りだした。


 「ふー、いよいよ明日だね、例の惑星への着陸……!」


 そう、明日がこの船の目的…

 居住可能な惑星への到達予定日だ。


 まだ顔を合わせたことはないが何組かテラフォーミングに関する教育を受けた人たちが、

惑星への着陸後にコールドスリープから覚醒する。

 と、さっきインフォメーションに出ていたな、と思い返す。


 僕たちはそこらへんの知識はないから頼もしいな。


 「それでね……?」


 珍しく彼女は言いづらそうな…それでいて恥ずかしそうな表情でこちらを覗う。


 「どうしたの?なにかあった?」


 何かをためらう彼女を気遣って優しく聞いてみた。


 「さっきわかったんだけどね……?その、出来たの……」


 いつも明朗快活な彼女にしては歯切れが悪い。

 何か面白いものでも3Dプリンターで作ったんだろうか?

 彼女はたまに趣味でへんてこなものを作って驚かしてきたからなぁ、油断できない。

 でもそんなことならこんなにしおらしくはならないだろう。

 僕はまったく見当がつかなかった。

 

 「うん?」


 と、首を傾げると彼女は少しため息を吐きながら小声で「にぶい……」と罵ってきた気がした。

 む……、ちょっと納得いかないぞ。


 「あー……、ぅん、できたの!」


 「な、なにがさ……?」


 彼女の気迫に気圧されてつい間抜けな反応をしてしまう。


 「私と!貴方の!赤ちゃん!」


 「え……?」


 一瞬、頭がまっしろになるがその言葉の意味を理解した瞬間、僕はテーブルに手を付き勢いよく立ち上がっていた。


 「本当!?」


 「ホントだよ?」


 「や……」


 「や?」


 「やったぁぁあーー!!」


 僕は思わず叫んでしまっていた……バカみたいに両手をあげて。

 その喜び様と言ったらあまり感情を表に出すのが得意ではない僕の人生の中でも珍しいことだ。

 もしかしたら初めて、だろうか?

 ……あー、いや、彼女がプロポーズを受けてくれたときもおんなじように喜んだ気がする……な。


 「ふふ……」


 そんな僕を見て微笑みながら彼女は小走りで僕の前へ近寄って手を握った。


 「これから色々なことがあるんだろうけど……私とソウちゃん、そしてこの子と一緒に……頑張っていこうね!」


 後半、涙と嗚咽で少し聞き取れなかったがそんなことはもう関係なかった。

 僕も同じく顔をクシャクシャにして喜んでいたんだから。


 そのまま彼女を抱きしめてその夜は過ぎていった。


…………


……


 電子カレンダーに記された日付、12月24日。

 そう、クリスマスイヴ。

 

 それが彼らが幸せに過ごせた最後の夜だった……。

 


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