第12話 大迷宮【第二階層】

 先刻のオークたちがいた部屋からは真っ直ぐな廊下が伸びていた。

 キー・リンが探知呪文を使うが、特に罠は仕掛けられていないようであった。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイトが並んで歩けるほどの廊下は、しばらく行ったところで階段になっていた。

 それも下り階段である。

「どうやら第一層は終わりらしいが・・・」

 アイオリアが後続のみんなを見やる。

「まだ行けそうか?」

 首を横に振るものはいない。

「よし、行くか。」

 下り階段の先には大きめの広場が見え、さらにその先には両開きの扉も見えた。

「第二階層の門番、か。」

 オルディウスが呟く。

「そうだろうな。

 ここで待ち受けない方がおかしいだろう。」

 グインが賛同する。

 キー・リンが再び探知呪文を使うが、扉にも仕掛けはないようだ。

 だが、リョーマの方が反応した。

「やはり、中にいるぞ。

 おそらく気づいている。

 結構な数だ。」

 一行は手早く付与魔術を掛け終え、アイオリアの合図の下、オルディウスが扉を叩き開ける。

 一瞬遅れて、開幕の一撃とばかりにアミルの爆炎が室内を襲った。

 さらに続けてアイオリアが砕牙獅子吼を室内に向けて放つ。

 だが、期待に反して、室内にいた者たちは思ったほど怯まなかった。

 アイオリアの闘気を受けて後退る者は居たが、吹き飛ばされる者はいない。

 オーク5、ホブゴブリン3、ゴブリン8。

 部屋の広さを幸いとばかりにアイオリア、オルディウス、ヴレンハイト、ゲバ、アミル、グインが斬り込んだ。

 めいめいに相手を見つけ、刃を交える。

 一太刀で倒される者はいなかった。

 明らかに第一層の亜人たちとは練度が違う。

 装備も数段良いもののように見えた。

「後列、魔法使いがいる!」

 リョーマがとっさに叫んだ。

 体格でオークらに劣るゴブリンのうち、3匹が呪文を唱え始めたのだ。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイトに魔法弾が飛ぶ。

「(ぐっ・・・・!)」

 事前に掛けていた魔法抵抗のための呪文が功を奏して、ゴブリンたちの魔法弾の威力は格段に抑えられていた。

 とはいえ、侮るわけにはいかない。

 後列の他のゴブリンは投げナイフを使っていた。

 それも、おそらく毒が塗ってある。

 アイオリアが盾を使って射線に割り込み、その投擲を防ぐ。

 ディオノスも盾を使って防ぐが、小型盾なので、他者を守るには至らない。

 アーサーとフィレーナが即興で風の防護を掛ける。

 大気が意思を持って投げナイフを絡め取った。

 一体、また一体とオーク、ホブゴブリンが斃されていく。

 前衛が斃されると、後衛にいたゴブリンが抜剣してその穴を埋める。

 その動きは俊敏で、的確だった。

 それでも数分に及ぶ戦いのあと、<獅子隊>は亜人たちの警備隊を全員倒すことに成功した。

 とはいえ、鎧をまとっていないキー・リンをはじめ、グイン、リョーマ、ディオノスは投げナイフが掠っていたので、グインが取り急ぎ解毒の祝福を掛ける。

「段違いとはこのことか。」

 アイオリアが呟く。

 第一階層の巡察隊とは練度が比べ物にならないほど高いのだ。

 ここに至るまでの戦いの経験が少しでも抜け落ちていれば、<獅子隊>の苦戦はもっと顕著だったかも知れない。

「一旦退いたほうがいいな。

 余力が無くなってからでは手遅れかもしれん。」

 ヴレンハイトがアイオリアに向かって言った。

 アイオリアもそれに頷いて返す。

「キー・リン殿の負担のこともある。

 一旦出直そう。」

「そうですね。

 私ももう少し色々準備したほうが良さそうです。」

 戦闘慣れしていないキー・リンに若干疲労の色が見える。

 幸い、帰り道は自動装填された罠以外に障害となるものはなく、一行は迷宮を無事出ることができた。


「塔」で一時休息を得て、一行は一旦タイジェルまで退くことにした。

 迷宮第一階層の踏破報酬に加え、巡察隊の質の良い武器なども持ち帰っていたため換金の要があったのである。

 キー・リンは魔術師ギルドに掛け合い、魔力をストックする水晶などの魔法道具を幾つも借り受けた。

 アーサーとフィレーナは小型の盾を買い、後衛戦闘に備えた。

 グインは中型の盾を買い、これまた上級神官戦士にしこたましごかれることとなった。中型の盾にもなると、効果的に扱うには、一朝一夕で使えるものではなくなってくるからだ。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイト、ゲバ、ディオノスは模擬戦に勤しんだ。

 模擬戦と言っても、武器は現物を使用している。

 一歩間違えれば、互いに大怪我(で済めばよいが)しかねない状況に身をおいて、鍛え続けた。

 他の冒険者パーティとの模擬戦をこなしたりもした。

 タイジェルを根拠地にする冒険者パーティは幾つもあるが、そのどれもが<獅子隊>の面々には敵わなかった。

 それでも、件の迷宮を踏破するには足りると言えないかも知れない。

 <獅子隊>の誰もがそう思い、めいめいに腕を磨いた。

 1か月ほどの休養と修練を終えた一行は、三度迷宮に挑むことにした。

 今回は<鉄牙>という冒険者パーティとの共同作戦ということになった。

 冒険者ギルドも、<獅子隊>の第二階層踏破の援護に乗り出した形だ。

 <鉄牙>の役目は第一階層の前衛戦闘である。

 要は露払い、だ。

 <獅子隊>は第一階層において戦力を温存し、全能力を第二階層の踏破に傾注することになる。

「塔」において、<鉄牙>と綿密なブリーフィングを行い、罠の配置、巡察隊のおおよその構成、強さなどの情報をみっちりと叩き込む。

 <鉄牙>は6人パーティで、<獅子隊>に人数、力量には劣るものの、バランスの取れた中堅クラスの冒険者として相応に成功している。

 露払い、と言っても、アイオリア、オルディウス、ヴレンハイトは戦闘に参加する予定であるので、<鉄牙>としても特に異論はないらしい。

 模擬戦で手合わせしたのもあって、<鉄牙>のメンバーとしてはどうやら<獅子隊>への憧れがあるように思われた。

 これならば仲間割れの心配はないだろう。

 一行は、迷宮第一階層へ踏み込んだ。

 事前のブリーフィング通り、大量に設置された自動装填型の罠を避け、数度、亜人やモンスターの巡察隊と戦闘を重ねた。

 巡察隊が補充されていることから迷宮のどこかに亜人やモンスターたちが待機する部屋があるものと思われたが、第一階層を回ってみた現時点では見つけるに至っていない。

 これは、後背を脅かされる、という危険があることを示す。

 <鉄牙>も長期戦に備えた食料や薬品などを、魔法道具のリュックを使い大量に持ち込んでいる。

 第一階層最終地点をキャンプ地に見立て、そこで<獅子隊>の帰参を待ちながら、補充された敵を排除するのが目的なのだ。

 大過無く第一階層最終地点まできた一行は<鉄牙>と分かれて、階段を下る。

 だが、今度は、亜人の側から打って出て来た!

 瞬時に前衛同士が入り組み、アミルの爆炎が使えなくなる。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイト、アミル、ゲバ、ディオノス、グインが敵前衛と剣を交わす。

 キー・リン、リョーマ、アーサー、フィレーナは、敵後衛を牽制しつつ、魔法使いを最優先で狙う。

 第二階層はその最初の部屋から激戦となった。

 開幕初弾を許さないところから見て、おそらく戦術情報が巡察隊の中で共有されているのだろう。

 敵前衛のオークとホブゴブリンを半数倒したところで、部屋の奥の扉が開く。

 雄叫びを上げてオーガ3体が現れたのだ。

 体高3mを有に超える体躯はオルディウスにとってすら巨体である。

 鉄棒を握り、縦横に振り回す。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイトは巧みにそれを躱し、隙をついて小刻みに攻撃を入れ続ける。

 残ったホブゴブリンとオークはゲバ、グイン、アミルが抑え込む。

 オーガは、知性に劣り戦況判断力はあまりないが、その分戦闘意欲が旺盛な上、人間を食料と見做している。

 さらに痛覚も鈍いらしく戦意が衰えるところを知らない強敵だった。

 今回のように統率が取れ、しかも装備が充実していると尚更である。

 それでもアイオリアら前衛3人の奮戦と後衛からの援護により、オーガ、オークとも1匹、また1匹と倒れていく。

 ゴブリンたちは、前衛が倒れ尽くすと、さすがに後退を始めた。

「追うな!」

 アイオリアが直感に従って叫ぶ。

 そう、第二階層は、まだこの部屋しか分かっていないのだ。

 深追いは禁物であった。

 思わぬ亜人たちの奮戦ぶりに、グインやゲバたちの息が上がっていた。

「息を落ち着けろ。

 後続が押し出してくるかも知れん。」

 アイオリアが油断なく告げる。

 幸いなことに一行が休息している間に、巡察隊が襲ってくることはなかった。

 だが、先程のゴブリンたちが撤退している以上、どこかで必ず待ち伏せているはずだ。

 それも十分な戦力を揃えて。

 巡察隊と激戦を交えた部屋の奥には開け放たれた扉がある。

 先程オーガが踊り込んできたときに開けっ放しになっていたのだ。

 扉の奥は通路らしいが、暗がりでよく見えない。

 キー・リンが罠探知の呪文を唱えるのが聞こえた。

「罠は無いようです。」

 ならばやはり待ち伏せであろう。

 キー・リンが廊下の奥に向けて「光よ」の呪文を飛ばす。

 鋭い風切り音がして何かが飛んでくるのが聞こえた。

「ぬ!」

 アイオリアがとっさに盾を構え、キー・リンの前に出る。

 だが、一瞬遅かった。

 キー・リンの肩にクロスボウの矢が深々と刺さっていた。

 亜人たちは暗がりでも物が見えるということを思い出すには遅かった。

 クロスボウならば速射は効かないはずだ。

 だが、キー・リンの負傷を放っておくことはできない。

 グインが、キー・リンの肩から矢を引き抜き、治癒の祈りを込める。

 次いで、解毒の祈りも捧げると、キー・リンは体を起こした。

「大丈夫です。

 ありがとうございます。」

「すまん、俺がカバーするのが遅かった。」

「いえ、私が不用心すぎたのです。」

「責任論をしている暇はないぞ。

 再装填が終わったら厄介なことになる。」

 キー・リンとアイオリアの会話にオルディウスが割り込んだ。

 クロスボウの張力からくる矢の威力は凄まじく、金属鎧すら貫徹し、風の矢避けもほとんど効果が見込めない。

 その代わり、装填が機械式(歯車式)や足踏み式(先端を足で踏んで、両手で弦を引く)のため、再装填に時間がかかるという特性がある。

 それが通路の奥で待ち構えているのは明白な脅威だった。

 フィレーナが大気の障壁魔法を前衛3人にかける。

 矢避けの魔法の強化版で、圧縮した空気が物理的作用を和らげる仕組みだ。

 グインとリョーマも守りの祈祷と呪文を掛ける。

 これで、被弾しても多少は損害が軽くなるはずである。

 アイオリアは盾を掲げ、イリアス兄弟は大剣を盾に見立てて半身に構えた。

「行くぞ!」

 アイオリアの号令一下、前衛三人が駆け出す。

 すぐに矢は飛んできた。

 それに砕牙獅子吼をぶつけ、フィレーナの掛けた大気障壁と合わせておおむね矢を無効化することに成功する。

 太矢が盾や大剣に弾かれて乾いた音を立てた。

 第一射を無力化した3人は、亜人たちが待つであろう部屋に斬り込んだ。

 そこにはオークが戦列を成し、長槍で槍衾を作っていた。

 その後ろで、クロスボウを再装填しているホブゴブリンの姿が見える。

 アミルの火炎弾、アーサーの電撃、フィレーナの鎌鼬が敵の後列を襲う。

 敵前衛の槍衾を切り払いながら、アイオリアら3人はオークの戦列に挑みかかった。

 だが、パイクの槍衾は、頑強にアイオリアらに抵抗した。

 この3人の突撃を跳ね返すのだから手強いことこの上ない。

 それでも砕牙獅子吼を織り交ぜたアイオリアの攻撃やイリアス兄弟の大剣により、柄から砕かれていった。

 しかし、前列のオークたちが抜剣してからもさほど楽になるわけでもなかった。

 槍衾を切り崩して以降は、グイン、ゲバが前列に加わったが、人数で劣る<獅子隊>前列はかなり手練れのオークの奮戦に阻まれた。

 明確に攻勢に出られたのは、敵後衛が片付いてからである。

 アミル、フィレーナ、リョーマ、ディオノス、アーサーの攻撃魔法に晒されたオーク前衛隊はさすがに形勢不利となり、アイオリアら前衛の奮戦もあって、一気に瓦解した。

 <獅子隊>はここでも休息と態勢立て直しをする必要があった。

 クロスボウの矢がオルディウス、ヴレンハイトに数度命中、フィレーナ、アーサー、リョーマがわずかな損傷を受けていた。

 グインが治癒の祈りを捧げ、負傷者を回復させる。

「さすがにこの規模の部隊が複数いるのは勘弁してほしいところだな。」

 ヴレンハイトが呟く。

 一行の誰もが同じ気持ちだった。

 一行は手当と休息を終え、再び進み始める。

 キー・リンが<千里眼>を用いて、通路奥を偵察する。

 戦闘で魔力を消費しない分、探索に回す余力があるのだ。

「罠はありません。

 前方で2方向に通路が分かれています。」

 キー・リンが偵察結果を口にする。

「グイン、なにか感じるか?」

 第一階層のことを思い出してアイオリアが声を掛ける。

「いや、不死者も死人返りもいないようだ。」

 グインが答える。

「両方ともしばらく行ったら扉に突き当たります。

 扉は両方とも閉まっていますね。」

 キー・リンが続ける。

「さて、どちらから行くか・・・。」

 オルディウスが顎を撫でながら思考する。

「右だ。

 迷宮は迷ったら一方向へ行くものだとの警句がある。」

 アイオリアが即断する。

「良いぞ。」

 ゲバが賛同の意を示す。

 一行の誰も反論はしなかった。

 T字路を右折し、次の部屋の前に立つ。

 扉は両開きでかなり大きい。

 オルディウスの身長よりもかなり高い。

「なんだろう。

 敵意・・・っぽいのを感じるね。」

 アーサーがぽつりとこぼす。

「数はわかるか?」

 アイオリアが問う。

「うーん、そんなに多くはない、と思う。

 5体前後、かな?」

「扉はどうなってる?」

 オルディウスが問う。

「罠と言うより機械式の錠前ですね。

 <千里眼>で向こうが見えるかも知れません。

 やってみます。」

 キー・リンが探知魔法の準備に入る。

 少しして。

「あれは・・・ワイアームですかね・・・。

 確かに5匹います。」

「ワイアーム?」

 アイオリアが聞き返す。

「ドラゴンの幼生とも言われる亜龍種です。

 翼を持ったヘビみたいなもので、毒の牙があるはずです。

 炎は吹くとも吹かないとも言われています。」

 キー・リンが続けた。

「部屋の中は相当広いです。

 おそらく飛行したワイアームと戦闘になるでしょう。」

「巣、なのかもな。」

 ヴレンハイトが継ぐ。

 そしてフィレーナの方を見やる。

「竜巻で飛行不能にできるか?」

 フィレーナが答える。

「やってみましょう。」

 即座にフィレーナが精霊力を練り始める。

 一行の周りにやや強い風が巻き始めた。

「グインは解毒のために温存を。

 アミル殿は火炎に備えてもらいたい。」

 アイオリアが各人の役割を確認し、指示する。

 入念な突撃準備が整った。

「行くぞ。」

 ゲバが機械錠を解除し、アイオリアとオルディウスが扉を開けて室内に慎重に入った。

 果たして、室内にはワイアームが5体、岩壁の出っ張りで羽を休めていた。

 侵入者に気づき、いっせいに羽ばたき出す。

 翼長5mはあろうかというワイアームが(狭苦しそうだが)飛ぶくらいの空間はある。

 室内は一辺が50mは超えているであろう。

 フィレーナの竜巻が室内中央に発生する。

 ワイアームは竜巻に巻き込まれ、天井にぶつかったり、翼の一部が敗れたり、はたまた竜巻から放り出されて壁面に強かに打ち付けられたりした。

 落ちてきたワイアームに対し、アイオリアらが切りかかる。

 2匹は、地に落ちたところを前衛の三人によりすぐさまとどめを刺された。

 だが残り3匹は余り竜巻の影響を受けなかったようで、なんとかまだ飛行している。

 そこに、ゲバのクロスボウ、アーサーの電撃、アミルの火炎弾、リョーマとディオノスの魔力弾が次々と命中する。

 ものの1分程度でワイアーム5体は仕留められた。

 フィレーナの息がやや上がっている。

 無理もない。

 風の精霊は本来洞窟の中は支配領域ではない。

 例の護符のお陰で力を引き出したとは言え、竜巻というかなり消耗する術を使ったのだから。

 キー・リンが倒されたワイアームの死体を見分しながら言う。

「魔力反応がありますね。

 たぶん、龍宝玉(カーバンクル)が額に埋まっているはずです。

 持って帰ればそれなりの報酬になるでしょう。」

「魔術師ギルドとしては欲しいものかい?」

 リョーマが口を挟む。

「そうですね、実験材料としては貴重品ですから、結構な値になると思います。」

 キー・リンが心なしか上機嫌に見えた。

 一行はフィレーナの回復を待つ間、龍宝玉を取り出し、戦利品に加えた。

「以前に冒険者が来た形跡があるな。」

 オルディウスが部屋の中を見渡して言う。

 武装した人骨と思しきものが数体転がっているからだ。

「おーい、こっちだ。」

 唐突にディオノスが一行を呼ぶ。

 部屋の隅、瓦礫と木片から作られた『巣』と思しき中に、金銀財宝があるのを見つけたのだ。

「ワイアームが龍族ってのは本当かもしれんな。」

 リョーマが感心したように言う。

「少し失敬していくか。」

 ディオノスが言う。

 今のままでは、迷宮踏破報酬以外、特に得るものもないからだ。

 第二階層まで冒険者が入っていたとは聞いたことがなかった。

 とすれば、相当昔の冒険者なのであろう。

 冒険者間では、遺品探しが目的の依頼でない限り、こういった財貨は重要な収入源だ。

 グインが亡くなったであろう冒険者に短く祈りを捧げる。

 休憩を終え、次の行動に移る前にオルディウスが一つの事柄に気づいた。

「亜人の遺骸がないな。

 飼いならされていたので無ければ、この先の部屋には亜人は住めないはずだ。」

「ふむ。」

 ヴレンハイトが頷く。

 部屋の奥には扉がなく、直接通路につながっているようだった。

 亜人の部隊がもしいるとすれば、ここでの戦闘に気づいて準備されているだろう。

 だが、その可能性は如何ほどのものか。

「念には念を入れて、ですかね。」

 そう言って、キー・リンは罠探知の魔法と<千里眼>を使う。

「この先は…さらに緩やかに右に曲がっています。

 罠はないようですが…これは…地底湖?」

 キー・リンの声のトーンが落ちる。

「崖の上にワイアームが巣を作っていますね。

 数は4匹まで見えます。」

「なるほど、水場か。」

 アイオリアが唸る。

 地底湖は広すぎて向こう岸は<千里眼>で届かないらしい。

「後背を脅かされないなら放っておくのも手か…?」

 グインが消極策を口にする。

 怖気づいている訳はない。

 単純に進行する損耗度と天秤にかけているのだ。

 それを聞いていたキー・リンが、自分の背嚢をガサゴソと漁り始め、ほどなく指の先ほどの水晶を一つ取り出した。

「魔力蓄積の水晶です。

 原理はわかりませんが、神使の方の消耗にも効くようですので。」

 そう言って、グインに向かって使い方を説明し始めた。

 一通り説明を聞き終わったグインは、水晶を手に取ると、手の中の水晶に意識を集中した。

 すーっと頭の中が軽くなり、癒やしの祈祷を受けたときのような穏やかな感覚に満たされる。

「ほぅ…これはすごいな。」

 グインが感嘆の呟きを漏らす。

「これで少しはグイン殿の負担も減らせるでしょう。

 まだ幾つか魔術師ギルドから譲り受けてもらっていますしね。」

 キー・リンの「準備」とはこのことだったのだろう。

「さて、全員の回復の目処も立ったところで、このワイアームをどうするか、だな。」

 アイオリアが本題を口にする。

「龍宝玉が得られるなら討つのも手だな。

 巣の中に財貨もあるだろう。」

 オルディウスが答える。

「フィレーナ、もう一度竜巻は使えるか?」

「ええ、大丈夫よ。」

 ヴレンハイトの気遣いに、気丈に答えるフィレーナ。

 確かに、今は息も落ち着いて回復しているようだ。

「ならばやるか。」

 リョーマも賛同し、ディオノスも頷いた。

「よし、行くぞ。

 ゲバ爺はクロスボウの準備をしてくれ。」

 アイオリアが決断を下す。

「心得た。」

 ゲバが足踏み式クロスボウの弦を掴み、力いっぱい引き上げた。

 準備を整えた一行は、油断なく通路を進み、やがて地底湖のほとりに出た。

 人の手の入っていないむき出しの岩棚の上に陣取っていたワイアームのうち、1匹が<獅子隊>に気づいた。

 シャーッっと威嚇音を出し、一斉に飛び回り始める。

 フィレーナはまだ竜巻を出さない。

 ワイアームは獲物の品定めが終わったのか、4匹が一斉にパーティに襲いかかろうとした。

 その鼻っ面にフィレーナの召喚した竜巻が巻き上がる。

 暴虐の力を秘めたその暴風に、翼をメリメリと引き裂かれ、そして四方に弾き出された。

 前回よりも竜巻直撃の被害は大きかったと見え、全部のワイアームが、ジタバタと地面や水面でのたうつ羽目になった。

 一行は、1匹ずつ的確に止めを刺していく。

「フィレーナ、お手柄だったな。

 少し休め。」

 オルディウスが声を掛ける。

 フィレーナはやはり息が上がっていた。

 やはり地底での竜巻召喚は結構な負荷を彼女に与えているようであった。

 キー・リンが背嚢からまたも水晶を取り出す。

「よかったら使ってください。」

 だが、フィレーナはそれを受け取らなかった。

「大丈夫です。ありがとうございます。」

 その代わり、息を整えるわずかの時間で彼女の精霊力がみるみる回復していく。

 例の護符を通じて、風の精霊力を回復しているようであった。

「すごいねぇ。」

 アーサーが感心して言う。

 その間に、アイオリアたちはワイアームの死体から龍宝玉を取り出していた。

 さらにリョーマが巣の中を<千里眼>で偵察する。

「卵があるぞ。」

 ワイアームの卵であろう。

 巣である以上、あって然るべきであった。

 他に障害がないことを確認した後、比較的軽装なディオノスが巣から一つの卵を持って下りてきた。

 人の頭ほどの大きさのそれを見ながら、キー・リンが思考する。

「うーん、魔法薬の材料になると文献で読んだことはありますが…

 持ち帰るのは難儀ですね。」

 そう、魔法の背嚢は、収納量を増やすことはできても、内部の衝撃を和らげる能力は持っていないのだ。

 必然、持ち帰れるのは頑丈な品だけ、ということになる。

「孵化してから成長するまでに数百年から千年かかると言われてますから、現状では放っておいても脅威はないと思います。」

「なるほど。

 ならば財宝だけ回収するか。」

 アイオリアが相槌を打つ。

「ん・・・風が流れてるね。」

 アーサーがふと気づいたように言う。

「ええ、確かに。」

 フィレーナも気づいたようだ。

 二人がしばらく周囲を見、その視線が行き着いたのは天井だった。

 かなり高い(200m以上はありそうな)ところに、陽の光が差し込んでいるように見えた。

「ふむ…ワイアームはここから外界に出入りしていたのかもしれませんね。」

 キー・リンも天井の亀裂を見上げながら言う。

「この先は行き止まりのようだな。」

 リョーマが千里眼を用いて偵察した結果を告げる。

「外に出ているワイアームもいるかもしれん。

 これ以上、この場に長居は無用だろう。」

 グインが冷静に状況を判断する。

 それに異を唱えるものは居なかった。

 一行は負傷の有無と簡易な武装点検を行った後、すぐにワイアームの巣を後にした。

 来た道を戻り、もう一つの道を油断なく進む。

 すぐに扉に突き当たる。

 両開きの扉があることから、この先の部屋は大きいと考えられた。

 敵意感知、罠探知の呪文を行使する。

「…気をつけてください、部屋の中に罠の気配があります。

 しかも『大きい』。」

 キー・リンが声を潜めて言う。

「敵意は無いな。

 亜人はいないだろう。

 ゴーレムの類も無さそうだ。」

 リョーマが続けて告げた。

「部屋の上に反応がありますね…これは何でしょう…?」

 キー・リンが怪訝な顔をする。

「…。

 そうか、吊り天井かもしれんな。」

 第1階層のことを思い出し、ヴレンハイトがつぶやく。

「駆け抜けることになりそうだ。

 この部屋の向こう側はどうだ?」

「扉が塞いでいるせいで向こうが見えんが、敵意は近くにない。」

 リョーマが探知結果を述べた。

「踏み板式の可能性が高いが、それがどこかは分かるか?」

 オルディウスがキー・リンの方を向いて尋ねる。

「おそらく部屋の中心部に横一列に反応があります。

 これが起動用の踏み板でしょう。」

「飛び越せればいいがな。」

「1m半くらいあるでしょう。

 私では飛び越せません。」

 キー・リンは本の虫であった故、運動能力は決して高くはないのだ。

 ゲバもその体格から考えて、跳躍が得意な分野ではないのは明らかだ。

「・・・・・・放り投げるか」

 ヴレンハイトがぼつり、と言う。

「え?」

「兄者が放り投げて俺が受け止める。

 それで何とかならんかな?」

「ふむ。」

 普段から50kg以上の大剣を振り回している二人ならではの会話であった。

 方針が固まると一行は室内に慎重に入った。

 踏み板の場所と思しき場所を丹念に調べる。

「ここからですね。」

 キー・リンが言う。

「ここからできる限り遠く飛べば良いわけだな。」

 アイオリアが続ける。

「私も微力ながらお手伝いします。」

 フィレーナが涼やかな声で言う。

 風の精霊力を使って飛距離を伸ばそうというのだ。

 至極妥当な判断と言えた。

 ほどなく、一行は無事踏み板を渡り終え扉へ向かった。

 その瞬間。

 ガコン、と音がして天井が落ちてきた!

「走れ!」

 オルディウスとヴレンハイトがとっさに天井を受け止めたが、如何ともし難い重量だった(当然ではある)。

 だが、この一瞬のおかげで他の8人は扉を抜けて出ることができた。

 オルディウスとヴレンハイトは目配せで合図して同時に天井を離し、通路に転がり込む。

 ぜぇぜぇと二人は肩で息をしていたが無理もない。

 むしろ受け止めて潰れなかった膂力の凄まじさに驚嘆すべきだろう。

「二段構えかよ…。」

 息を荒げたままオルディウスが毒づく。

 第一階層にも吊り天井はあったが、ここまで手は込んでいなかったのだ。

「申し訳ない、私の感知不足です…。」

 キー・リンが心底申し訳無さそうに言う。

 それにオルディウスは手を振ってみせた。

「ああ、責めてるわけじゃない。

 第一階層と同じと思った俺が甘かった。」

 その時、ギリギリと金属の音がして、天井が上がっていくのが見えた。

 ゲバが通路の壁で何かをいじっている。

「これが解除装置じゃな。

 帰るとき止めておけるじゃろう。」

「ありがたい。」

 アイオリアは素直に礼を言った。

「こっちから操作ができるということは、この先も間違いなく部隊がいるな。」

 グインが言う。

「そりゃぁな。

 この先まだまだ続くだろう。」

 リョーマが続ける。

 全員の顔が引き締まった。


 少し時間を飛ばそう。


 この後も、迷宮の巡視隊と<獅子隊>の間で幾度も激しい戦闘が起きた。

 罠もより巧妙になり、一行の行く手を阻む。

 それでも<獅子隊>はそれらを一つ一つ乗り越え、迷宮の奥へと進んだ。

 そして遂に第三階層への階段へと到達した。

「さて…どうするか。」

 アイオリアは思案した。

 罠は可能な限り破壊してきたが、時間を与えれば修繕される可能性がある。

 時間は敵に利するのだ。

 だが、これ以上無理を押して進むのも問題であった。

「もう1パーティくらい味方につけて退路を維持しないとキツイだろうな。」

 リョーマが私見を述べる。

 グインやディオノスも首肯した。

「よし、今回はここで引き返す。

 帰り道も気をつけろ。」

 アイオリアが言う。

 一同はうなずいた。

 永遠の攻撃に衝力無し、である。


 一行は第一階層に戻り<鉄牙>のメンバーと合流した。

 <鉄牙>も2度ほど戦闘したが負傷者だけで済み、その傷も治療済みであった。

 <鉄牙>が遭遇した後詰めの出現とキー・リンによる丹念な探知の結果、第一階層において、未発見であった隠し扉を見つけることができた。

 増援はそこから来ていると考えた一行は、後顧の憂いを絶つためにその中に入った。

 待機室となっていた部屋で大人数の入り乱れる戦闘を制し、これも隠されていた第二階層への階段を発見するに至った。

「ふむ、今度からここを前進基地にした方がいいかもしれんな。」

 オルディウスが言った。

「そうだな、本道の階段からは我々が下って、こっちを押さえてもらっておいた方が後腐れがなくて良いだろう。」

 ヴレンハイトが続ける。

 <鉄牙>のリーダー、カイルと言う戦士が少し困惑した顔になる。

「しかし、あの戦力で毎回来られたら、おれたちでは少し荷が重いかも…。」

 無理もない話であった。

 第二階層の手練れが穴埋めとして上がってくるのであるから、並のパーティでは戦力不足になりかねない。

「そこは冒険者ギルドに掛け合ってみる。

 最低限もう1パーティいないと俺達もツラい。」

 アイオリアも総体戦力の強化の必要性を痛感していた。

 どのみちチンケな遺跡と違って、この大規模迷宮は1~2パーティでどうにかなる代物でないのは明々白々だった。


 <塔>まで戻り、やっと心からの休憩を取ることのできた一行は、タイジェルの冒険者ギルドと連絡を取り、迷宮踏破のためにもう1~2パーティの増援を依頼したのだった。

 タイジェルの冒険者ギルドも、<獅子隊>の踏破状況を高く評価しており、魔術師ギルドの後援が受けられることもあって増援については積極的に乗ってくれた。

 間もなく、亜人討伐から戻ってきていた<閃光の剣>と<アンセル>の2パーティが増援として<獅子隊>に協力することになった。

 <鉄牙>の時と同じように、タイジェルで訓練試合を行った3者は互いの実力を認め、快く協力することになったのである。

 <閃光の剣>は名前に負けず強力なパーティであり、アイオリアやオルディウス兄弟にはさすがに及ばなかったものの、第二階層の部隊と戦うのに十分な技量を持っていた。

 <閃光の剣>は中規模の亜人集団を相手にした戦績が多く、迷宮での戦闘にも不安はないことから、第二階層入口の部屋で待機する予定になっている。

 <アンセル>は術者主体の5人パーティだが、こちらも戦績そのものは豊富で、<鉄牙>と組んで第一階層待機室を抑える役目を負った。

 第二階層に至るまでは<閃光の剣>が先陣を切ると申し出てくれたため、<獅子隊>はありがたくその恩恵を受けることにした。


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神魔伝承 ライガノルド戦記 天﨑工房 @souryutaikun

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