第11話 大迷宮【第一階層】

「塔」攻略から約1か月。

 <獅子隊>は再び山脈への旅路に出ようとしていた。

「塔」は現状、冒険者ギルドと魔術師ギルドの共同管理下にあり、ベースキャンプとして機能している。

 そこへの物資搬入も兼ねて、まず塔まで行くことになったのだ。

 その次は、周囲の探索とモンスターたちの排除である。

 10人の充実した戦力を持つ冒険者、というのが現状におけるギルドからの認識である。

 後続の冒険者や、荷役担当者の安全をかんがみれば、周囲一帯を安全地帯にしておく必要がある。

 塔に到着したアイオリアら<獅子隊>は精力的に活動した。

 周辺の林には、敵対的亜人種の群れがいくつもおり、周辺の地形調査と並行して、これらを討伐した。

 なかには20匹近いオークの集団や、オーガ(鬼)の群れなど、中堅の冒険者ですら危険なモンスターも潜んでいたが、<獅子隊>の面々はこれらを撃退、殲滅することに成功する。

 一戦を重ねる度に、<獅子隊>の面々は成長を繰り返していく。

 2週間ほどかけて、塔から半径数キロの範囲を調査した<獅子隊>は、一旦、塔で骨休めをする。

 この頃には、タイジェルからの運搬経路も安全が確保され、物資には事欠かなくなっていた。

 魔術師ギルドの研究員たちは、塔の設備を使いこなせるようになっており、塔周辺の気候は安定し、過ごしやすくなっている。

 一行は、改善された環境の元、しばしの休息の後、次の目標策定に移った。

 天候操作ができるようになったとはいえ、不帰の山脈の奥地は、未だ前人未到の地である。

 不帰の山脈には、文献で確認できる限り3つの難関がある。

 1つ、かつての大魔道士が作った大迷宮。

 1つ、山脈中腹に住む火龍。

 1つ、魔神が封じられたという「墳墓」

 そのうち、「墳墓」に対してアミルが興味を示していた。

 好奇心、という意味ではない。

 極寒の地(今は天候操作のお陰で和らいでいるはずだが)であるにもかかわらず、炎の精霊力を感じているというのだ。

 それも、これほど離れた距離から、である。

 しかし、一足飛びで「墳墓」に向かうわけには行かない。

 塔から、距離にして「直線で」10km以上はあるからだ。

 確実にキャンプを設定しながら進まなければならない。

 攻略点の談義をしている一行のところに、魔術師ギルドの魔術師キー・リンが訪ねてきた。

「ご承知とは思いますが、不帰の山脈を一気に攻略するのは無理でしょう。

 私ども魔術師ギルドとしては、かつての大魔道士が作った迷宮の踏破をお願いしたいと思っています。

 目的は、「墳墓」に関する資料です。

 かの大魔道士は、「墳墓」に魔神を封印した本人である、ということがほぼ確実視されていますので、何らかの資料が残されていると思います。

 それ以外の魔力武具などは、あなたがたがお使いなって構いません。

 ただ、呪いの武具にだけはご注意を。」

 キー・リンはせわしなくそれだけを述べた。

 大迷宮の中におけるモンスター討伐や罠攻略については、冒険者ギルドが報酬を支払うという条件で話がついた。

 一行は、魔術師ギルドから魔法の背嚢(4リットルほどの背嚢だが内部容量はその10倍ほどになっている魔法道具のリュック)を譲り受け、万端の補給を整えた。

 とはいえ、迷宮の規模などほとんど情報はない。

 過去に大迷宮に挑んで帰ってきた冒険者は一握り。

 それも浅い階層しか踏み込めなかったからだ。

「いくか。」

 アイオリアが騎乗し、全員に声を掛ける。

 各々が頷き、騎乗する。

 数ヶ月に渡る大征戦がついに幕を開けた。



 一行は、魔術師ギルドの依頼を受け、大迷宮に挑む。

 この迷宮は、はるか昔の大魔術師が研究施設として造ったものだという。

 今も迷宮の中には大魔術師に使役されていた魔導兵器や住み着いた亜人種などが行く手を阻む障害となっている。

 数々のトラップをかいくぐり、決して浅くない傷を受けながらも一行は進む。

 かつて大魔導師により雇われていた亜人集団の末裔や、数多くの魔導兵器との戦いを経て、一行はさらに力を増す。

 それでも迷宮踏破は一朝一夕ではできなかった。

 幾度もキャンプや街に戻り、出直すことを繰り返す。

 約一月かけて、一行はついに迷宮の最奥に辿り着く。

 かつての大魔術師の研究結果が積み上げられた書庫。

 一行は、魔術師ギルドの依頼どおり、その成果物を持ち帰るのであった。



「・・・ふぅ」

 アイオリアは腹の底からため息を付いた。

 迷宮に入ってわずか数歩。

 いきなり落とし穴が口を開けたのだ。

 反射的にオルディウスがアイオリアの手を引っ張り、事なきを得たが、幸先不安なことであった。

 罠に精通した者がいないのが、ここにきて露呈したのだ。

 オルディウスが自身の大剣で石畳を小突きながら慎重に進む。

 カチリ。

 一枚の石畳が僅かに沈んだ。

 ヒュヒュヒュッと音がして両側面の壁から矢が飛んでくる。

 グイン、ディオノス、リョーマが矢を受ける。

 しかも、矢には毒が塗ってあった。

 グインが手早く解毒の祈祷を捧げる。

 近距離から飛んでくる矢が相手では、アーサーとフィレーナの風の加護も力半減である。

 手当てを終えたばかりの一行の前方から唸り声がする。

 オーガだ。

 身の丈は3mはある。しかも手にはそれ相応の棍棒・・・いや丸太を持っている。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイトが即座に戦闘行動に移る。

 この三人に限らず、<獅子隊>には一瞬の逡巡すら無い。

 並の冒険者なら捻り潰されかねない強敵だったが、相手が悪すぎた。

 アイオリアが左のオーガを、オルディウスが中央、ヴレンハイトが右のオーガに仕掛けた。

 アイオリアの砕牙獅子吼を受けたオーガは数メートル吹き飛ばされ、そのまま失神したようだ。

 オルディウスとヴレンハイトの相手は、自分が棍棒を振り下ろすより速く大剣に両断された。

 後ろに控えていた2匹はそれを見ても、仲間の屍を踏み越えてパーティに迫るが、一体はアイオリアに腕を切り落とされ、もう一体はヴレンハイトに先ほどのオーガよろしく両断された。

 正直、おそろしい腕前に成長している前衛3人であった。

 腕を失ったオーガと失神していたオーガにとどめを刺した一行はまた慎重に進み始めた。

 吊り天井、落石、隠し扉からの奇襲、迷宮はあらゆる悪意を持ってパーティを迎え撃った。

 深い水濠は、精霊の加護を受けて乗り切り、灼熱の部屋はアミルの吸熱により難を逃れた。

 戦い、罠に遭い、戦い、罠に遭う。

 どれだけ歩いても続く。

 流石に一行の面々にも疲労の色が濃くなる。

「一旦退くべきだな。」

 グインがアイオリアの方を見て告げた。

 怖気付いている訳では無い。

 グインは冷静に、今の戦力で引き返す余力を計算しているのだ。

「そうだな。

 一旦態勢を立て直そう。」

 アイオリアも同意した。

 幸いマッピングは順調に進んでいる。

 仕掛け矢などの次弾が装填されているとしても、事前に対処ができるなら被害は最小限に抑えられる。

 問題は、モンスターの類だろう。

 無尽蔵に湧くとは考え難いが、思った以上に数は多い。

 <獅子隊>でなければ、全滅していてもおかしくない。

 飲食料の備蓄は僅かにしか使っていないことを考えれば、再挑戦してうまくやればまだまだ先に進めるだろう。

 一行は一旦迷宮をあとにすると、「塔」に戻り、補給と休息を済ませた。

 罠を見据えて戦略を見直すことも忘れない。

 そこへ再び、キー・リンが顔を出した。

「なるほど、かなり頻繁に罠があるということですね。

 ならば、私が力になれるかと思います。」

 聞けば、機械罠に対する探知呪文を知っているのだという。

 魔術師ギルドの中でも、もの好きが習得するレベルの呪文なのだが、真にこのような迷宮に挑むにあたっては百の兵よりも心強い。

 そのかわり、戦闘はからきしだ、とキー・リンは自嘲気味に笑った。

 だが、このパーティはすでに戦力過剰の域に近づいている。

 何ら問題はない。

 そう、このときは誰もが思っていた。


 休息と補給、作戦立案に2日を費やし、二度目の探索に入る。

 罠の幾つかは再装填されていた。

 矢や吊り天井はおそらく機械的に再装填する機構が備わっているのだろう。

 隠し扉はアイオリアが砕牙獅子吼で扉ごと中の亜人を木っ端微塵にした。

 この男の成長は早い。

 罠への対処も目に見えて早くなっている。

 キー・リンが「私、必要でしたかね?」と苦笑するほどだった。

 だが、それでも彼の呪文はパーティを確実に罠から守り続けた。

 前回折り返した地点を過ぎ、さらに奥に進む。

 亜人たちは依然として集団で徘徊しているようだった。

 単に住処にしている、という訳では無い。

 これは、地下迷宮の体裁を取った要塞だ。

 しばらく歩き続け、一行は開けた部屋に出た。

 一辺が20mはあろうかという部屋である。

 中央付近には台座があり、その上に5mはあろうかという巨大な石像が立っている。

 巨人をかたどったものと見え、右手には棍棒を持ち、左手は胸の前で手のひらをかざし宝石を持っている。

「これだけ怪しいのも困りものだな。」

 オルディウスが苦笑する。

 巨人からは強い土の力を感じているのだ。

 リョーマとキー・リンはそれとは別に、手に持った宝石から強烈な魔力を感じ取った。

 キー・リンが魔術解析の呪文を唱える。

「どうやら呪いのかかった宝石のようです。

 その力でこの巨人は石化しているのでしょう。」

「なら、動き出さないってことかな?」

 アーサーが興味津々で口を挟む。

「さて、それは確信が持てませんが・・・たぶん、動けないと思いますよ。」

 体高5mにもなんなんとする巨人が動き出すという場面は、さすがにぞっとしない光景だった。

 だが、問題はその後ろにあった。

「扉か・・・」

「待て、施錠の呪文かなにかが掛かっている。」

 リョーマがアイオリアを制する。

「嫌な予感なんじゃが、この扉のくぼみ、あの宝石と対応しとらんじゃろな?」

 ゲバが一番恐ろしい推論を口にする。

「・・・・・・・」

 一行が押し黙る。

「取り敢えず、一撃かましてみる。」

 アイオリアが闘気を集中し、砕牙獅子吼を扉に叩き込む。

 木造りの扉を鉄で補強したものだが、びくともしない。

 今のアイオリアなら石材ですら粉砕するほどの威力が出ているはずだ。

「強化施錠ですか・・・・厄介ですね。」

 キー・リンがつぶやく。

 解錠できるものならとっくにやっているだろう。

 つまり、この扉は仕掛けを解く以外に開ける術がない、ということだ。

「仕方ないな、あの石は俺が取ろう。

 巨人が動き出したら・・・・うまくやれよ?」

 オルディウスがそう言った。

 地の精霊の力を持つオルディウスなら、石化の魔力に耐えられるかも知れない。

 耐えられなかったとしても、巨人の脅威を打ち払えれば、善後策を練るだけの余裕はできるはずという算段だ。

 オルディウスは右手を伸ばして飛び上がると、巨人の左手から宝石を取った。

「ぐっ!」

 着地した格好のまま、オルディウスが動きを止める。

 それと同時に巨人が動き始めた。

 その目が目の前で固まっているオルディウスに向けられる。

 ヴレンハイトが巨人に走り寄り、棍棒に大剣を叩きつけた。

 ガヅン!と鈍い音がして棍棒に大剣がめり込む。

 巨人は視線をヴレンハイトに移した。

 巨人は、右手に提げていた棍棒をぐんっ!っと振り上げる。

 ヴレンハイトは大剣を手放さざるを得なかった。

 大剣が深く刺さり過ぎていたのだ。

 アイオリアが反対側に駆け寄り、巨人の左足に長剣の一撃を見舞う。

 闘気を乗せた一撃は巨人の体皮を切り裂き深く肉に食い込んだ。

 巨人が苦痛の叫びを上げる。

 アイオリアは間髪入れず、長剣を通して巨人の脚に砕牙獅子吼を叩き込む。

 バキッ!ともブシャッ!とも聞こえる音がして、巨人の左足が半ばから血肉と骨片を撒き散らしながら吹き飛んだ。

 片膝では支えきれずに、左手を地について崩折れる巨人。

 そこに自由を取り戻したオルディウスが大剣を振りかざすや否や、巨人の脳天を打ち砕いた。

 ズズン、と地響きを立てて倒れる巨人。

 さすがに頭をかち割られては絶命を免れ得ない。

「無事か、兄者!?」

「・・・ああ、なんとかな。」

 件の宝石は今は地に落ちていた。

「少しずつなら体を動かせる。

 はめ込むのも俺がやろう。」

 オルディウスはそう言うと宝石を手に取った。

 目に見えて動きが鈍くなる。

 だが、完全な石化には至っていない。

「それにしても、二人共すごいねぇ」

 アーサーが場違いなくらい感嘆の声を上げる。

 二人共、とはオルディウスの献身とアイオリアの戦闘力のことだろう。

 グインも同じような声音で続ける。

「オルディウスと修行していたのは知っていたが、あんな業が使えるとはな。

 恐ろしい戦士になったものだ。

 ・・・戦神の司祭としては嬉しい限りだが。」

 カチリ、と音がし、続けてギギィ・・・と扉が開く音が聞こえる。

「これでよし、かな。」

 オルディウスが大剣を取りに戻ってきた。

 見れば、先程の扉は見事に開いていた。

 奥に続く通路が見える。

 ゲバがふと疑問を吐く。

「この扉もまた元に戻されんじゃろうか?」

 全員がギクリとする。

 相変わらずこのドワーフは鋭いことを言う。

「リョーマ、扉の魔法はどうなってる?」

 アイオリアが問う。

「少し待て・・・魔力は感じるが・・・

 もしかすると強化施錠は解かれてるかもしれん。」

「ふむ。ならば・・・・」

「後顧の憂いは無くすべきだな。」

 アイオリアの言葉をオルディウスが継ぐ。

 オルディウスが全身に闘気を巡らし、さらに血肉に至るまで大地の力を漲らせる。

「ふっ!!!」

 破城槌のような拳が扉を直撃すると、メリメリッと音を立てて扉の木の部分が吹き飛ぶ。

 さらに全身の力を込めて扉を補強していた鉄枠を蝶番ごと引き千切る。

 反対側の扉も、アイオリアの砕牙獅子吼を受け、木の部分は木っ端微塵に吹き飛んだ。

 こちら側の鉄枠と仕掛けの宝石の部分だけは強化魔法が解かれておらず、破壊には及ばなかったが、扉の半分が無ければ再度訪れたところで問題にはならないだろう。

 とはいえ、前衛2人の消耗を考えて休憩を取る。

 ここまでは前回の踏破記録があるがため比較的余裕があったと言ってもいいが、此処から先はまた未踏の領域である。

 油断は禁物だ。

 二人の疲労回復をし終えて、一行は再び通路を慎重に進み始める。

 扉がまたも一行を待ち受ける。

「罠感知を掛けます。」

 キー・リンが呪文をかける。

「・・・『閉じよ』が掛かっていますね。

 開ける分には問題ありませんが・・・おそらく中に何か待ち受けていますよ。」

 アイオリアとオルディウスがこくり、と頷いて見せる。

 扉を乱暴に開け、室内にアイオリア、オルディウス、ヴレンハイトが踊り込む。

 一辺は10mほどだろうか石造りの部屋の中、青を基調にした美しい女性が一人佇んでいる。

 彼女は何も喋らない。

「まて、アンダイン(水の精霊)だ!」

 アミルが警告を発する。

 だが、一瞬遅かった。

 最後尾のリョーマとディオノスが部屋に入ってしまったのだ。

 ギギィと音を立てて扉が閉まる。

 止めようとするがものすごい力で閉じたため、如何ともし難かった。

 同時に部屋の中にどこからか水が入り込んでくる。

 石壁の隙間、天井の隙間、あらゆる隙間から水が流れ込んでくる。

 いち早く行動したのはアミルだった。

 フランベルジュ(大剣)に炎を纏わせ、躊躇いなくアンダインに斬りかかる。

 アンダインが苦悶の金切り声を上げた。

 水位は加速度的に容赦なく上がり続ける。

 水位が腰ほどまでに来たとき、ついにアミルの剣がアンダインを切り倒した。

 微かな悲鳴を残し、アンダインはすぅ、と姿を消した。

 部屋の水は嘘のように消え、アンダインが立っていたところの床上には、一つのサファイアが落ちていた。

 キー・リンが魔術解析の呪文をかける。

 しばらくして。

「・・・ほほぅ、これはアンダイン召喚の宝石ですね。

 前の召喚者がこの宝石を使って、番人としてここに召喚したのでしょう。」

「ぼく使えるかなぁ?」

 アーサーが聞いた。

「アーサーさんは確か風属性が得意でしたね。

 水とは敵対関係にないので、問題なく使えるでしょう。

 特に呪いも掛かっていないようですし。」

「やったぁ」

 喜び、手に宝石を取ったアーサーは「ひぇ!?」と素っ頓狂な声を上げた。

 一同が驚いてアーサーを見やる。

「手・・・手に宝石が埋まっちゃった・・・」

「大丈夫なのか!?」

 アイオリアが色めき立つ。

「キー・リン!」

「大丈夫です、説明が遅れましたが、中に宿っているアンダインがアーサーさんを主として認めたのだと思います。

 害意は感じないので、信じてください。」

「まぁ確かに痛くもなんとも無いし・・・大丈夫ならいっか。」

 ケロッとして言うアーサー。

 こういうところはエルフどころか人間でもなかなかいない楽天家であった。

 幸い、この部屋はアンダインを倒したことで施錠の魔法が解かれる仕組みであったらしく問題なく出ることができた。

 ふと、グインが歩みを止める。

「どうした?」

 アイオリアが問う。

「不死者の気配がする・・・近いぞ。

 それも複数だ。」

 不死者とは死人返りとは異なる存在で、文字通り並大抵のことでは死なない存在だ。

 我々の世界では吸血鬼として知られる存在である。

 通路を進むとT字路に突き当たった。

「右から気配を感じる。」

 グインが険しい顔で言う。

「どうする?避けるか?」

 アイオリアが珍しく惑った。

「いや、叩いておくことを勧める。

 こっちに気づいているなら、後々挟撃されかねん。」

「数は?」

「4か5だ。」

「倒す術は?」

「武器に神聖化をかける。あとは遺骸を完全に焼き尽くすしか無い。

 それでも完全には死なないだろうが年単位で復活までの時間を稼げる。」

「私の火炎剣もかけよう。」

 アミルも提案する。

「よし、魔力付与の準備が整ったら突入する。」

 グイン、アミル、リョーマがそれぞれの武器に魔法や聖別を施す。

「準備はできたな?

 行くぞ!」

 扉を開け前衛3人が躍り込む。

 中は・・・地下墳墓であった。

 3人はとっさに獲物を振る。

 向こうも待ち構えていたのだ。

 グインの懸念は当たっていた。

 ゲバとグインも前に出る。

 不死者が5人。

 全員、青白い肌、尖った犬歯、ザンバラな髪、長く伸びた爪、痩せてはいるがその膂力はアイオリアとも遜色ない。

 闘気を満たしたアイオリアとも、である。

 だが、武器を持たぬ分、不死者たちの方が若干分が悪い。

 それでも動きの素早さ、単純な腕力、そして身体の復元力全てが人間のレベルよりはるかに上を行く強敵だった。

 アーサーとフィレーナの鎌鼬、リョーマとディオノスの魔法弾が5体の不死者を切り裂き、撃ち抜く。

 それでもその傷は一瞬で塞がる。

 首を刎ねようにも、死人返りと違い動きが俊敏すぎる上、向こうも自分たちの弱点は把握しているのか、狙うのは至難の業だった。

 聖別した武器に火炎を纏っているのにまかせ、所構わず切り裂き続けるしかない。

 焼き払われた部分はさすがに復元が遅い。

 アミルの火炎弾もじわじわと不死者たちの体を削っていく。

 グインとゲバはかなり不利だった。

 凶悪な噛みつきと強靭な爪撃をすんでのところで躱しながら耐えている。

 むしろ不死者相手に普通に戦えているアイオリアとイリアス兄弟が化け物じみているのだ。

 おもむろにゲバの相手をしていた不死者がいきなり空に湧き出た水の塊に飲み込まれた。

 アーサーがアンダインを召喚したのだ。

 みるみるうちに不死者の動きが緩慢になる。

 道理こそ不明だが、不死者は流れる水を渡れないほどに水を嫌う。

 ゲバが動きの鈍った不死者の頭蓋を戦鎚で打ち砕いた。

 それでも復元しようとするが、水の中にいるせいか、その速度はかなり遅い。

 グインはそれを見、叫ぶ。

「心臓を抉れ!!」

 ゲバは渾身の一撃を不死者の胸部に叩き込んだ。

 過たず、心臓のある付近一帯を吹き飛ばす強烈な一撃を打ち込む。

 さしもの不死者も動きを止めた。

「水を解け!焼き払え!」

 すかさず、アミルの放った炎が不死者の体を包みこんだ。

 グインが指示を続ける。

 アーサーはアンダインをグインの相手に向け、同じように鈍らせる。

 グインは不死者の胸部に剣を突き立てると、浄化の祈りを短く捧げる。

 水の中で、不死者の体が胸部を中心にボロボロと崩れていく。

 アイオリア、オルディウス、ヴレンハイトの相手も、さすがに復元が鈍ってきていた。

 それでも千切れた腕や脚すらずるずると復元するところは、さすがに不死者と呼ばれるだけのことはある。

 グインとゲバの相手をしていた2体の焼却を終えたアミルたちが、アイオリアらの援護に回る。

 さすがにこの10人を相手にしては3体の不死者もジリ貧であった。

 一人、また一人ととどめを刺され、ついには5体とも完全に灰になった。

 不死者を倒した後こそ、グインは忙しかった。

 焼却した灰の上に聖水をかけて、さらに浄化の祈りを今度は長く捧げる。

「・・・ふぅ」

 グインが額の汗を拭う。

「どんな感じだ?」

 傷の手当を受けながらアイオリアが尋ねる。

「むこう3年くらいは復活できまい。

 弱っていてくれて助かった。」

「なんだと!?」

 これにはアイオリアが仰天した。

「あれで弱っていたのか!?」

「やせ細っていただろう?

 おそらく、ここまでくる冒険者がいないのと、亜人種を『食料』と見做していなかったからかなり衰弱していたようだ。」

「恐ろしい話じゃのぅ・・・」

 ゲバが自慢の髭を撫でながら言う。

「これも予想のうちだったのか?」

 ヴレンハイトがグインに尋ねる。

「最初に気配を感知したときにある程度推測はしていた。

 少なくとも『食料』には事欠いているはずだ、とな。

 だからこそ、後背を脅かさせる訳には行かなかった。」

 なるほど、とヴレンハイトが頷く。

「少なくとも次に来るときにまた聖水を撒いて、浄化の祈りを捧げれば現状は維持できる。」

「分かった。」

 さて、とアイオリアが続ける。

「さすがにここで休憩するのはゾッとしない話だ。

 場所を変えよう。」

「先ほどアンダインが居た部屋がいいと思います。」

 フィレーナが珍しく口を開いた。

「確かに。

 そうしよう。」

 アイオリアは即断した。

 だが、運は<獅子隊>に味方しなかった。

 アンダインが居た部屋に先客が居たのである。

 武装したゴブリンが10体。

 それに一際大きな体躯を持つ個体が3体。

 ホブゴブリンと呼ばれるゴブリンの亜種である。

 原野で出会う輩と違い、鎖帷子を身に着け、ちゃんとした武器を持っている。

 迷宮の巡察隊と思われた。

 戦う以外の選択肢はない。

 アイオリアが右手を弓引くように引き、正拳突きの要領で全速全力で突き出した。

 ドン!という衝撃波の音がして、部屋の中に居たゴブリンたちが全員吹き飛ばされる。

 いや、ホブゴブリンだけは立って、耐えていた。

 即座にイリアス兄弟が切り込む。

 一合で2匹のホブゴブリンの剣が折れ、続けざまの横薙ぎ一閃、ホブゴブリン3匹の胴体が上下に切り離された。

 ゲバの研ぎの腕に加え、イリアス兄弟の太刀筋の凄まじさが乗った結果である。

 むしろ一合打ち合っただけでも訓練を受けていることを示していた。

 この惨劇を目にしても後続のゴブリンたちは武器を構え向かって来た。

 ただの雑魚ではない。

 小柄な体を活かし、機動性に長けた動きを見せる。

 だが、不幸なことに空間制圧力はイリアス兄弟とアイオリアの方が数段上だった。

 そこにアーサー、フィレーナ、リョーマ、ディオノスの呪文が援護射撃をかけた。

 1分と経たずに全てのゴブリンは打ち倒された。

「明らかに訓練されてるな」

 グインが戦いの様子を見て言った。

「巡察隊といったところか。

 さっきのT字路ですれ違ったか。」

 ヴレンハイトが続ける。

「この先にもまだいるかもしれん。

 気を引き締めてかからんとな。」

 オルディウスも同意する。明らかに組織だった部隊だったからだ。

 血なまぐさい部屋になったとはいえ、不死者の墳墓よりはまだ休むに足る。

 一行は傷の手当て、武具の整備、そして食事を取り次のエリアに進む準備を進めた。

 休息を終えた一行は、今度は左手の通路を慎重に進む。

 ややあって、一行の眼前を両開きの扉が塞いだ。

「敵意を感じる。

 かなり多いぞ。」

 リョーマが敵感知をかけて言う。

「施錠は?」

 ゲバが扉まわりを調べるが、特に仕掛けらしきものは見当たらない。

「魔法も掛かっていないな。」

 リョーマが言った。

「よし、斬り込むぞ。」

 アイオリアの声を受けて、オルディウスが扉を全力で蹴り飛ばす。

 200kg以上の体重を誇り、大地の力を漲らせたオルディウスの強烈な蹴りは、2枚の扉を猛烈な勢いで開いた。

 中に居た者たちが一斉にこちらを向く。

 完全武装したオークだ。

 それも10体以上はいるだろう。

 アミルの爆炎が先制してオークたちを襲い、その隙をついてアイオリア、ヴレンハイトが斬り込む。

 さらにオルディウス、グイン、ゲバ、アミルが続く。

 リョーマ、ディオノス、アーサー、フィレーナの魔法攻撃が後ろから放たれる。

 それでもオークたちは奮戦した。

 だが、先制を許したオークたちにとって、戦機の差は如何ともし難かった。

 一匹、また一匹と斃され、最後に残った2匹は背を向けたところをアイオリアらに斬られた。

 都合12匹いた完全武装のオークの集団を斃すのに1分ほどしかかからないのだから、<獅子隊>の戦力は最早相当なレベルに達しつつあると言ってよかった。

 僅かな休息を挟み、一行は再び前に進み始める。


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