第10話 修行

 タイジェルにある冒険者ギルドが運営する武道場。

 そこで、オルディウスとアイオリアが剣を交えていた。

 アイオリアに内在している闘気の量が普通ではないことを見ていたオルディウスが、訓練相手を買って出たのだ。

 オルディウスの大地の精霊力を発動キーとして、アイオリアの闘気を引き出す。

 アイオリアの戸惑いは少なかった。

 常々、自分のうちに猛獣のように暴れる力が潜んでいることを感じていたからだ。

 木剣の打ち合いなのに、音が違う。

 鈍く、重い音がする。

 木剣に闘気が流れ込み、その強度や性質を変化させているのだ。

 木剣のみならず、革盾や己の肉体にも闘気を循環させ、満たす。

(これか、これが力の使い方か)

 アイオリアは砂が水を吸収するように、急激に闘気の使い方を身に着けていった。

 一通り、武器に闘気を通わす術を身に着けた後は、徒手空拳での戦い方を学んだ。

 アイオリアもオルディウスも格闘は我流だが、オルディウスの戦歴が長い分、一日の長があった。

 何度も打ち倒されつつ、それでもアイオリアは食らいついた。

 身体に満ちた闘気は筋骨を強化し、研ぎ澄まされた感覚は反応力を跳ね上げる。

 オルディウスは、アイオリアの資質に驚きを禁じ得なかった。

 元々見えていた闘気が、訓練を始めてから急激に膨れ上がってきているのだ。

 おそらく駆け出し魔術師の魔力付与など軽く超えている。

 リョーマやグインの身体能力上昇呪文でもここまでの効果が望めるかどうか。

 アイオリアの拳が重い。

 明らかに体重からはじき出される衝撃力を超えている。

(これは逸物だ)

 オルディウスも一切の手加減なくアイオリアを襲う。

 お互い強化された肉体同士、速度も威力も桁違いになっていった。

 オルディウスの中段回し蹴りを踏み込んで受け止めたアイオリア。

 その次の瞬間。

 オルディウスの巨体が2m以上吹き飛んだ。背後の石壁に衝撃波が当たる鈍い音が聞こえる。

 見れば地面もごっそり抉れている。

「ほう、すごいな。」

 心底感嘆した声を出すオルディウス。

 蹴りを受けて密接した瞬間に、アイオリアが体内の闘気を爆裂させたのだ。

 さすがに息を荒らげてはいるが、それでもまだ立っている。

「獅子の咆哮…ってところか。」

 オルディウスがアイオリアに再び肉薄する。

 両者が両腕でつかみ合う。

 そして、爆裂した。

 二人して同時に闘気を爆裂させたのだ。

 闘気の爆発は相殺し、両者とも腕をつかんだままだ。

 にやり、とオルディウスが嗤う。

「身に付いたようだな。

 この短期間で大したものだ。」

 アイオリアは完全に息が上がっている。

「続きはまた明日やろう。」

 掴んでいた腕を離すと、オルディウスはスタスタと着替え室に向かっていった。

 アイオリアは、それでも膝をつかず立っていた。

(これが…闘気の使い方か)

 背を向けているオルディウスに頭を下げる。

(これで、パーティをもっと守ることができる…)

 疲労の極限に至った体を引きずるようにして、自分も着替え室に戻っていった。


 こうしてアイオリアとオルディウスは、タイジェルの武道場で20日あまり戦い続けた。

 アイオリアの闘気はますます盛んになり、その上、自在に使えるようになっていた。

 闘気をここまで使える人間は、戦士でもまずいない。

 一握りの英雄の域に到達しつつあった。



 また、アーサーはアミルに炎の精霊との交信方法を習っていた。

 本来アーサーは風の精霊と親和性が高いため、炎の精霊とはあまり折り合いが良くない。

 しかし、今回の塔攻略の報酬品である精霊力の護符は、地水火風の四属性すべての精霊と交信できるものだった。

 大地の精霊は、イリアス兄弟がいるのでなんとかなるとして、炎の精霊についてはアミルに教えを請うのが一番だと考えたからだ。

 最初は、手のひらほどの火を灯すことすら難儀していたが、数日経った頃には、小さい炎の精霊の召喚や、火炎弾くらいは扱えるようになっていた。

 とはいえ、精神力の消耗は風の精霊力を行使しているときとは比べ物にならない。

 そこで、アミルは炎と風の力から「雷」を引き出す方法を教えた。

 これならば、風の精霊力の分だけ消耗が軽い。

 また、護符には所有者の魔力と交信力を高める能力もあったのが大きい。

(これで僕ももうちょっと戦闘で役に立つかな)

 などと思いながら、アミルの全身から立ち上る莫大な精霊力を眺めているのであった。


 フィレーナは、アーサーと同じ四属性の精霊と交信できる護符を貰ったものの、風の精霊との親和性が高すぎて、風以外の精霊との交信は、会話を除いて至難の業だった。

 そこで、風の精霊力との結びつきを強くすることに特化し、衝撃波の生成や、風による鎌鼬(かまいたち、真空波)、果ては竜巻まで起こせるようになった。


 グインは戦神の神殿に赴き、戦神の啓示を受けるため瞑想に入っていた。

 より強い祈祷の力を得るためには、より深く戦神を信心し、共鳴する必要があるからだ。

 並行して、剣術訓練も行っていた。

 剣のみならずメイスも用いる。

 訓練は苛烈で、これは雑念を払うためとされている。

 上級司祭は、おしなべて戦士としての技量も抜きん出ている。

 グインは見込みありとして、かなりしごかれた。

 刃引きの剣とはいえ、当たりどころが悪ければ死ぬ。

 実戦さながらの猛訓練をくぐり抜け、グインは一回り成長してパーティに戻ってきた。


 ゲバはゲバで、多忙を極めた。

 魔術武具に交換しなかったオルディウスらの大剣や、各人の鎧の修繕をしていたからだ。

 とはいえ、ゲバの職人魂をくすぐる武具の山なので、時間はあっという間に過ぎていく。

 工房を借りてイリアス兄弟の大剣を研ぐ。

「ふぅ・・・これだけでかいと大変じゃわい。」

 愚痴のように聞こえるが、実際には楽しそうであった。

 アイオリアの鎧の凹みを打ち出し、全員の鎧の歪みを直す。

 緩んだリベットを差し替え、必要に応じて補強する。

 パーティに参加する前に既に50年に渡って武具の工作と整備をしていたゲバならではの腕である。

 普通のパーティなら、武具の手入れや更新で結構な費用が飛ぶのだが、ゲバは無償でやっているのでパーティ的にはすごく助かっていることになる。

「よし、こんなもんじゃろう。」

 こうして、一行の武具はきちんと手入れされ、戦闘に投入できるようになったのであった。

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