苦しみを超えて生きる
- ★★★ Excellent!!!
まずもって筆致が流麗で文中によどみが無く、難解な語句もごく自然に物語に組み込まれて読める、世界観と文体との調和が素晴らしいです。
妖刀を追う復讐譚や悲劇の連鎖という一種分かりやすい導入から、どんどん深まってゆく物語へと、知らぬうちに引き込まれていました。
全体に仏教的思想がベースになっていると感じましたが、それが大っぴらなキーワードとならず、あくまで「生きるうえで避け得ない苦しみ」と、「そこから生まれてゆく悲劇」として描かれ、主人公達の前に立ちはだかってゆく構図とされているのがたいへん奥ゆかしく、説得力に満ちたものであると思いました。
浄心のサイコメトリーが、彼に孤独をもたらす異能であると同時に、心を閉ざして自らを語らない練十郎の過去や、刀達の執念を読者に知らせるギミックとしても効果的に使われつつ、最後には自身と練十郎に救いをもたらす糸口になるという、舞台装置としても物語としても軸になっているのが感慨深かったです。
個人的な解釈ですが、「望む生き方のために他者を喰らうラスボス」「復讐に憑かれた練十郎」「高潔で志ある反面として世俗や人心に疎い浄心」の三者はそれぞれに仏教の三毒「貪欲・瞋恚・愚痴」を抱えており、最後には三者ともがこの毒から解き放たれて自己を救済する(あるいは救済される)話かと感じました。
千尋が刀に憑かれてしまったのも、内なる欲求を抑えられて続けていたのが、戦の終わった世で最高の武器として生みだされた(生まれた瞬間から抑圧状態)刀と(あるいは鉄山も含めて)共鳴したせいなのだろうか、など考えさせられる部分が多くあるのも読後感がありますね。