第2話
礼子は高校に入学しても陸上競技を続けていた。通えるところに強豪校がないし、私立に通えるほど金銭的な余裕もないので近くの高校へ入った。ただ県立陸上競技場の近くで、いつも他の学校の生徒たちと練習ができた。私立の高校や公立高校も、わざわざ練習に来てくれるものだから、いろいろな指導に恵まれた。
今年は暑い。
何度聞いたし、何度言ったかわからない。陸上競技場の芝生の上でさえも暑い。トラックもゴムの下がコンクリートなので昼の熱が抜けきれていないまま、夕暮れから夜にかけて練習することになる。照明は合宿という名の合同練習のときに使わせてくれるが、県も金銭面で都合がつかないらしく、誰も贅沢は言えない。
「死にそうな顔や」礼子はスタンド下のコンコースのガラス窓で呟いた。「夏バテかな」
午前中、九時にもなればもはや昼と同じくらいの暑さになる。芝生では大人が競技フリスビーをしていた。バスケットをフリスビーでしているようなもので、ただの遊びではない。作戦など大会に向けて練習しているらしい。礼子は薄めたスポーツドリンクを口に含んだまま眺めていた。少しずつ喉に染み込んで、いつ飲んだのかわからない頃に口から消える。
「セミすら鳴いてないな」
青く眩しい空には雲一つない。スマホの画面の天気予報は一日中快晴で、すでに熱中症アラートが出ていた。グランドに嫌がらせのように置かれた温度計は四十度にもなる。ベンチに腰を掛けていると、大学生らしき男子が倉庫からハードルを引きずり出してきた。ニキビ跡のひどい彼は礼子と目が合うと、小さく笑ったような気がした。暑いなと言いたそうだった。
礼子の学校では駅伝は県大会で勝てるほどの人数は集まらない。仮に他の部活動に頼んだとしても、誰が好き好んで何kmも走る練習をしてくれるのか。公立強豪校、私立強豪校に選手は集められ、もっと実力のある選手は他府県へ流れ出ている。仮に県大会で勝てたとしても近畿大会では最下位になるのは見えていた。しかも秋までしなければならないとなると、自称であるとはいうものの進学実績のある高校の三年生などは負担でしかない。吹奏楽部ですら夏で終わるのに、こっちは冬まで走らなければならない。大学受験か推薦か部活動かになる。もちろん三年生でも夏の受験勉強などできないし、陸上を選ぶか受験を選ぶか究極の選択だ。
去年、すなわち一年生の夏にはこんなことは考えていなかった。ただ練習を続けた。塾との兼ね合いも付きかねて、塾は辞めることになった。センセは「がんばれよ。有名になったらサインくれ」と見送ってくれたのを礼子は笑っていたが、まさかこんな悩みに飲み込まれるとは考えてもみなかった。たぶんセンセは知っていたはずなんだ。陸上などしたことはないと話していたが、していなくてもわかる。
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雪の京都を駆け抜けろ henopon @henopon
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