冒険者ギルドの昼下がり

藍染 迅@「🍚🥢飯屋」コミカライズ進行中

冒険者ギルドの昼下がり

 冒険者ギルドの昼下がり、受付嬢のノルマとアリーがゴシップに華を咲かせていた。


「うちのギルドですごいって言ったら、やっぱり剣術教官のラミドさんよねぇ」

「えぇっ? 魔術教官のマリコさんじゃない?」


 剣術教官ラミドを推すノルマに対して、アリーの方は魔術教官マリコを推す。


「絶対ラミドさんの方だって! 『瞬歩』で間合いを詰めて抜く手も見せぬ『稲妻切り』よ? 『二の太刀要らず』って呼ばれてるんだから!」

「あら、マリコさんの『次元斬』なら近寄らなくても相手は真っ二つよ?」


 二人ともギルドの教官について詳しいらしい。達人技を自慢げに語っていた。

 そこへもう一人の受付嬢が割り込んだ。

 

「その二人もすごいけど、治療術師のボンドさんも捨てがたいわね」


 二人よりも一年先輩にあたるルチアだった。


「そうかしら。ボンドさんは攻撃魔術を使えないでしょう?」

「考えが浅いわね。ラミドさんやマリコさんが活躍できるのは、ボンドさんが後ろに控えているからよ」

「ああ、確かに! ラミドさんが大怪我した時、ボンドさんに腕を再生してもらったって」

「そう言えばマリコさんも火炎魔術をリジェクトされた時に、大やけどを直してもらったそうよ」


 ボンドは瀕死の重傷者をも蘇生させる「奇跡の治療術師」と呼ばれていた。


「そう考えると、ボンドさんの活躍も捨てがたいわね」

「でしょう? 一見地味な人ほど、陰でギルドを支えているのよ」


「ちょっと、あんたたち! さっさと仕事に戻りな!」

「やあねぇ、おばちゃん。ガミガミ言わないで。優雅なお昼休みが台無しになっちゃうじゃない」


 受付嬢たちのうわさ話に水を差したのは、掃除のおばちゃんレイラだった。黒光りする愛用のほうきを手に受付嬢に小言を飛ばしていた。

 

「何が優雅なもんかい。誰が一番すごいかなんて、くだらないよ!」

「あたしたちだってギルドの職員だもの。『最強』って言葉にあこがれがあるのよ」

「何言ってるんだい。それぞれの長所で短所を補い合ってこそ、ギルド本来の力が出せるってもんさ。それを実現させているのはギルド長の力なんだよ」


 レイラは三人をたしなめるように言った。


「そうかあ。普段は目立たないけど、ギルド長ってすごいのね」

「そりゃそうさ。一癖も二癖もあるギルド員の手綱を握ってるのはギルド長のガウスだよ」

「おばちゃんたら、『ガウスさん』でしょ? やだもう……」

 

「ギルド長が一番すごい」という無難な結論に落ち着いて、受付嬢たちは仕事に戻った。


 ◇


<大いなる「悪」が目覚める。百年に一度の目覚めの時――。魔王の降臨に備えよ>


 王都の大聖堂で神託が降りた。それは魔王復活を告げる知らせだった。


 ◇


「魔王復活だと? 厄介な話だぜ――」


 王都との定時連絡で神託の内容を聞いたガウスは、遠話用の水晶玉に注いでいた魔力を止めた。


 魔王――。魔人族の頂点にして最強の存在。人の世を滅ぼさんと災厄をもたらす破壊の権化。


「まったくどうしてあんなものがこの世にあるのかねぇ」


 魔王は生物ですらない。

 確かに斬れば血を流し、命を奪うことができる。しかし、魔王に本当の意味での死はない。


 時がたてば何度でもよみがえるのだ。まるで嵐や竜巻のような存在。


「それでも倒せるだけましか……」


 ガウスは背後の壁にかけられた一振りの剣を振り返った。


 魔剣ドーマン。使い手の生命力を吸い上げ、魔力として放出する降魔の剣であった。


 魔王に致命傷を与えられるのは、聖女が極めた神聖術、勇者が極めた光魔術、神授の聖剣、そして降魔の魔剣しかない。

 当代に聖女も勇者も存在しない以上、魔王を倒すには聖剣か魔剣を使うしかなかった。


「聖剣を振るえるのは勇者のみ。結局この命を引き換えにあいつを使うしかねえ。精々うまい酒を飲んでから行くとしよう」


 くすりと、ガウスは乾いた笑い声を立てた。


 ◇


(くくく。あいつを倒せばこの冒険者ギルドは骨抜きになる。魔人族がこの世の支配者となるのだ!)

 

 100年ぶりに復活した「蠅の王」が、一匹の蠅に化身して冒険者ギルドに侵入した。


 剣術教官ラミドの足元を潜り、魔術教官マリコの肩をかすめる。

 治療術師ボンドの頭上を飛び越えても、「蠅の王」に気づく者はいなかった。

 

 誰にも気づかれずにドアに取りつき、魔王は戸口の隙間からギルド長室に侵入しようとした。


 その時、廊下に小さな影が差した。

 

「ご苦労なこった。わざわざ自分から討たれに来るとはね」

 

 蠅の王が返事をする暇もなく、光の速さで斬撃が襲ってきた。

 

「馬鹿な! 魔鎧を断ち切るとは!」

 

 魔剣の一撃さえ跳ね返すはずの魔力の鎧が、一太刀で両断されていた……。

 消え去ろうとする命の最後に、蠅の王は相手の名を尋ねた。


「き、貴様は何者だ……?」

「馬鹿だね。ゴミを片付けるのはいつだって掃除人の役割さ」


 聖剣を納めたほうきの柄を掴んだまま、勇者レイラが唇を歪めた。


「なぜ勇者が掃除人などを……ガフッ!」


 蠅の王は死んだ。次に復活するのは百年先のことになる。


「つくづく馬鹿な質問だよ。掃除がしやすいからに決まってるじゃないか」


 魔王は蠅の王だけではない。毎年のように復活する魔王の数々。

 倒しても倒してもキリがない災厄を、レイラは冒険者ギルドで待ち構えることにしたのだ。


「おばちゃん、どうかしたぁ~?」

「何でもないさ。ちょっとゴミを見つけたもんで、片付けといたよ」


 振り向きもせず、レイラは答えた。


「そうなの~。おばちゃんいつもありがとうねぇ~」


 勇者レイラは晴れ晴れと笑った。<了>

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