後編
「こんにちは、ラマさん!」
「あら、いらっしゃいネーヴェちゃん!」
婚約者から婚約破棄と国外追放されて5年後、薬師になった私は、森の奥にあるログハウスに住みながら、隣国の薬局に創薬した物を卸して生計を立てていた。
「はいこれ、この前に言っていた傷薬と風邪薬ね。あと、麻痺毒に効く薬と痺れに効く薬ね」
雪が降る中、薬師の証である白色のローブに身を包んだ私は、木箱に入った薬達をカウンターに置くと、店長のラマさんがカウンターから出てくると、大きな体で私を包み込んだ。
「ありがとう、ネーヴェちゃん! あんたの薬、評判が良くて嬉しいわ。特に、先日起きたスタンピードの時に、ネーヴェちゃんの調合した薬が役に立ってからは、毎日が完売状態よ!」
「アハハハッ、それ昨日も聞いたよ、ラマさん」
私が薬師の勉強で図書館に通っていた頃、偶然ラマさんに出会った。
実は、毎日図書館に通って熱心に勉強する私は街では有名人だったらしく、1人独学で頑張る私を見て、『もし、困ったことがあったら何でも言ってちょうだい! そして、ネーヴェちゃんが薬師になった暁には、私の店でネーヴェちゃんが調合した薬を置いてあげる!』と申し出てくれた。
ラマさんもまた薬師で、勉強に集中出来るようお弁当やごちそうを作ってくれたり、実際に調合させてもらったりもした。
そうして、無事に薬師になった私は、彼女の言葉に甘えて、ラマさんが経営する薬局に薬を置いてもらうようになった。
いつもように抱き締めるラマに苦笑を漏らしていると、何かを思い出したラマさんが突然体を離した。
「そう言えば、先日起きたスタンピードで隣国が壊滅状態になったらしいわよ」
「っ!」
――祖国が壊滅状態? でも確か、あそこには……
「でも確か、隣国には聖女様がいましたよね?」
「そうなんだけど……何でも、王族の皆様やご家族と一緒に国を捨てて出て行ったみたいよ」
「っ!?」
祖国の現状に言葉を失っていると、閉じていた薬局の扉が勢いよく開き、この国の王族にしか許されないマントを身に纏った青年が入ってきた。
「突然失礼する。私は、この国の第二王子であるアルシュ・フォン・クワトラータと申す。こちらに、ネーヴェ・スノーホワイト公爵令嬢はいないか?」
「っ!!」
――どうして、私の名前を?
突然名前を呼ばれて固まっていると、私を見たアルシュ殿下が優し気な笑みを浮かべた。
「やっと見つけた」
「えっ?」
――ようやくって、どういうこと?
甘い笑みを浮かべたアルシュ殿下が私のもとに来ると、その場で跪いた。
「で、殿下!? そのようなことを……」
「ネーヴェ嬢、5年前、君を助けられなくてすまなかった」
「っ!」
忘れていたはずの忌々しい記憶が走馬灯のように蘇り、思わず拳をきつく握った。
「どうして、殿下が謝られるのですか? 私はしかる罰を受けただけで……」
「両親が亡き後、平民の振りをして市井に住む者達を助けていたことを俺が知らないとでも?」
「っ!?」
――どうして、そこまで知っているの?
そう、たまに市井に出ていた私は、自分より幼い子が怪我をしていたり、道に迷っている人がいたりすると助けていた。
どうしても放っておくことが出来なかったから。
そんな義理家族ですら知らないことを知っている殿下に困惑していると、殿下が私の手を取った。
「こんなことを言うのは厚かましいだと思っている。だが、俺は王族に捨てられた民を見捨てることなんて出来ない。だから頼む、俺と一緒に隣国を助けてくれないか?」
「……どうして、私なのですか?」
――薬だけなら王城に勤務する宮廷薬師達に頼めばいいのに。
「それは、君の薬師としての実力が宮廷薬師達も認めるもので……何より『誰よりも優しい心を持つ君だから頼みたい』って言うのは無理矢理すぎるかな?」
「…………」
――雪の日は嫌いだ。
雪は私から何もかもを奪う。
大好きな両親も。
仲が良かった使用人や友人も。
両親からプレゼントされた好きな物を詰め込んだ温かな居場所も。
公爵令嬢としての立場も。
けれど……
『ネーヴェ、もし心の底から助けたいって人がいたら、迷わず手を差し伸べなさい。そのために、あなたに知識を授けているのだから』
不意に幼い頃に言われたお母様の言葉が蘇る。
今は義理の家族に何もかも奪われたけど、それでも……
「無理矢理すぎますよ」
「アハハハ、やっぱりそうだよね。でも、君の実力を認めているのは本当だよ。そこにいる『伝説の薬師』と呼ばれた、君の実のお祖母様が手離したくないくらいには」
「えっ!?」
「あら殿下、今まで黙っていたのに〜。それに、そんな大仰な2つ名を持つようなことをしていないわよ。この国に蔓延した流行病の特効薬を薬師として作っただけで」
「ええっ!?」
――エマさんがこの国で知らない人がいないと言われている『伝説の薬師』!? しかも、私の実のお祖母様!? 言われてみれば目元がどことなくお母様に似てるけど。
困惑する私を見て、エマさんが私の手を握った。
「ネーヴェちゃん、あなたがしたいことをしなさい。私はそれを応援するから」
「私の、やりたいこと」
――そんなの、さっきお母様の言葉を思い出した時に決めた。
心配そうに見つめるエマさん……いや、エマお祖母様に微笑みかけると手を離し、跪いていらっしゃる殿下に深々と頭を下げた。
「私の力で良ければ、喜んでお受けいたします」
「あ、ありがとう! ネーヴェ嬢! これで隣国の民達が救える!」
――やはり雪の日は嫌いだ。
私から何もかも奪うから。
それでも、雪の日に生まれた縁だけは、大切にしようと思った。
その後、私の祖国をこの国の属国として救った殿下は、私はエマさんの養子にすると、未来の妻として迎え入れた。
雪の日に婚約破棄と国外追放された私の話 温故知新 @wenold-wisdomnew
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