あの日、私は雪女になった。

木曜日御前

これは、実際に起きた話です。


 ジンクスをナメてはいけない。

 何故なら、時として小説のような事実を生み出すからだ。


 10年前の12月、朝六時。

 ホテルの扉を開ければ、見渡すばかりの銀世界。吹き抜ける冷たい風が、頬を刺し続ける。

 深々と降り注ぐ白い雪は、着替えたばかりの衣装・・に光を纏って積もる。


 私は今の状況に、ただただ——絶望した。

「あれ……私、もしかして、やっちゃいました……?」


 そして、同じく窓の外に顕在した絶望を見た様々な衣装・・を着た仲間は、頭を抱えて叫んだ。


「おい! お前、やったな!」

「なんで、今日に限って!」

「やっぱり、ジンクス・・・・ってあるんだよ!」


 基本的に悪天候というものは、誰も責められないものだ。しかし、皆一同に私を詰めはじめる。そして、私もまた、ただただ申し訳ないと縮こまることしか出来なかった。


 何故なら、私はジンクス・・・・に触れてしまったからだ。


「だから、言っただろ! レティ・・・を選んだら、雪が降るんだって!」

 団長の言葉に、雪女であるレティ・・・のコスプレをした私は「ごめんなさい!」と謝るしかなかった。



 岐阜県瑞浪市では、毎年12月中旬に瑞浪バサラカーニバルという、大きなよさこい祭りが開催されている。街一帯の道路や広場で、コスプレをしたり酒を飲んだしながら「踊り納め」をするお祭りなのだ。


 そして、この変わったお祭りでのみ活動する奇特なチームもいる。私が所属していたチームは、正にその奇特。

 美少女妖怪ゲームのコスプレをして、かのゲームミュージックでよさこいを踊るチームだった。


 そして、チーム内では、とあるジンクス(仮)があったのだ。


『雪女であるレティを選ぶと、雪が降る』


 このレティといつのは、冷気を操る能力を持つ雪女モチーフの妖怪という設定のキャラクター。


 私が選ぶ以前にも一度、このレティを選び細雪を降らせた人がいたことから、このジンクス(仮)が生まれた経緯があった。

 私がレティを選んだ時、各メンバーから散々聞かされた。

 そして、何度も聞かされても、私の気持ちは揺るがなかった。


 そんな、一回ぐらいの偶然で、ジンクスって。早計ちゃいますのん?


 そう、若かったのだ。ナメていたのだ。

 君子危うきに近寄らずという言葉を知らない、愚か者だっただ。


「まあ、大丈夫じゃないっすかねぇ」

 へらへらと周りの忠告を笑って流してた結果が、この雪景色ザマである。


「寒い!」「足元が滑る!」

 袖なし・腹出しの衣装の男たちが震え、下駄を履いたメンバーが悲鳴を上げる。

 女性陣は黙って肩を寄せ合い、ひたすら雪を耐えていた。


 雪の勢いは、どんどん増すばかり。

 ホテルから会場に移動しても、雪は止む気配はない。


「12月で、雪こんな降るなんて、びっくりよ」

「急に寒くなってねぇ」

「ねぇ、しかも積もってるし」

 地元の素敵なおばさまチームの人達も、困りながら話しており、私の身体さらに小さく縮こまる。



 そして、更に追い打ちをかける事実に気付いたのだ。


 演舞前のリハーサル中に、気付いたのだ。


「あれ、なんか、雪の勢い……増してない?」

「しかも、踊ってる時だけ」

「ほら、今も」


 踊り始めると、雪の勢いが増すのだ。

 雪が横殴りで、私たちに降り注ぐ。

 そんな偶然、ありますか? と、天に問い掛けた。しかし、太陽は厚い灰色の雲の向こう側だ。


「お前、もしや本当に能力持ちか!?」

 振付師のメンバーに言われたが、私は「そんな能力ないよ!」と叫ぶしかない。

 けど、心の片隅に思うのだ。明らかに、私が踊ってる時だけ、雪の勢いが増していくのだ。


 もしや、本当に雪女レティになったんじゃ。


 そして、勿論、演舞本番も酷い雪だった。


 一等強く降り注ぐ雪。

 呼吸をするだけで目の前が白くなる。

 道路はつるつると滑りやすい。


 激安の底ペラな足袋靴を選んだことを後悔するくらい、足の平が痛すぎて、感覚が少しずつ鈍くなる。


 けど、この時、思うのだ。

 もし、私が雪女ならば、ここは私の舞台なのではと。


 吹き抜ける冷気に背中を押され、私は自分の立ち位置に向かう。

 キンキンと頬が痛くなるほどなのに、道路に座る観客の皆様の拍手や歓声。

 ふるふると震えた仲間達も、今は凛々しく美少女キャラクターの衣装を身に纏い、観客の前に立つ。


『踊り子一同、構え!』

 マイクを通して響き渡る口上。


 響き渡る曲、もう流れるように動く身体。


 ああ、寒い。冷たい。痛い。

 けれど、楽しい。

 踊る、回る、跳ねる。

 きらきらと舞う白を、切り裂くように私は鳴子を鳴らした。


 そう、私は銀世界を作り上げた雪女くろまく

 ならば、もっと降らしてやりましょう。



 演舞が終わり、私たちは飲み会に行くため、更衣室に私服へと着替えた。

 外を出ると、先ほどまでの雪はどこへやら。


 雲が消えて、赤く燃えるような夕日が、私たちを迎えていた。

 あまりにも晴れたことに呆然とする私に、チーム代表は小さく呟いた。


「来年以降、レティ禁止にしよう」


 私は大きく頷くことしか出来なかった。


 そして、ジンクスをナメてはいけないと、心に刻んだのだ。




 終わり

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あの日、私は雪女になった。 木曜日御前 @narehatedeath888

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