凍った湖の上で

五木史人

寒空から雪が降っていた。

凍った湖に雪が降っていた。

わたしはその凍った湖を歩いている。

背中には重い荷物。金塊が大量に入っている。


安全が確保された行為とは言えない。

ゆえに静かに静かに、歩いた。


背後から追手が迫っている。

追手にしたって安全が確保されてはいない。

ゆえに静かに静かに、歩いた。


「おい、待て、こら!」

と恐そうなおっさんが叫んだ。


恐そうじゃない。恐いのだ。


それでもおっさんは声のトーンを抑えていた。

なんといってもここは、いつ割れてもおかしくない氷の上だ。

いつだったか忘れたが、割れて落ちた奴がいたっけ。


追ってるおっさんが何者かと言うと、盗賊団のボスだ。

そりゃ恐い。


そして、わたしは善良な少女だ。

この状況だ、誰が見てもわたしが正しい。


ただおっさんの側から見たら、わたしは大金を奪った盗賊で、おっさんは奪われた善良なおっさんと言ったところだ。


「待てよガキ!」

待てる筈がない。

こんな人気のない凍った湖の上。殺される可能性だってある。


「解った。交渉しよう。お前にそれなりの報酬をやろう」

と交渉してきたが、もちろんそれで止って交渉なんてする訳には行かない。

ここは人気のない凍った湖の上なのだ。


「あれ?お前見た事があるぞ?隣村の極貧のガキか?」

これだから知能の低い人間は嫌いだ。


自分の置かれた状況を理解すらしていない。

ここは凍った湖の上だ!


か弱い少女だと思って、油断しているのか?

もうちょっと考えれば、長生き出来た物を!


正体を知られた以上は・・・


奴は親の仇、この大金だけで許してやろうと思ったのに、わたしだって人は殺したくない。


もうすぐ対岸だ。

わたしは全力疾走をした。


「おい!待てよ!」

わたしに合わせて、盗賊団のボスも走り出した。

対岸が近づいて安心したのだろう。


わたしは対岸に上がると、背中のリュックをおっさん目がけて投げた。

欲深さゆえに、重いリュックを受け取ったおっさんの足元の氷は、その重さにあ耐えられなかった。


ゴゴゴと氷は音を立て、盗賊団のボスは氷の中へと落ちて行った。


人の命が消える嫌な感触。


寒空から雪が降っていた。

冷たい雪が、人を殺めたわたしの心を、凍えさせた。


「嫌な感じ」


         

          

       完

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凍った湖の上で 五木史人 @ituki-siso

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