ゆきおんな

かごのぼっち

序 

 冬休み。


 子供のハルは両親に連れられて、田舎の家に来ていた。


 ハルは生き物がとても好きで、家の縁側に座り、庭で放し飼いにされているチャボや、チャボのエサを目当てに集まる野鳥やリスなど、生き物の絵を描いて過ごした。


 庭に雪が積もったある日。


 生け垣の隙間から、まっ白なオコジョが一匹現れた。


 庭にオコジョが来るのはたいへん珍しく、ハルは興奮気味に絵を描き始めた。


 しかしオコジョは落ち着きがなく、チョロチョロと動いてうまく描けません。


 ハルは立ち上がってオコジョに近寄ろうとしました。


 するとオコジョは驚いて、庭から飛び出して行っていましました。


 ハルは追いかけました。


 オコジョはどんどん裏山の森の奥深くへと走ってゆきます。しかしハルは見失わないように頑張って追いかけました。


 やがてオコジョは立ち止まり、ハルはオコジョに追いつくことが出来ました。


 オコジョはハルではなく森の方を見ております。ハルはここぞとばかりにオコジョに近付くと、それに気付いたオコジョは茂みの中へと逃げ込んでしまいました。


 こうなるとハルもお手上げです。


 仕方なくハルが引き返そうと後ろを振り返ると、来た道に黒い毛に覆われた大きなクマが立っておりました。


 ハルは驚いて雪の中に尻もちをついてしまいます。


 クマはのそりのそりとハルに近付きます。ハルは怖くて動けません。声を上げることも出来ません。クマは止まらずハルに近付きます。


 ハルが真上を見上げるほどにクマが近付いた時、ハルはうずくまって目をぎゅっと閉じました。


 ……。


 目を閉じてしばらく。ハルは動かずにじっとしておりましたが、ハルは何ともありません。


 ハルは恐る恐る目を開きます。


 クマは大きく手を振り上げて立っておりました。


 あわててハルは目をつむります。


 しかしその手は、どんなに待っても振り下ろされることはありませんでした。


 ハルはうっすらと目を開きます。


 見るとクマのうしろに女の子が立っておりました。女の子はフードのついた上から下までまっ白な服を着込んでいて、服からのぞく肌の色もまっ白でした。


 女の子はクマに白い息を吹きかけていました。クマは凍りついて動かなくなっていたようです。


 ハルはしばらく女の子を見ておりました。

 

「見たわね?」


 女の子はハルに詰め寄ります。ハルの前に立った女の子は、ハルを見下ろします。両手を腰に当てて、胸をつきだし、少し天を仰ぎ見た女の子は、小さな鼻の穴から白い息をふん、と吐き出すと、勢いよく頭を振り下ろした。フードからまっ白な髪の毛がさらりとこぼれ落ちて、ハルの眼の前まで顔を近付けた女の子は言います。


「みぃ・たぁ・わぁ・ねぇ!?」


 ハルはこくこく、と細かく首をたてに振りました。女の子がはあ、とため息をつくとハルの前髪が凍りました。

 女の子はそれを見てふっ、と笑うとクマから光のたまを抜き取ってぱくりと食べてしまいました。


 クマはビキビキと体にヒビが入り、ガラガラと崩れ落ちてしまいました。


 女の子は再びハルを見下ろします。そして、ハルの首からかかっている名札に目をやりました。そこには『ハル』と書かれておりました。


「あなたもこうなりたくなかったら、このことは誰にも言わないことね? わかったかしら、ハル?」


 ハルはぼうっと女の子を見つめながら、自分の凍った前髪を気にしています。女の子は眉を吊り上げて。


「わぁ・かぁ・った!?」


 ハルの眼の前まで顔を寄せて大声で言ってみせました。


 ハルはこくこくと頷きます。


 しかし、女の子はハルを訝しむような顔で見ます。ハルはとっても爽やかな笑顔でにっこにこです。


 女の子は少し恥ずかしくなって、そのまっ白な頬を薄桃色に染めました。


「私の名前はユキよ。ゆぅ・きぃ! ユキ!」

「う、き? ウキ?」

「違うわ! いぃゆうっ!きいぃっ!」

「ん、ユキ!!」


 ユキは大きく頷いて口を緩めた。


「そう、ユキ!」

「ユ・キ、ユキ♡」


 ユキはさらに顔を赤くして顔を背けました。

 

「な、何度も呼ばなくて良いかしら?」

「ユキ♡」

「もう、知らない!」


 ユキはフードを深くかぶると、一度ハルを見て……見て……見て……ハルと視線が合うとぷいっと背を向けた。しかしもう一度振りかって。


「またね、ハル!」軽く手をふる。

「ユキ♡」ブンブン手をふる。


 ユキはふふっと笑うと、ハルは満面の笑みで応えた。


 ユキは軽い足取りで雪で白んだ山へと走って行った。何度も振り返りながら。


 ハルはユキの背中が見えなくなると、ぶるっと体をふるわせて、はあっ、と両手に息を吹きかけた。白い息が手を温めるものの、凍りついたりはしない。


 ハルは首をかしげて、ユキが向かった雪山を見上げた。


「ユキ……」


 びゅう、雪山から吹き下ろす風はとても冷たかった。













  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゆきおんな かごのぼっち @dark-unknown

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画