聖夜に溶け合うチョコレート

@hitto1124

第1話

 12月24日。クリスマス・イヴ。聖夜。


 この日は一段と街中が騒がしくなり、恋人とデートを楽しむ人で溢れかえる。あるいは家族と共にライトアップされた非日常な空間を鑑賞する者、はたまた「リア充爆発しろ」などと嘆き憂いている者さえいる。


 さて、今頭の中でそんな妄想を1人悲しく思い描いている俺、渡辺裕也は、絶賛可愛い彼女とデート中!!!なんて甘ったるい青春を送っている。なんてことはなく。駅から少し離れたアーケード街に聳え立つクリスマスツリーの、すぐ横のコンビニでバイトをしている最中だった。


 1人寂しくレジカウンターに立ち、舞い上がってはゆっくりと落ちてくる粉雪を、店のガラス越しで眺めながら、入っては消え入っては消えてゆく客を、ただただ無心で捌いていた。


 無心といっても、俺自身に感情がないわけではない。

 ただ、カップルや家族連れのお客さんを見ると、段々と1人寂しくバイトをしていることが虚しくなってくるのだ。

 今年こそは彼女の1人や2人でも作って、最高のクリスマスを過ごしてやる!なんて宣言してからはや1年。

 何も進展なく、今年もクリぼっちが確定してしまったのだ。

 友人はいないのか?と思う人もいるだろう。

 残念ながら俺にも友達はいる。───3人くらい。

 ただ、皆それぞれ彼女とデートだったり、帰省して家族とまったり過ごすという理由で、クリぼっち仲間は誰1人としていなかっただけなのだ。決して人望がないわけではない....と思いたい。


 そんなわけで、何もすることがない俺はこうしてクリスマス・イヴの夜にバイトをしているわけである。店長は大喜びだった訳だが。


 そうしてチョコレートのように甘く、熱々なカップル達をぼんやりと眺めながらレジや品出しをしていることはや3時間。


 夕方五時頃に入ったときはまだ薄っすら明るかったのに既に外は真っ暗。それと同時に明るさを増すクリスマスツリーやら店の看板やら。

 人の流れも段々と大きくなり、店の中に居ながらも喧騒を感じるようになり、流石の忙しさに、途中で店長もレジまで来てひたすら絶え間なく来るお客さんを捌いていった。


 人の流れも落ち着いてきた頃、ようやく床の清掃に着手していると、1人のお客さんが来店してきた。


「いらっしゃいませー」


 慣れた挨拶を入れながら、清掃道具をレジ内に立てかけ、急いでレジに向かう。


「お待たせいたしました、お伺いいたします」

「えっと、クリスマスケーキを予約してたんですけど・・・って裕也先輩?」

「あれ、冬月さん?偶然だね」

「そうですね。それより先輩。このコンビニでバイトしてたんですね」

「うん、そうだよ」

「しかもクリスマス・イヴにバイト入れてるんですね」

「ア、ウンソウダネ」

「ってことは先輩、彼女いないんですんね」

「まぁ、いないね」

「あ、素直に認めるんですね」

「まぁ嘘言ったってしょうがないし」


 冬月さん。もとい冬月結衣は、同じ大学に通う1つ下の後輩で、サークルが同じこともあり、すぐに意気投合して、今でもよく雑談する程度の仲である。

 彼女はサークルの姫とも呼ばれる存在で、背中まで伸びた黒色のロングヘアーに、あどけなさと少し幼さを見せる一面もあり、また彼女の人当たりの良い性格も相まって、男女問わずかなりの人気があるのだ。


「相変わらず変なところで素直ですよねぇ先輩は」

「嘘つくメリット無いしな」

「それもそうですね」

「そういう冬月さんは家族と?」

「そうなんですよ。って言いたいところですけど、実は両親急に仕事が入っちゃったみたいで、今日は私1人ですね」

「あー、なんだその、少し申し訳ない」

「なんで先輩が謝るんですか」


「気にしなくていいですよ」と言わんばかりの笑顔で帰ってきたのでそれ以上言うのはやめておいた。


「あ、そういえば先輩、この後予定あります?ないですよね」

「なんで断定するんだ、まぁないけどさ」

「それじゃあ、先輩のそのシフト終わったら私のうち来ません?」

「冬月さんの家?」

「はい、さっきも言いましたけど家に誰もいないので」

「二人っきりで?」

「はい、二人っきりで」

「うーん」


 大学生とはいえ、彼女でもない女の子の家に、しかも二人っきりという状況はなんとも避けたいところだが


「流石に二人っきりはい色々とまずいんじゃないか?」

「それじゃ先輩は折角の可愛い後輩の誘いを断って、1人寂しくケーキを食べさせるんですね?この最低男、チキン、彼女無し、童貞」

「なんで俺すごい勢いで罵倒されてるの・・・あとここお店だから」


 と、ため息交じりに言いつつ、


「わかったよ、シフト終わったら冬月さんの家にお邪魔するよ」


 そういうと冬月さんはぱぁっと明るくなり、


「言質取りましたからね!絶対ですよ!」

「分かってるよ」


 とまぁ、見事なまでに根負けしてしまった。まぁ、この後の予定を犠牲にしても、この笑顔を見れただけでもおつりは帰ってきたので、折れて良かったのかもしれない。


「っと、クリスマスケーキ取りに来たんでしたっけ」

「あぁ、そうだったな。じゃあちょっと待ってて」

「はい」


 そうしてケーキを冷蔵庫から取り出し、レジに戻る。


「お待たせしました、こちらで宜しかったでしょうか」

「わぉ、店員さんっぽい」

「店員だよ」


 なんて苦笑を溢しつつ


「それじゃあ、メリークリスマス。冬月さん」

「メリークリスマスです。先輩」

「それじゃあクリスマスツリーの前にいるので、終わったら声かけてください」

「うん、わかった」

「あ、ちなみに先輩今日何時までですか?」

「あー、9時半までだからあと30分くらいかな」

「分かりました、それじゃあ待ってますね」

「あぁ、気をつけてな」


 なんてやり取りをして、彼女は店を出て行った。

 残り30分もあると考えると物凄い鬱になるな、なんてことを考えながら、余った保冷剤を冷凍庫に戻すべくバックルームへ行くと、


「あ、裕也君、今日はもう上がっていいよ」

「え、店長?いいんですか?」

「うん、もうさっきみたいに人が来ることはないし、それに、さっきの女の子待たせてるんでしょ?さっさと行ってきな」

「店長、ありがとうございます」

「いいよいいよ、頭上げなって。この日までバイトに来てくれたの物凄い嬉しかったし、なにより人がいないから、とても助かった」


 それに、と店長は付け足して


「学生の時間って意外と短いし、楽しめるときに楽しまなきゃ。たまには羽でも伸ばしてきなよ」

「はい、ありがとうございます!」

「いいってことよ。それじゃメリークリスマス、裕也君」

「メリークリスマス。店長」


 そうして店を出た。


 店を出るとやはりちらほらと雪が舞っていて、クリスマスを彩るに相応しいものとなっている。

 こうしてみるとライトアップされた店やらが、さらにクリスマスという存在を強調しているのかもしれない。

 なんてことを思いつつ、後輩が待つクリスマスツリーの前に移動する。

 やはりこの時間帯になっても、ツリーの前にはちらほらと人が立っているのが見える。

 その中にいるであろう冬月さんを探していると、不意に背中をポンっと叩かれ


「先輩、お疲れ様です。早かったですね」

「ありがとう。店長のおかげで早上がりさせてくれたんだよ」

「そうだったんですね」

「外寒かったでしょ。ほら、カイロ」

「ありがとうございます」

「それと、ケーキ少し重いだろうし、持つよ」

「いえ、これくらいなら別に・・・」

「いいから。ほら」


 少々強引だが、冬月さんの手からケーキの箱を受け取ると、小声で「ありがとうございます」と聞こえた気がした。


「それと、さっきはバイト中であんまり見れてなかったけど、服、似合ってる。可愛いし、なにより綺麗だ」


 白のニットの上にベージュのコートを羽織っており、首元を埋めるようにピンクと白の格子柄のマフラーを巻いている。そしてブラウンのロングスカートと、彼女の幼さと、大人っぽさ両方を兼ね備えたかのようなコーデに仕上がっていた。


「せ、先輩ってよくそういうこと平気で言えますよね・・・」

「事実だしな」

「───っ!?そういうところですよ!全く・・・ほら、行きますよ」

「ん?あ、あぁ」

「先輩の、ばか」

「ん?なんか言った?」

「いいえー何もー」


 なんかまた罵倒されたような気がしなくもないが、彼女が歩き始めてしまったのでそれ以上は考えず、追いかける形で歩を進めるのだった。



「そういえばなんで俺なんだ?冬月さんなら別の友達とか呼べただろうし」

「確かにそうなんですけど、私の友達、彼氏さんとか家族と過ごす方々が多くて。それに私も元々両親と過ごす予定でしたし」

「なるほどな」

「それに先輩暇してそうですし」

「・・・今日はバイトがあった」

「いつもは?」

「うぐっ、痛いところをついてきやがる・・・」

「なら問題ないですよね先輩」

「ウン、ソウダネー」

「なんでカタコトなんですか・・・」


 なんてのんきに会話していると、ふと彼女は足を止め、


「着きましたよ先輩。私の住んでいるマンションです」


 見れば、いかにも高級そうな見た目のマンションが目の前に広がっていた。


「随分と高級なとこに住んでるんだな」

「そうですね、けどその分セキリュティーは頑丈ですよ」

「なら安心だな」

「それより早く行きましょう?着こんでいるとはいえ寒いですし」


 バイト終わるまで外で待たせていたこともあり、体の方もかなり冷えているだろうということで、案内されながら彼女の部屋に向かった。


「お邪魔します」

「はーい」


 彼女に促されながらリビングへ入ると、若干のフローラルの甘くやさしい香りが鼻を掠めた。

 見れば、キッチンカウンターの上にお香が置かれていた。


「へぇ、お香焚いてるんだ?」

「そうなんです。母親の趣味で」

「なるほどね。っと洗面所借りてもいいかな」

「洗面所なら、戻って右の部屋ですね」

「わかった、ありがとう」


 手洗いのためにドアノブを捻りながら引くのと同時。悲鳴に似た叫び声が部屋全体に響いた。


「待ってやっぱり開けちゃダメ───!」

「え───?」


 突然のことに思考がフリーズし、戻すという判断が遅れてしまい、既に半開き状態であったドアは何の抵抗もないまま開いてしまった。


 次の瞬間目に飛び込んできたのは、ハンガーやクリップで干されている、ブラやパンツなどの下着類だった。

 呆けていたのも束の間。ようやく状況を理解した俺は急いでドアを閉め───全力で土下座した。


「本っっ当にごめん!!!」

「え?っと、あっ、、え!?先輩!?私は全然気にしてないですから顔を上げてください!?」

「どうしたら許してくれる!?」

「許すも何も、私気にしてないですから!?お気になさらないでください!?」

「いやそれは駄目だ!なんていうか人としてダメな領域に足を踏み入れてしまったから何かさせて欲しい!」

「なんでですか!?とりあえず水飲んで落ち着きましょう!?」


 お互い混乱状態だったが、なんとか落ち着こうと、二人分の水を持ってきてくれた為、なんとか心を静めることに成功した。

 そうして無言のまま数分が過ぎ───先に口を開いたのは俺の方だった。


「えっと、取り乱してしまってごめん」

「いえ、私も洗面所に干してたの忘れて先輩に伝えてしまいましたし、御相子おあいこですよ」

「そうか、ありがとうな」

「いえ・・・」


 そうして再び、静寂が訪れる。

 時計のカチッカチッっという音が、部屋に響き渡る。


「ふふっ」

「えっと、どうしたんだ?急に笑い出して」

「あ、いえ。先輩もちゃんと男の人なんだなと」

「なんだそれ」

「だって先輩、いつもどこか余裕ありそうな感じだったじゃないですか」

「そうでもないと思うぞ・・・?」

「無自覚なんですか・・・。まぁいいですけど」


 でも、と彼女は付け足して


「そんな先輩が、あんなに慌ててたの初めて見ましたし、意外と可愛いところもあるんだなぁって」

「そりゃ男だしな。いきなり目に入れば驚く」

「まさか土下座されるとは思いませんでしたよ」

「まぁ見てしまった以上謝るしかないだろう」

「そんな謝るなんてしなくても。それに先輩なら見られてもその・・・嫌、じゃないですし」

「そ、そうか・・・」


 再び静寂。ただ、先程のような居心地の悪さ、なんてものはなく。なんとも少しだけ、心地よいと感じる。

 そうしてまた数分が過ぎ───


「ふふ」「あはは」


 緊張に包まれていた空気が緩み、二人同時に吹き出した。


「それじゃあ先輩、台所で手も洗っちゃって、ついでに一緒に夕食の準備しましょうか」

「あぁ、そうするか」

「先輩先に冷蔵庫のラップしてあるもの電子レンジで加熱してもらってもいいですか?脱衣所の洗濯物取り込んでくるので」

「ん、了解」


 先程までの緊張に包まれた空気はどこへやら。そのまま二人は夕食の準備を始めるのだった。

 といっても料理はコンビニに来る前に既に作り終わっていたらしく、温め直して食卓へ運ぶだけだった。


「凄いな、どれも美味しそうだ」

「ありがとうございます」


 食卓に並べられた料理を見れば、どれもレストランで出てきそうなほど見栄えもよく、美味しそうな匂いも相まって、食欲をそそられる。


「そういえばケーキはどうする?」

「そうですね、食後に食べようかなと思ってたのでそれまで冷蔵庫でいいんじゃないですか?」

「だな、そうするか」


 そうして準備が終わったので席に着き


「「いただきます」」


 と、合掌する。

 どれをとってみても美味しそうで、何から食べるか迷ったが、ローストビーフから頂くことにした。


「美味っ」


 思わず声が出てしまうくらい、肉の旨みが閉じ込められていて、噛めば噛むほど味が出てくる。また、香ばしい焼き色がついているにも関わらず、肉の内部は溶けるように柔らかった。


 その後も、ムニエル、ロールキャベツ、ミネストローネなども口にしていったが、どれも美味しかった。

 見た目もそうだが、味も舌に馴染むし、とても繊細に作られているのが分かる。

 食べるたびに感想が口から出てしまうため、冬月さんは時折恥ずかしそうにする事もあったのだが、満更でも無さそうだった。


「それにしても美味しそうに食べるんですね」

「そりゃ美味しいからな。美味しいものにはきちんと賞賛の意を込めるべきだろ」

「そんなこと言える男の人、なかなかいないですよ」

「どうだか。案外、いそうなもんだけどな」

「そういう事にしておきましょうかね」

「それにしても作るの大変だっただろ」

「いえ、そうでも無いですよ。いつもしている事に一手間加えるだけなので」

「だとしてもこれだけのものを日常的に作れる冬月さんは凄いと思う」

「ありがとうございます」

「これを日常的に食べられる家族が羨ましいよ」


 そう言葉を溢した瞬間、彼女の顔から笑顔が消え、とても悲しそうな顔に変わった。


「両親は、いつも帰って来ないんです」

「両親が帰って来ない?」

「仕事が忙しいみたいで、帰ってくることは滅多に無いんです」

「そうだったのか・・・」

「はい・・・なのでいつも一人で過ごしていました」

「帰ってくることはあったのか・・・?」

「あるといえばあります。ただ、夜遅くに帰ってきて、早朝には出かけてしまうので・・・」

「なるほどなぁ・・・」

「それで、一ヶ月前に、ダメ元でクリスマスくらいは一緒に過ごしたいってわがままを言ったんです。そしたら両親から24日の夕方と25日の午前中なら大丈夫と言われたんです。その時は凄く嬉しかったんです。久しぶりに両親とゆっくり過ごせるんだって。クリスマスケーキも予約して、昨日から仕込みもして料理も沢山作って」


 でも、と一言置いて、


19時7時頃、父から『帰れなくなった、母さんと過ごして』、その数分後に母からも同じような連絡が来てしまって・・・」


 だんだんと彼女の声は震え始め、今にも壊れてしまうのでは無いかと思うほどに、目元に涙が溜まっていた。


「ずっと、楽しみにしてたんです・・・。自分でもびっくりするくらい料理も作ったし、部屋も綺麗にして、久々に一緒にゆっくり過ごせると思ってたんです・・・」

「だけど、仕事が立て込んで、帰れないって言われて、またひとりぼっちなんだって・・・。仕事も大事なのは分かるんです・・・。だから、行き場のない怒りや悲しみをどうする事もできなくて・・・」


 俺は静かに席を立って彼女のそばに歩み寄り───その華奢な身体を抱き寄せる。


「せ、先輩!?」

「辛かったよな、悲しかったよな、寂しかったよな」

「───っ」


 できる限り、彼女に寄り添った言葉を投げる。


「両親に会いたくて、両親のために色々準備して」

「───」


 ゆっくりと、慎重に言葉を掛けていく


「でも、会えなくなって、怒りたくても怒れなくて、遣る瀬無くやるせなくなって」


 そして、その言葉を紡ぎ出す。


「頑張ったな、結衣ゆい


 瞬間、緊張が緩み、溜め込んでたダムが決壊した。


「───私っ!がん、ばったん、ですっ・・・!料理も、たくさん作っ、て、おとっ、さんとおかあさ、んに喜んで、ほしっ、かったのにっ・・・!なんっ、で、仕事、はいっちゃ、うんですかっ・・・!」


 嗚咽と共に吐き出される本音。ただただ彼女の頭を撫でながら、静かに受け止めていく。


「クリスっ、マスだけでもっ、いっ、っしょに過ごっ、せると思っ、たのにっ・・・!これっじゃ、何のためにが、んばったっ、のか分からなっ、いじゃないでっ、すかっ・・・!」


 その言葉を皮切りに、彼女は声を出して涙を流し始めた。


 大学生とはいえ、期待を裏切られるのはかなりショックだろう。それが家族なら猶更だ。

 相当、彼女は無理をしていたのだろう。必死に寂しさとストレスを押し殺して、自分の弱さから目を背け続け、偽りの自分を演じ続けるために。

 だからこそ、限界を迎えてしまい、その反動が来てしまった。


 俺はゆっくりと彼女の高等部に手を回し、自分の胸に抱き寄せた。


「気が済むまで泣いていいから。落ち着いたらまた話そう」


 彼女は少しびっくりしたあとに小さく


「ありがとうございます」


 と言って、俺の胸に身を委ね、また、静かに泣き始めた。

 そうして彼女が落ち着くまで、彼女の背中を優しくさするのだった。


 彼女が泣き止んだのはそれから10分経ってからだった。


「すみません、お見苦しいところを見せてしまって。それと、胸も、貸してくれてありがとうございました」

「気にしなくていいよ。それで落ち着けたのなら」

「ありがとうございます。でも服、濡れちゃいましたよね」

「あー、まぁそうだな。けど本当気にしなくていいよ。まずまず勝手に抱き寄せたのは俺なわけだしな。」

「まぁでも、嫌じゃありませんでしたし。それより、そのままだと風邪引くでしょうし、お風呂入ってきてください」

「その間冬月さんはどうするんだ?」

「ご飯冷めちゃったので、温めなおしてきます」

「そうか。それじゃあお言葉に甘えて入ってくるよ」

「はい、いってらっしゃい」


流されるままに、脱衣所に向かうのだった。


 そうして、冬月さんが持ってきてくれた父親の下着と部屋着を借り、またリビングへ戻っていくと、彼女はなぜかかしこまった様子で椅子に座っていた。


「えーっと、どうしたんだ?」

「いえ、先輩に話さないといけない事がありまして」

「そ、そうか。とりあえず服ありがとうな」

「いえ、それよりサイズ大丈夫でしたか?」

「あぁ、ぴったりだし、着心地がいい」

「なら良かったです」

「それで、話っていうのは?」

「えっと、さっき話したことの続きといえば続きなんですが、コンビニで先輩に会った時に先輩の事誘ったと思うんですけど・・・」

「もしかして『私のわがままに付き合わさせてしまって申し訳ない』とかか?」

「まぁ、そんなところです」


 どうやら漬け込んでしまったことを罪悪感に持っているらしい。


「はぁ、なんだそんな事か」

「そんなことかって、私は先輩を利用したんですよ・・・?」

「じゃあ逆に聞くが、俺は嫌々ここに来たとでも思ってるのか?」

「───っ!」

「俺がここまで付いてきたのはお前の笑顔が見たかったからだ。そりゃコンビニであの笑顔を見せられたらな。だからこそ、提案に応えた。ここまで言えば満足か?」

「な、なんで先輩はそんなさらっとそんなことが言えるんですか!」

「ん?何のことだ?」

「無自覚なんですか!?この天然たらし!?」

「だからなんでまた罵倒されてるんだよ・・・」

「先輩が悪いんですからね!?」

「えぇ・・・」


 まぁ彼女が無事元気になったということで、まぁ良かったのか?と勝手に納得したのだった。

 その後、中断された夕食を再開し、舌鼓を打ちながら料理を平らげていった。

 彼女の料理はやはり美味しく、食べる耽美に褒めるので、今度はちょっと居心地悪そうにしていた。頬はほんのり桃色に染まっていたが。


「そろそろ時間もいいところですしデザートにしましょうか」

「そうだな。って言っても、中身知らんけど」

「ブッシュドノエルです。たまたま見つけたので予約したんですよ」

「なるほどな」

「とりあえずお皿取ってくるので冷蔵庫から出してくれますか?」

「分かった。二段目の奥だったか?」

「そうです。お願いしますね」


 そうしてテーブルの上には薪に見立てたチョコレートクリームに覆われたノエルと、ガラス製の四角いケーキ皿が並べられた。

 そうして、二切れだけ切り取って、それぞれのケーキ皿へ乗せる。


「それじゃあ、頂きましょうか」

「あぁ、頂きます」

「頂きます」


 フォークで一口サイズにし、口の中に入れる。すると途端にチョコレートの甘味と程よい柔らかさのスポンジが絶妙のバランスでマッチし、口の中で溶けてく。

 彼女の方を見れば、やはり美味しいのか、とろけたような可愛いらしい表情で溢れていた。

 と、ふと彼女がこちらの目線に気が付いたのか、


「なんですか?欲しいんですか?」


 と言うので、自分の分も残っていることもあり、大丈夫だよ、と断ろうとすると、目の前にフォークが迫ってきていた。


「えっと、何の真似・・・?」

「これはその、あーん?ていうものですよ」

「いやそれは見たらわかるんだが、なんで・・・?」

「なんか欲しそうにしていたので」

「そういうつもりじゃなかったんだがな・・・」


 ここで「食べてる姿が愛おしくて思わず見入ってた」なんて言った日にはドン引きされるのでやんわりと濁したのだが、


「食べないんですか。折角あーんしてる女の子が目の前にいるのに」

「分かった、食べるから拗ねるのをやめてくれ」

「分かればいいんです」


 この年になって一つ下の女の子からあーんをされるという羞恥プレイ?をさせられながらフォークの先に刺さっているスポンジケーキを口に入れる。

 正直緊張であんまり味が分からなかった。同じものを食べている筈なのに。


「そういえば先輩。ブッシュドノエルの語源って知ってますか?」

「いや、知らないな。何かあるのか?」

「そうですね、諸説はありますが、有名なのだと、貧しい青年が恋人にどうしてもプレゼントがしたいということで薪を送ったのが始まりらしいですよ」

「っ!おまっ、あんまりそういうことするのやめた方がいいぞ・・・勘違いされかねんぞ」

「いいですよ先輩なら」

「えっ・・・ごめんもっかい言ってもらってもいいか、理解が追い付いてない」

「だから、私、先輩の事、好き・・・ですよ」


 そういって、顔を背けながら頬を赤らめる彼女。それを見て、流石に信じざるを得なくて。


「えっと、あり、がとうな」

「いえ・・・それより先輩。後輩にわざわざ言わせたんですから先輩も目を背けないでくださいよ?これでも私、かなり勇気出したので」

「そうだよな・・・」


 こうして好意を向けられて、直接好きと言われて、もう逃げることなんて許されないのだ。

 だからこそ、言わなければならない。応えなければいけないのだ。新しい一歩を踏み出すためにも。

 そして、言葉を、紡ぐ


「そのさ、俺ってあんまり恋愛ってよくわかんなかったんだよ。だけどさ、こうして大学以外で会ってさ、家に来て、一緒にこうして話したり食事したりしてさ。途中色々ハプニングとかあったけど、意外な一面知れたし、こうやって笑顔とか向けられてさ」

「そうですね、あの時は迷惑かけちゃいましたね」

「いや、いいんだ。家庭の事情とか、意外と寂しがりやなところも知れたし、なにより、護りたいなって、支えたいなって思っちゃったんだ。こうやってたった数時間過ごしただけだが、これからも守っていきたい、そばに居たいって思ったんだ」


だから、と一度置いて

───二度と寂しい思いをさせないように

───二度と悲しませないように

そうして、その言葉を、。大事な人のために、紡ぐ


「結衣、俺と、付き合ってくれるか?」

「はい、喜んで」


そうしてお互いに見つめ合い、静かにそっと、口づけを交わした。


日付が変わることを告げる鐘が、二人を祝福するかのように鳴り響く。


愛し合ってする彼女とのキスは、チョコレートのように甘かった。

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