僕の友達

「あ、邪魔してごめんね」


彼女は遠目に僕の絵を観察して、言った。


「私、描こうか? よければだけど」


 山下たちの顔が輝いた。


「まじか!」

「おお……」

「え、それは、ねえ? ぜひ……」


山下が僕の絵を素早くつまみ上げて、四之宮さんの前に掲げた。


「これの、クオリティ高いバージョンをお願いします」

「うん、りょーかい」


僕は何も言わなかった。


翌日、四之宮さんが持ってきたポスターを見て、三人は色めき立った。

「さすが美術部!」

「元だけどねー」


落ちていく日が、教室の窓を覗き込むようにして、黄色い光を差し込んでいた。


美術部は人数不足で活動がなくなったらしい。

「もしよかったら、仲間に入れてほしいなー、なんて」


僕は半歩下がったところで、なんとか表向きにこやかな表情を貼り付けながら、襲い来る感情と戦っていた。

「無事、ポスター完成だ」

山下が言って、チームは役目を終えた。温かい拍手が起こった。


僕は四之宮さんの顔をこっそり見上げた。しかし、逆光になってよく見えなかった。「友達」が、彼女の後ろから顔を出した。


それまでも、ずっと、ずっと、「友達」は僕の視界に、いつだって必ず姿を見せ続けていたのだ。しかし、そのときのやつは、今までにないほど強い光を放っていた。


「どけよ……」

僕は言った。しかし、「友達」はじっと立って、両手を広げている。


みんなの拍手がぴたりと止んだ。


「邪魔なんだよ……ずっと」


震えて小さな声だったが、山下たちはそれに驚いて僕を振り返った。机の上に四之宮さんのポスターがあった。僕は、絵を見ようと半歩、近付いた。しかし、「友達」が伸ばした手から放たれる強い光によって、絵を見ることはかなわなかった。


「どいてよ!」


自分が出した大きな声に、僕ははっとして周りを見た。まぶしい「友達」がまとわりつく視界の中で、クラスメイトたちがじりじりと後ずさっていくのが分かった。


僕は両手を伸ばし、絵をそっと持ち上げて、まっすぐ顔の前に掲げてみた。「友達」は、僕の後ろに回り込んだ。おかげで今度こそよく見えた。素晴らしいイラストだ。


四之宮さんの方を向いた。ちゃんと顔を見られたのは初めてだと思った。


四之宮さんが何かを言った。しかし、その声すら光にかき消されてしまったかのように、僕にはもはや届かなかった。


その場を飛び出して僕が向かった先は、数日前、「友達」が思いに耽っていたあの曲がり角だった。僕は「友達」がしていたのとまったく同じ姿勢で、影の中に座り込んだ。目を閉じると、瞼の裏には光跡のように、四之宮さんの顔が現れる。


描き直された絵は、僕なんか比べ物にならないくらい素晴らしかったし、四之宮さんは、僕なんかが関わるのもおかしいくらい、かわいくて、いい匂いがした。


ゆっくりと瞼を開けると、僕の前には光の塊が、両手を広げて立っていた。僕を待っていた。強くて、鋭くて、まぶしいなと思った。でも、この光がずっと、僕を守ってくれていたんだ。僕は立ち上がり、「友達」の胸の中に身を預けた。「友達」は僕をしっかりと抱きしめてくれた。僕は決して目を閉じなかった。僕を包むその優しい光から、ずっと目を離さないでいた。何も見えなくなるまで、ずっと。

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僕が失明するまでの話 古成おこな @furunari

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