時速0キロメートル

清水らくは

時速0キロメートル

 窓の外には、白い景色が広がっていた。降り続ける雪はやむ様子がない。

「もう、かなわんねえ」

 母が、吐き捨てるようにそう言う。

「ほんまになあ」

 父も同意する。ちなみにもう、ハンドルは握っていない。

 予想外の積雪は、僕らの行く手を阻んでいる。。この辺りはめったに雪が降ることはなく、積もるとなると数年ぶりになるはずだという。北国の人は笑うかもしれないが、僕らは雪への備えが全くない。

「これ、着けるんかなあ」

 僕も、いちおう気だるそうに言う。内心を悟られたらきっと怒られる。

若桜わかさ、そう言う割に焦っとらんな」

 が、母にはお見通しだったようだ。さすが僕の製造者。

「なんかな、ちょっと、わくわくする」

「これやから子供は。昔から雪見たらはしゃいでな。けど、そんな場合ちゃうで」

「そやけどあれや、好きな映画に似てるんや」

「はあ?」

 僕は後部座席の方から身を乗り出して、父の顔を覗いた。

「なあ、今秒速何センチや?」

「はあ? そんなん計る奴おらんで」

「いやでも聞きたいねん」

「秒で、センチやろ。時速が60と60で、センチは……1キロは何センチやねん!」

 父が頭をかきむしる様子を、母は冷めた目で見ている。

「そんなもん、動いとらんのやから0に決まっとるやろ。秒速ゼロセンチメートルや」

「そんな! 何とか5にならんか?」

「そんなん見たらわかるやろ。毎秒5センチだけ動くんも怖いわ」

 確かにそうだ。ただ、今が0でも後から計算したら5かもしれない。

「ちょっと期待しとこ」

「なんやのそれ。5センチ動いても着かんで」

「いや、好きな映画にあんねん。雪が降って電車が遅れるんや。でも会いたいからずっと頑張って前に進むんや。なあ、ばあちゃんは駅の待合室で待ってたりするんかな」

 母は僕にも冷めた目を向けた。

「車で向かうのにそんなわけないやろ。さっき遅れるてラインしたから、今頃こたつのお守りや」

「ええ……」

 僕は、いつかあの映画にあるシーンに遭遇したいと思って生きてきた。けれども、会いに行く子もいなければ、電車で遠出することもなかった。それが、なんか似た感じになっているのだ。こう、もう少し近づけないか。

「なあ、二人は若い頃サーフィンしてたりせん?」

「するかいな。お父さんはだいたいパチンコしてたわ」

「1000回メールしても心が近づけへんって文句言ったことはあるやろ?」

「パチンコしとるときは何回送っても返事ないわ。ちゃんとせんかい! とはなんども言うた」

「もう俺のことはええやろ。はあ、何度見ても時速ゼロキロメートルや」

 父が切れた。全然映画みたいな話にはならない。

 家族は、三人ともため息をついた。



(注)若桜君は何かを勘違いしています。

 

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時速0キロメートル 清水らくは @shimizurakuha

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