粉雪
八万
メリークリスマスをもう一度
吐く息が白い。
ふと夜空を見上げると灰色の雲が覆っている。
ベンチに座る僕の膝の上には、ショートケーキが二つ入った紙の箱。
今日はクリスマスイブだ。
僕の前を恋人同士が幸せそうに笑いながら通り過ぎる。
気づくと足元が冷えていて身震いする。
どれくらい待っただろうか。
腕時計を見ると、もうじき午前零時に差し掛かろうとしている。
そのとき腕時計に白いものが付着し水滴へと変わる。
「粉雪か……」
外灯に照らされた地面がうっすらと雪化粧を始め白く輝く。
僕は昨年のクリスマスイブの日のことを思い出した。
その日、僕と彼女は約束をしていた。
クリスマスを一緒に過ごそうと。
僕は会社帰りに、人気のケーキ店で彼女の大好きなショートケーキを二つ買い、待ち合わせの公園で、寒さに震えながら待っていた。
しかし、約束の時間になっても現れず、こちらからの電話もメールも返ってこなかった。
日付が変わってしまい、さすがに僕は頭にきて帰ろうとした時、一通のメールが届いた。
そこには、こう打たれていた。
『ごめんなさい めりーくりす』
と。
その時の僕は、彼女に新しい男でも出来て、振られたと思い数日間食事もろくに喉を通らなかった。。
彼女は優しくて、彼女といると楽しくて、将来も真剣に考えていた。
それなのに……。
そんなある日の夜、一通のメールが届いた。
彼女からだ。
その時、なぜか妙な胸騒ぎがした。
メールにはこう書かれていた。
『突然申し訳ございません。小雪の母親です。最後の送信が貴方様だったので御連絡をと思いまして。小雪は先日の25日明け方に亡くなりました。24日夜、交通事故で病院に運ばれ奇跡的に一時意識を取り戻したものの……』
僕は目の前が歪み途中で読めなくなった。
それから一年が経過し、僕は彼女と待ち合わせをした公園へ再び訪れたのだ。
腕時計を見ると、いつの間にか零時を回っていた。
粉雪はより強くなっていて、ケーキ箱を持つ手がかじかんで赤くなっている。
「せっかくだから、一緒に食べようか」
僕はショートケーキを一つ取り出し、もう一つ入った箱を僕の横にそっと置くと、彼女が隣でほほ笑んでいる気がした。
「メリークリスマス」
昨年彼女に言えなかったその言葉をようやく僕は口にする事ができた。
これで僕は彼女との楽しかった思い出を心の中に大事に仕舞い、新たな一歩を踏み出せる気がした。
そんな時、どこからか小さな声が聞こえた。
耳を澄ますとベンチの下から聞こえてくるので、覗くと仔猫が一匹寒そうに体を丸めてミャアミャアと鳴いていた。
抱き上げて見ると、その仔猫はまるで雪のように真っ白で、目の印象が誰かに似ている気がした。
「食べるかい?」
僕は、苺に付いたクリームを拭いてから、膝の上に抱えた仔猫にあげると、ペロペロかわいらしく舐めた後、美味しそうに食べてくれた。
その数年後――僕は温かな家庭を持つことができた。
もちろん、あの日出会った白い仔猫もすっかり元気に大きく育って家族の一員だ。
今日はクリスマスイブ。
「コユキ、いちご食べるかい?」
「みゃぁ」
コユキは僕の膝の上に乗ると、出会ったあの日のようにおいしそうに苺を食べる。
「あなた、お外、雪が降ってきたみたいよ」
「ほんとだ、粉雪だな」
「みゃぁみゃぁ」
きっとコユキは福をもたらす招き猫にちがいない。
「メリークリスマス」
僕はコユキを胸に抱いて、白い耳元にそう
この日のコユキはいつも以上に僕に甘えて、ずっと側を離れようとしなかった。
粉雪 八万 @itou999
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