蛇の代わりに寒空を歩く

長月瓦礫

蛇の代わりに寒空を歩く


蛇につま先はない。

つま先は爪の先と漢字で書くからだ。

蛇に手足はないから、爪はない。


「それでも寒いもんは寒いのよ〜」


得意げに語りながら、峰子さんは俺のマフラーと一緒に巻かれている。ニョロニョロ首に巻きつき、遊んでいる。


俺は両手に福袋を下げ、街を歩く。

俺が彼女の足になって、店を回る。


福袋はすべて彼女が予約したものだ。

代わりに受け取るだけの楽な仕事だ


「そこの店で一旦休憩ねー。お疲れ様ー」


いくつも行列を並び、待つだけで疲れてしまった。喫茶店に入り、ようやく一息ついた。


蛇は変温動物だから、寒さに弱い。

冬は冬眠する季節だが、それだと生活できない。

俺みたいなどうしようもない奴を見つけて、冬を超えて、春になったらペロリと食べてしまうらしい。

まあ、どうしようもない奴が一人いなくなったところで、誰も気にしないだろう。


荷物を足下に、蛇とマフラーをテーブルに置く。

人目を盗んで、人間になる。


ハイネックのセーターにカーディガン、蛇らしく体は細く長い。髪をかんざしでまとめている。ヒールのおまけ付きだから、余裕で俺の身長なんか超えてしまう。


ところどころ隠し切れていない鱗が綺麗だと思う。人間じゃないんだなって思わせられる。


お互いに好きなものを頼んで待つ。

店員さんからはどう見られているのだろうか。


「アンタ今、身長いくつなんだっけ」


「……170? いや、175? 覚えてないけどそんなもんじゃない」


「で、今年で16か。

もうちょっと大きくなるかもねえ。

アタシより大きくなったらどうしましょうか」


ニヤと笑って、俺の頭をがしゃがしゃと撫でる。


「何でそんなに気にするの」


「だって、今くらいがちょうどいいんだもん。

見上げるでもなく見下ろすでもなく、まっすぐ見られるっていうかさ。

多分だけど、そういう人がいたほうがいいと思うのよねえ」


言っている意味がよく分からない。

頭を撫でる人は多いけど、手つきがそれぞれ違う。彼女は雑なほうだ。


「アタシにもよく分からないんだけど。

不思議なもんで、アンタにはそうさせる何かがあるのよねえ。

いつもなら、そこらへんに寝転がってるオッサン捕まえてるんだけど……」


「気持ち悪いなあ。今まで何人食べたの?」


「どうしようもない奴の数なんて気にするの?

嫉妬してるんだ、可愛い〜」


「そんなんじゃないって……」


すぐに茶化して、話を逸らす。

かと思えば、手を組んでまっすぐに見据える。

蛇に睨まれる。


「多分、アナタがまちがっていると思っているものと社会のそれは大して変わらないから、大丈夫だと思うんだけど」


「気持ち悪いって言ったの、気にしてる?」


「そりゃ、こんな蛇ババアと一緒にいる未成年なんてどう考えてもアウトでしょ」


「ババアの自覚はあるんだね」


「伊達に蛇人間やってないからね!

ババアの年齢なんてとっくに超えたわよ!」


からっと笑う。

人間だった頃に蛇になる呪いをかけられ、数え忘れて数百年は経ったらしい。

割とすぐに諦めて蛇の生活を満喫し、呪いをかけた人間が死んだおかげで少しずつ人間に戻っている。


少し人間に戻った時、念願だったバーを開いて、似たような人を助けたり、屑を食べたりして、どうにかしぶとく生き抜いている。


ただ、あまりにも怨みが強いから、完全に戻るにはまだまだ時間がかかるとのことだ。


「今年中に嫌なものは全部消えるから、片付いたらまた遊びにおいで。店は開けとくから」


「嫌なもの?」


「で、空いた隙間におもしろい人たちが入ってくるから。そっちを大事にしなさいね」


自分を嫌なもののうちにカウントしないのか。


まあ、怖いことをする人ではないし、今日みたいに外に連れて行ってくれる。

先に買うものを決めているから、連れ回されてもそんなに嫌じゃない。

楽しそうな人だと思う。


「嫌なものって何?」


「アナタにそんな顔をさせる人!

誰だか知らないけど怖い人ね。

お気楽に生きられないんでしょ、その人がいると」


「……俺はまだ何も言ってないんだけど」


「いきなり作り笑いされたら、誰だって分かるわよ。アタシは嫌ねえ、そんな人。

多分、自分のことしか考えてないんでしょ?」


ぴたりと言い当てられる。

顔を思い出すだけでも緊張するから、気楽とは程遠い存在かもしれない。

今もそうだ。

その人のために言い訳を考えている。


「もう! そんな顔しないでよ!

ゴミ捨てと一緒! 真っ先に捨てちゃいなさい! ポイっとね!」


ほっぺを限界まで引っ張られ、現実に戻される。

ぶった切ってくれる人はそうそういない。


「そんなに嫌なら、食べちゃおっか?」


「美味しくないよ、多分」


「そうね! きっと心がドロドロしてるから喉に詰まっちゃうかも!」


またそうやって笑い飛ばしてくれるから、つられて笑ってしまう。

だから、嫌じゃないのかもしれない。

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