這いずって、新世界。
イソラズ
第1話 『漠熱に抱かれて』
「えぇ·····、えぇ。
自分の大腸で、首を吊っていたと。
·····カーテンを閉め切った暗いリビングで。
下半身がひどい事になってて、見せられないって刑事さんが。」
深い皺に囲まれた口元が、小さく動いて言葉を発した。
老婆と呼んで差し支えない年齢の白髪の女性が、変哲もない部屋のテーブルに座っている。
それと対照になるように、一人の青年が椅子に座った。
青年は、四角い録音機が握った手をテーブルの上に乗せ、老婆へと話を促した。
「·····まぁ、首を吊った、というか、吊らされたと伝えられて、あんまりにも急なもんだから、わたしは·····」
無表情な顔とセリフには不釣り合いな、存外に落ち着いた声で老婆は話し始めた。
新暦504/03/27 ― 12:04。
近隣住民によると、『昨夜の11時過ぎに、被害者男性の自宅周辺から、ケレブラムの攻撃音のような音が聞こえた』としており、統括安全庁(統安)は殺人事件として調査を進めている。
この事件は、現在危険視されている連続殺人犯〝
◇◇◇
ガチャリ、と重い音を立てて、青年の背後でドアが閉まった。
ここは白金地区六番地に立つマンションの十三階であり、青年は今まさに、その一室から出てきたところだ。
部屋に入った時とは違い、高く登った日が街に光を注いでいた。
パノラマみたいな青い空と朝の蜃気楼の中、天まで届くかのような超高層ビルの群れがギラギラと銀光を放っている様子をちらりと見て、青年はエレベーターへ乗り込んだ。
現実味のない光に包まれた街の景色が、今しがた聞いた陰鬱で凄惨な話の現場であるという事実が、青年の中ではどうにも噛み合わなかった。
「·····」
短髪の似合う、猫のような目をしたその青年は、取材の成果である録音機をポケットの中でこねくり回しながら、一階のボタンを押した。
やがてマンションの駐車場へと降りた青年は、停めてあった黒塗りの二輪車に跨り、キーを挿した。
重低音が響き、現代では珍しくなった排気ガス系の車体が起動する。
やや古めの車種で、排気ガスと電気エネルギーをミックスしたエンジンを採用している二輪車だ。
漆塗りのような漆黒の車体を横切るように、起動を知らせる蛍光色の緑の線が車体に浮かび上がる。
青年はバイクに飛び乗って、アクセルを踏み切って走り出した。
駐車場の日陰から飛び出すと、春の険しい太陽熱気の支配する世界が広がっていた。
青年は他の車両の隙間をすり抜け、
·····二十数年前を境に、国の中心を走る超高速列車による移動が一般的となったためか、都市間を繋ぐ
そういった背景が見た目でわかるほど、ネオンの浮び上がる道路には、車両が少なかった。
『この先12km、
文字だけが浮かんでいるように見える透明な看板を確認し、青年は二輪車を加速させた。
緑色の残光が尾を引いて、緩やかなカーブを曲がりながらトンネルに入る。
オレンジ色の光に照らされたトンネルを抜けると、視界が一気に広がった。
真っ青な空の下、
先程マンションで見た時よりも立体的であったが、やはり蜃気楼か幻か何かのように、街は妖しい光を反射していた。
巨大な紙芝居のように、道路の柵の上を旋回するその景色を横目に、青年は自身の住処のある地区へと入った。
·····
【蔵馬】
青年について話す前に、まずはこの話の舞台である
剱賀国とは、隕石のクレーター痕に海水が入り込んでできた内海(剱賀内海)を囲むように作られた、ドーナツ状の都市群である。
人口は四千万人ほどで、
この壁は、波害や海風を防ぐ様に内海側に一枚。広大な砂漠が広がる陸からの砂害を防ぐために大陸側に一枚、立てられている。
それぞれが、地形に沿って円を描いており、上空から見れば二重丸のような構造になっている。
その二枚の板の間が内地であり、政府によって完璧に管理された未来都市が存在する。
無論、世界は外にも広がっており、大陸側の壁の外には、その縁に沿うように、旧都市的な街が多数存在している。
砂漠と壁に面したそれらの街は〝旧街群〟と呼ばれ、内地ほど法律が力を持たない場合が多く、未来都市に留まることができずに政府の手から逃げてきた者なども多い。
無論、全部が全部そうではないものの、逮捕率99%以上を誇る内地とは、その治安を比べるまでもない。
そのような旧都市街から内地に入るには、体に認証チップを埋め込み、パスポートを作る必要がある。
内地は出入りする者を詳しく把握し、常に高い水準で治安を守っているからだ。
壁の中と外、二種類の地域を合わせた剱賀国は、さらに九の地区から構成されており、青年が老婆の取材に訪れた
九つの都市の中で、壁外にあるのはただ一つ〝
内地の中央には、この八つを30分程で行き来できる超高速列車が走っており、現在では人々の主な移動手段となっている。
首都は
建国502年を誇る、世界最古にして最先端の先進国である。
這いずって、新世界。 イソラズ @Sanddiver
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。這いずって、新世界。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます