雪よ、降ってくれ
麻木香豆
⛄️
「たいぞー、聞いてる?」
「あ、わりぃ。聞いてなかった」
「もぉっ、たいぞー先生、ちゃんと話聞いてよ」
ファミレスのテーブルに広げられたノートと参考書。
目の前でペンを握る莉花は、頬を膨らませて俺を睨んでいる。
今日は家庭教師のバイト。だけど生徒はただの生徒じゃない。年下で幼馴染の莉花だ。
「悪い悪い、でもほら、分数の約分なんて中学でやっただろ? 簡単じゃん」
「簡単じゃないもん。だから教えてもらってるの!」
「お前、国語なら学年トップだったのに、数学だとこれかよ」
「たいぞー、バカにしてる?」
「あー、してるしてる」
ぷくっと膨れた莉花の頬に思わず笑いそうになるのをこらえながら、俺はペンを手に取った。
俺は大学2年生。家庭教師のバイトをしている。莉花はその中でも、少し特別な生徒だ。
彼女は幼馴染で、親同士も仲良く、昔から何かと俺に頼ってくる。
本来なら料金を取るところだが、彼女には少しばかりの「特別ルール」がある。
「デザートでも頼んだら、ぼーっとしなくなるんじゃね?」
「なにそれっ。私、高いセット頼んであげたんだから、ちゃんと教えてよ」
「この日のためにバイトずらしてんだぞ。感謝しろよな」
「わかってますぅー」
莉花は受験勉強のために、毎週こうして俺を呼び出している。
家庭教師代わりに奢ってもらうランチ。それが俺たちの「報酬の代替」。
お互いにメリットがあるんだ。あ、今日は夕方だからディナーをご馳走してもらったからいつもよりも気合いは入れたいところ。
「ねぇ、たいぞー、受験ってどんな感じだった?」
「まあ、大変だったけど、終わるとあっけないもんだよ」
「ふーん。私、終わったらどうなるんだろう」
莉花がスプーンを弄びながらつぶやく。
「どうなるって?」
「なんだろうね……自由になるのかなぁ。やりたいこと、いっぱいできるのかなって」
彼女がふっと窓の外に視線を向けた。
街はすっかりクリスマスの装いで、イルミネーションが瞬いている。
「もうすぐクリスマスだね」
「ああ、そうだな」
ふと、懐かしい記憶が蘇る。
「たいぞー、そういえば昔、好きな人いるって言ってたよね?」
「……は?」
不意打ちの一言に、俺はペンを落としそうになる。
「わたしは覚えてるよ。誰だったの?」
「お前、そんなこと覚えてんの?」
「うん、だって気になったもん」
莉花の視線は真っ直ぐだ。
けど俺は、目を逸らして曖昧に笑うしかなかった。
「……まあ、結局何もなかったけどな」
「何もなかったって?」
「告白できずに終わったってことだよ」
俺の言葉に、莉花が少し驚いた顔をする。
「なんで告白しなかったの?」
「タイミングとか、いろいろあったんだよ。別に嫌いじゃないし」
いや、他にも理由があって……。
「ふーん。でもさ、まだ気になってるならクリスマスに雪降ったら、告白してみたら?」
「は?」
急に突拍子もないことを言い出した莉花に、俺は思わず声をあげる。
「神様頼み、ってやつ」
「雪が降ったら告白しろって?」
「そうそう。もし降らなかったら、まだそのときじゃないってこと」
莉花は笑うけど、その言葉にはどこか本気の響きがあった。
「雪、降るといいね」
彼女の笑顔を見ていると、俺の心は毎回揺さぶられる。だってあの時は……お前はまだ中学生で。今だってまだ18歳じゃないし、高校生だし、受験生だし。
でも想いを伝えるだけならいいよな? うん。
雪が降るだろうか。いや、降る。降らせるしかない。
「雪……降れ!」
心の中で、そう強く祈る俺がいた。
「明日、雨だって」
とスマホで天気予報を見て笑う彼女を見て俺はああっ、もう! って。
俺は振り回されてるのか。でもそれが……俺の心を……。
終
雪よ、降ってくれ 麻木香豆 @hacchi3dayo
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