3-2 日ノ本へ
今後どうするか港で考えていたら、大型の船が3隻あり、近くの人に聞くと日本へ行く交易船だったので、修行の辛さを日本を知ることで気を紛らわしていたので、知らない所に行くよりと思い、船に紛れ込んだそうだ。だが、途中で見つかってしまい、海に放り投げられる所を日本人に助けられた。この時に『竜(ロォン) 聡明(ツォンミィン)』と名前を名乗った。日本語ではソウメイと呼んでほしいと伝えた。
武術が使えると分かりそれが功を奏した。
それから福岡に到着するまで船員の手伝いなどをして夜に日本人に日本語を習い、武術の鍛錬もしたし、武士という人たちに日本刀という片刃の曲刀の使い方などを教えてもらった。この時に泰山派の剣法に取り入れることを考えたそうだ。
日本人たちに親切にしてもらい、まず、福岡に行き、2、3日休息ののちに堺という港町?まで交易品を運ぶというので京一屋治兵衛殿という商人に小間使いとして連れて行ってもらえることになった。
寧波から福岡まで20日、福岡に到着して、船の修繕を指示し、乗組員は休養するように言い、治兵衛殿に街に行こうと誘われ、街を見物して廻った。
日本の家は、皆、木造造りで中国と大分違った。その内、治兵衛殿が1軒の店に入って行った。その店は日本刀や鎧?が並べられており、治兵衛殿が気に入った日本刀が無いか聞いてきた。
そう言われ、見渡し、1本の刀を示すと治兵衛殿は、その刀を店の主人らしき人に渡し、これを買いたいと言った。
主人は、見る目がある。これは逸品で宋銭50貫だといった。
治兵衛殿は銭を渡し刀を受取り店をでた。
その刀をご先祖様に渡し、これから日ノ本で生きて行くには必要だと言ってくれた。
2日目は、食料品等を買うように指示し、その後は休み、3日目に堺へと船で出発した。
6日目の朝に堺港が見えてきたが灰燼に帰していた。
治兵衛殿やほかの者たちも唖然としていた。停泊出来ないので兵庫港へ行くことになった。昼過ぎぐらいにやっと停泊することが出来た。
治兵衛殿と御先祖様、そのほか3人が下船して、集まってきた者たちに堺港について聞くと大内が謀反を起こし、足利将軍との戦いがあり、足利将軍が勝ったとの事だ。
治兵衛殿は荷車や馬借を集めるように指示した。なかなか集まらなかったが何とか集め、交易品を乗せ換えて宿を探し、貸切りにした。
全部屋の中心部屋に交易品を集めその周りの部屋に皆を入れ交易品を交代で見張ることになった。もちろん、御先祖様も見張りに着いた。
次の日、京に向かって出発した。
町を出てしばらくすると戦に負けた落ち武者らしき者たち22、3人程が襲ってきたが、泰山派剣術の対多数に対応する技『風の舞』『流水の舞』を日本刀で初めて試し倒していった。怯んだところをほかの護衛たちが切り込んでいき4人ぐらい逃げ出したが、他の物は倒すことが出来た。こんなことが何回かあったが、ご先祖様は、日本刀はやっぱり良いと思ったそうだ。
ようやく8日目に京に着くことが出来た。そのまま治兵衛殿の店に行、直ぐに蔵に交易品を納め鍵をかけひと段落だ。
神の使徒の異世界放浪(文明改革)記 @rontaian
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