第2話

放課後、私は氣仙様の元を訪ねた。


「氣仙様、突然申し訳ございません。少しお時間を頂戴できますでしょうか」


氣仙様は少し驚いたようすだったけど、高篠様が近くにいないことが分かると了承してくれた。


人に聞かせられる話ではないため空き教室で話したいことを伝えると、椿も一緒に行くと言い、3人で移動することになった。


空き教室の扉を閉め、氣仙様に向かい合った私は、高篠様に言われたことを伝える。


「最近、高篠様のことを避けているようですが、理由を教えていただけないでしょうか?」


「……別に、避けてはいません」


「そうですか。では、明日の放課後、高篠様と会っていただけないでしょうか」


「え、……明日は、ちょっと用事があって……」


高篠様の予想通り、氣仙様はやはり誘いを断った。


「氣仙様、差し出がましいようで申し訳ございませんが、最近、他の生徒の間で広まっている噂をご存じですか?」


「噂?」


氣仙様がなんのことかわからない様子を見せたため、私は婚約破棄についてや、椿と氣仙様が付き合っているといった噂話を端的に話した。


「……氣仙様が高篠様のことを好いていないのであれば仕方がないことですが、このような噂話がもし学園外でも広まってしまったらお二人だけの問題では済まなくなります」


「私、そんな話が広まってるなんて知らなくて…」


「ですので、これ以上変な話が出ないように、高篠様には前と同じ態度で過ごしていただけませんか?護衛の分際でこんなことをお願いするのは大変恐縮ですが、私は氣仙様のことも心配なのです」


とりあえず伝えておくように言われたことは一通り伝えた。


もっとも、高篠様が本当に伝えたかったことは最後に言ったことで、他はそのための布石だろうけど。


氣仙様はしばらく黙った後、


「分かりました。高篠様には、これまでと同じように接するように…「駄目です」」


納得してもらえたかと思ったその時、これまで黙って私たちのやり取りを傍観していた椿が横から入ってきた。


「なんか、まるで櫻子が勝手にやってることみたいに言ってたけど、今の全部高篠様の差し金でしょ」


「……違います」


「嘘。高篠様にそう言って来いって言われたんでしょ。違う?」


「……」


「高篠様のせいでこうなってるって分かってるよな?それなのに、全部泉様のせいみたいな感じでよく言えるね」


椿は多分、ものすごく怒っている。


これまで喧嘩したことはあったけど、こんなに敵意を剝き出しに私をみる椿は初めてだった。


「あの、それは……」


「櫻子って、高篠様に言われたらなんでもするの?主人が間違ってることしてたら、それを止めるのもおれ達の役目なんじゃないの」


その通りだ。椿が言っていることは正しい。


私も本当の原因は高篠様のこれまでの言動だって分かってる。


主人を侮辱されたにも等しいことで椿が怒るのも当然だ。


でも、もしそれが反対の立場だったら、私は高篠様の目の前で、恋人である椿をそこまで怒るだろうか。


『うん!本当は氣仙様とその護衛である木崎くんが恋人同士みたいよ』

『氣仙様と木崎くんが校舎裏で抱き着いていたのを見たって子がいるんだって』


嫌な噂話が思い出される。


『それに、泉は彼に随分心を許しているみたいだし』


私と高篠様も幼いころから一緒にいるが、氣仙様と椿ほどではない。


椿みたいに主人を名前呼びしないし、高篠様もそれほど私に心を開いているとは思わない。あくまでも護衛と主人の関係を保っている。


「……たかが護衛の分際で、ご主人様がすることに口を出す方がおかしいよ」


気づくと、口が勝手に開いていた。


「大体、それを言うなら氣仙様が高篠様によそよそしい態度とるようになったのは椿の入れ知恵でしょ?」


「そうだけど、それは高篠様が――」


「そんなことしたら二人の仲がこれまでより悪くなるとか、変な噂が立つとか、普通に考えたら分かるよね?それとも、敢えてそうしたかった?」


噂を聞く前から、きっと私もどこかで思っていた。


でも、付き合っているのは私だからって、それを考えないように、都合の良い事実しか見ないようにしていただけ。


「本当は、氣仙様と高篠様が婚約破棄になるようにしたかったんじゃないの?そしたら、椿の大好きな氣仙様を独り占めできるもんね」


「は?それ、本気で言ってんの?」


「……」


「あ、そ……。わかった。もういい」


椿の冷たい視線が。声が。


心を突き刺す。


「泉様、もう行こう。櫻子の言うことは気にしないでいいから」


椿が氣仙様の手を掴み、扉を開けると私の方を振り向きもせず、ドアを力強く閉めた。


私だけ取り残され、ふっと喉から小さい笑い声が吐き出された。


「…ほんと、最低すぎ……」


視界がぼやける。


喉が段々と焼けるように熱くなるのを感じる。


「…っつ……っ」


高篠様に言われた通り伝えたのは、私が、椿と氣仙様の関係を少し疑うところがあったから。


命令されたふりをしながら、結局私は利己私欲のために動いていただけだ。


もし、高篠様と椿どちらかしか助けられない場面がきたら、私は椿を助ける。


でも、椿は私と氣仙様だったら、きっと氣仙様を選ぶんだろう。


それが護衛としては正しくて、当然のことだ。


ご主人様のことを第一に考えている椿からしたら、私はとっても浅ましくて忠誠心に欠けている人間だ。


こうやって仕事に私情を持ち込んで、椿はきっと私を軽蔑しただろう。


「自業自得」


口から少し零れた言葉は、一人だけ取り残された空間にやけに響いたように聞こえた。

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この恋は難しい 夜賀 響 @natu_hoshi

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