この恋は難しい
夜賀 響
第1話
「で、君は今度のダンスパーティーの相手は決まったの?」
「まあそれなりに申し込まれていますけど、一応婚約者であるあなたのために全て断ってるわよ」
「え、僕のことは気にしなくて良いのに。僕は他の子を誘うつもりでいたし」
「なっ!」
「でも君がわざわざ他の人の誘いを断っているのであれば申し訳ないし、僕でよければダンス相手になるよ」
その言葉に、目の前のご令嬢は目を見開き、怒りでブルブル震えている。
「……結構よ!いっておくけど、私は別にあなたと踊りたいわけじゃないわ。私も他の方とパーティーに行くからあなたもお好きにどうぞ!」
それだけ言い残して席を立ってしまった彼女。
その付き人である男は、こちらに軽くお辞儀をして彼女の後を追った。
「……高篠様、少しやりすぎですよ」
私がそう言うと、主人である
「みた?泉のあの怒った顔。真っ赤にしちゃってほんと可愛いよね」
「そんなこと思うのはあなただけです。氣仙様が気の毒です」
「泉はいじめがいがあるからね。本当は僕と踊りたかったのに強がってるとこも可愛い」
高篠様は周りの人からは紳士と言われるくらい優しいが、なぜか許嫁の
というか、きっと好きな子ほど意地悪したくなる小学生の男の子がやりがちなことを高校生になった今でも続けている。
「あんまりやりすぎると、本当に嫌われますよ」
「そうだね。だからパーティーではちゃんと泉を誘うよ。あ、泉が誰とパーティーに行くかは調べておいてね」
どうせパーティーで踊るなら最初から泉様を誘えばいいのに、と心の中で思いつつ「はい」とだけ返した。
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「それで氣仙様は誰と行くの?」
護衛術授業が終わった後、私は隣の席に座っている男に尋ねた。
「まだ決まってない。ってか、むしろ高篠様が誰と行くのかが気になってるっぽいけど」
ため息を吐きながらそう言うのは、氣仙様の護衛である
「そっか~。じゃあ決まったら教えてくれる?高篠様に教えないといけないから」
そう言うと、椿は少し黙って、「……無理」とだけ答えた。
「え、なんで?」
「泉様……泣いてたんだ。高篠様に意地悪言われるのはもう慣れてるけど、それでも許嫁だしダンスは誘ってくれるだろうってずっと楽しみにしてたから」
「……」
「だから、今回は高篠様の思い通りにはさせない。少し痛い目をみてもらう」
「椿の言うことは分かるけど、高篠様だって本当は氣仙様のこと好きなんだよ。少し愛情表現が歪ってだけで……」
「だから、今回はそれがやりすぎだってこと。いくら櫻子の頼みでも無理なものは無理」
じゃあ、と言って席を立った椿の腕を咄嗟に掴んだ。
「…あ、……あの、」
言葉に詰まる私に、椿は柔らかい笑みを浮かべて私の頭をなでた。
「櫻子に怒ってるんじゃないから。あくまでも高篠様の態度にだけ」
その優しい声色と言葉にホッとする。
「うん。うちのご主人様がごめんね」
「いいよ。あの二人に振り回されるこっちの身にもなってほしいよな」
ほんとそうだよ、と椿の言葉に頷きながら教科書とノートをまとめ、席を立つ。
「そういえば、櫻子はもうドレス準備したの?」
「うん!」
「どんなの?」
「それは当日のお楽しみ」
高篠様の護衛である私は、氣仙様の護衛である椿と実は恋人同士の関係だったりする。
高篠様と氣仙様がダンスパーティーに行くなら、当然その二人の護衛を務めている私たちも一緒に参加する。そして2人が一緒に踊っている間は、私たちは二人を見守りつつ、ゆっくり会話ができるため、私も密かにダンスパーティーを楽しみにしていた。
それなのに……。
ダンスパーティー当日。
結局この日まで氣仙様が誰をパートナーにしたかは不明なままで、朝から高篠様は期限が悪かった。
そしてパーティーに行ったものの、なんと氣仙様は最後まで現れなかった。
氣仙様が来ないということは、もちろん椿も来ていない。
私はがっかりしつつ、高篠様の機嫌をとるので1日を終えた。
次の日、高篠様は氣仙様に会うと「昨日はどうして来なかったのかな?」と聞いた。
氣仙様は、少し俯きながら「少し体調が優れなくて。でも、私が行かなくてもあなたには関係ないことでしょう」と、いつもより低いトーンで答えて、去って行ってしまった。
氣仙様の高篠様への態度は、それから変わった。
いつもであれば、高篠様を見かけると氣仙様の方からなんだかんだ言いながら近づいてきていたのが、それがない。
高篠様と目が合うと、パッと目を逸らして気づかなかったふりをしたり、声をかけても「ちょっと人と会う約束をしていて」とか「今急いでいて」と明らかに高篠様を避けているのがわかる。
それがここ半月ほど続いていて、さすがの高篠様も少し落ち込んでいる。
(みんなの前ではニコニコして普通に過ごしているから私にしかわからないけど)
最初は高篠様のこれまでの態度が招いたことだから自業自得だと思っていたけど、1か月ほど過ぎたころ、私にまでその被害が広がりつつあった。
『氣仙様と高篠様、婚約破棄になったって噂聞いた?』
『うん!本当は氣仙様とその護衛である木崎くんが恋人同士みたいよ』
『氣仙様と木崎くんが校舎裏で抱き着いていたのを見たって子がいるんだって』
『木崎くんみたいにカッコイイ人がずっと近くにいたら好きになっちゃうよね~』
耳に入ってくる噂話に、イライラが募る。
いや、椿は私の恋人なんですけど。
このところ、なぜか椿と氣仙様が付き合っているとか、好き同士とか、なぜかそんな噂が広がっていた。
「きみ、彼と別れたの?」
お昼を食べていた時、突然高篠様にそう尋ねられた私は「別れていません」とキッパリ否定した。
「だよね。やっぱりあれはデマか」
高篠様は私と椿の関係を一応知っている。
「当たり前じゃないですか。もしかして信じたんですか?」
「まさか。でも、彼がライバルになるとしたらかなり強敵だなと思って。くれぐれも別れないでね」
「別れるつもりはないですけど……高篠様がそんなに自信を無くすなんて珍しいですね」
「別に自信を無くしてるわけじゃない。ただ、彼女のあんな面倒くさい性格にずっと付き合っていけるのは僕か彼くらいでしょ?」
「(面倒くさい性格なのはあなたもでは?)」
「それに、泉は彼に随分心を許しているみたいだし」
その言葉に、胸がドクっと嫌な音がした。
「……そう、思いますか?」
「まあ、長年一緒にいたらそうなるのは仕方ないけどね」
「……」
「不安にさせたならごねんね。でも、彼が好きなのは君なんだから、自信もって」
「そんな適当な感じで言われても説得力に欠けますよ。ていうか、元々は高篠様の言動が原因でこんな状況になっているんですからね。…これからどうされるつもりですか?」
「そうだなぁ…」
高篠様はしばらく何か考えた後、ニヤッと笑みを浮かべて、こちらを見た。
…なんだか嫌な予感がする。
「君、泉のところに行ってきて」
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