003【カクウの存在】
警察署に連れていかれた。いつのまにかクチナシはどこかへ消えた。
その眼鏡にスーツの長身の男性は、八柱小太郎さん、と言うらしい。鈴鳴さんの部下だそうだ。
「で、不審者が入ってきた時どうしたのですか~?」
「えっと、し、信じてもらえないかもしれないんですけど、蛇が、助けてくれて」
「……今その蛇さん出てもらえます~?」
「出て、って……どこかに行っちゃったので……」
「名前があるなら、呼んだりすればいいんじゃないですか~?」
呼べば来てくれるのだろうか。どうなんだろう。試しに呼んでみることにした。
「クチナシ」
すると、私の足元から、にゅっと蛇が頭を出した。そのままするすると全身が出てきて、取調室の床に蛇が現れる。
「理織、なに?」
「あ、え、っと、この人が出てきて欲しいって」
「ふうん」
クチナシはとぐろを巻いて、頭を八柱さんの方に向ける。八柱さんは特に驚いた様子もなく、クチナシを見るとふむ、と顎に手をやる。
「大蛇のカクウだねえ~」
「……か、かくう?」
「うん、理織さんはあ~大蛇って知ってます~?」
「おろち……ヤマタノオロチのこと、でしたっけ」
「そうそう、よく知ってますねえ~、蛇の妖怪全般のことを指すんですけど~うわばみとも言いますねえ~」
酒飲みのことを言う言葉でもある。
「って、妖怪って……クチナシは妖怪なんですか?」
「ん~そうとも言うし言いませ~ん……カクウってそういうあやふやな感じなので~」
「……その、かくうって言うのは」
「人の傍で、人の感情を食べて生きる、人ではない存在……ってえ言えば良いかな~」
八柱さんは私を見る。
「私にもねえ~カクウがいるんですよ~?」
「クチナシみたいな?」
「蛇さんではなくタコさんですがね~潮食~」
八柱さんの座っている足元から、ぬっと、人の手が出る。そのまま頭が出て、体が出て、足が出る。その姿は人間のように見えるが、目の瞳孔がタコのようになっている。
「誰がタコさんだと……?」
「あは、怒っていますねえ~」
「おめ~が言ったんだろ!」
八柱さんの足元から出てきたその存在は、八柱さんに掴みかかる。が、八柱さんはへらへらとしており、まともに取り合っていない。
「この子は
「あ? ……ったく……はじめまして、嬢ちゃん、俺は潮食……コイツのカクウ」
「あ、美澄理織です……あの、そのカクウって……誰か『の』って決まってるんですか?」
私の質問に八柱さんが答える。
「そうそう、人間一人につき一体だけカクウがいるんです~……つまり今の人口の数だけカクウがいるんですよお~」
「でも、私の周りの人は、カクウのことを知ってる人なんていませんよ?」
「そりゃあそうですよお~普通の人は気づかないんです~」
「気づかない……」
「はい~……身の回りで起きる不可思議な出来事を疑い、その原因を突き止めて、カクウの存在を知る者は、そんなに多くはないんですう~――君のように、人と協力しているカクウは、もっと少ないんですよお~?」
協力? 確かにクチナシは助けてくれたけど。
「カクウが人の言うことを聞くのは珍しいんですよ~大半がカクウの方が力が強いので~」
「ま、嬢ちゃんが呼んだのに応えた時点で、その蛇と嬢ちゃんは協力関係に近いところにあるってことだな」
八柱さんの説明に、潮食さんが補足する。八柱さんは笑顔を崩さないまま言う。
「理織さんはカフカになったということですねえ~」
「……かふか?」
「ええ、カフカ……カクウと協力関係にある者をカフカと呼びます~で、事情は分かったので、ここからは警察からのお願いですう~」
八柱さんはにっこにこで告げる。
「警察のお仕事を手伝ってもらえませんか~?」
「わ、私、働いたことないんですけど……」
「いや〜大丈夫ですよお~? これでも相応の報酬はありますしブラックじゃありませんし昇給もありますし~」
それは魅力的なのだが。
「おい、論点ズレてるぞ」
「あ、働いたことがないって言う話でしたねえ~? 大丈夫ですよ~みんな誰しもやったことがない時点があるのでえ~」
潮食さんがツッコミを入れ、話が戻る。初めての仕事が警察のお手伝いとは。
「とにかく、人手が足りないのが現状で~警察の人をカフカにするのより、カフカにお手伝いをさせた方が速いんですよ~なので、警察のお仕事を手伝ってもらいたいんですう~」
「お手伝い、くらいなら……」
「あは、交渉成立ですねえ~ありがとうございますう~」
八柱さんは何か書類に書き記す。私は先生のことが気になって八柱さんに尋ねた。
「あの、玄関に人が倒れていませんでしたか?」
「ああ、いましたねえ~大丈夫ですよ~病院に運ばれていますよ~」
それなら一安心、だが、頭を殴られているので安心しきることはできない。後でお見舞いをしよう。
「それでは、今日はもう帰っても大丈夫ですよ~……暗いので送っていきますねえ~」
「あ、ありがとう、ございます」
その後は、八柱さんが家まで送ってくれた。電話番号も交換した。自室は現場なため、ソファで寝ることにした。
なんだかすごいことになってしまった。
明日からどんな顔をして学校に行けばいいのか分からず、ソファの上で眠れずゴロゴロしていると、する、と足元からなにかが巻きつく感触があった。それは徐々に上がってきて、私の胸元までで止まる。
布団を少しめくると、クチナシがいた。
「ねむれない?」
「うん、クチナシはどうしたの?」
「こうしたかったから」
「そっか」
元から蛇は苦手ではない。しかしこうして懐かれているのを見ると、大型犬にも似た可愛さを感じる。
抜け殻を見て驚いたのは、噛まれるかもしれないからだ。安心できる距離感であれば、見ていたい動物ではある。
「理織、あったかい」
「そう?」
「うん」
クチナシの性格は心なしか幼く感じる。なんかちょっと可愛いかも……? 手を伸ばし、クチナシの頭を撫でると、クチナシはちろちろと舌を出す。
なんだか安心する。
そうしているうちに、眠くなってきた。
私は瞼を下ろす。
カクウ 最澄悠夏 @Summer1172
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