草食系男子

第7話 1/3


「ユウタさー、彼女さんって何してる人なの?」


「え、なんですか急に。

普通に大学の後輩ですよ。」


うわぁ、良い響き。

大学の後輩だって。


「そっかー。

いいなー、大学いってないからさー、合コンとかやったことない訳、俺。

偏見かもしれないけどさー、大学生なんて毎週そんな夢の催しがあるって聞くから、やっぱ憧れがある訳、俺。」


「いや、えぇ?

本当に偏見ですね。


僕はバイトをしていますし、音大って色々実技があるのでそんなに暇じゃないですよ?


…この間のクリスマスの時だって、本当に怒られてしまったんですから。」


「ちなみに彼女の楽器は?」


「フルートですね。

僕はピアノで、来年から選択できる作曲科に移る予定ですが…なんですか、その目は。」


悔しい。

涙が出そうだ。

フルート奏者なんて金持ちのお嬢様に決まっている!

多分可愛いんだろう。

見たことないけど、大学の後輩というプレミア感とフルート奏者の組み合わせは可愛いに決まっている。


「…羨ましい。」


ユウタはちょっとだけ引いた顔をして、洗い物を始めた。

大して洗い物もないのに。


今日は1月3日、暇で暇で仕方ないのだ。


ショウ君はシフト上休みでいないし、なぜか今日は紫色のドレッドヘアーになっている店長は、月代わりケーキの試作をしている。

1月なのでみかんを使ったケーキと、求肥で包んだケーキを作るらしい。

この店のケーキはあまり甘くなく、クリームも少な目な客層に合わせたあっさり目な物で、昼休みのサラリーマンや昼過ぎにくる年配のお客さんにも好評だ。


製作は店長が基本的にやっているが、ショウ君も教えてもらっているらしい。


コーヒーはサイフォン式とエスプレッソマシンがあり、ネルドリップでも昔は出していたらしいが、なくなったら補充という作業が苦手な仕入れ担当の店長が、ペーパーフィルターの補充を忘れることが頻発したのでやめてしまったらしい。


店の看板を見ると22年前からやっているらしい老舗だが、店長はどう見ても30歳前後にしか見えない。

8歳から店長な訳はないので、親御さんなんかがやっていたのかと思い聞いた事があるが、オープンから店長だったという。

ちなみに年齢も、一度数え損ねたら分からなくなってしまったとかで教えてくれない。


はぐらかされているのかマジで言っているのかも分からないのだ。


それでも優しい店長なのでなんの不満もないのだけれども。


「二人とも〜、ケーキ置いてあるから休憩の時食べて感想頂戴ね。」


そう言いながら事務所へ帰って行く店長。

…ケーキくれるのか…大好き!


「先入っていいですよ、ちょうど昼時ですけど朝食べたの遅くて、僕はお腹空いてないので。」


「あ、そう?

ちょっとだけ寝坊して朝食べてないから助かるわ。

何食おうかなぁ。

ナポリタンとかにしよっかな。」


「奢るから俺と飯にいこうよ。

タクミの件のお礼って事で。」


「マジっすか?

給料日前なんで助か………え?」


「…あ。」


いつの間にか現れは彼は、正直苦手な相手だ。


何かされた訳でも、威圧的な態度をされる訳ではない。

前に会った時はショウ君と一緒に居る時だったので、相対する事は無かったが、顔見知りと言っていいだろう。


大体いつも黒い細いパンツにグローバーオールのダッフルコートを着て、中にはやはりサッカーユニフォームを着ている。


リョウヘイ。


ユニフォーム達の親玉で、Trompe le Mondeというバンドのフロントマンだ。

何が苦手かというと、なんというか、強者という雰囲気がある。

ユニフォーム達の様子を見るとそれがカリスマ性といったものなのだろうが、苦手は苦手だ。

ステージを見た事はないが、普段は長い髪を下ろしており、それもあって表情も掴みにくい。


「何食いたい?

三が日だからどこもあんまり開いてないけどさ、何でもいいよ。

あ、チェーン店しか開いてなくて安く済みそうだから今日来た訳じゃねぇからな。

昨日知ったんだよ。

やっとタクミが退院して来たから。


アイツさぁ、正月を病室で過ごしたんだって。

知ってた?

病院にいても、クリスマスとか正月ってそれっぽいデザートついたりするんだよ。

小学校思い出すよなー。」


あ、変な人だ。



店長のケーキもあるし、他に客もいないので店で食う事にした。

金を出してもらう事で在庫とかに気兼ねなくナポリタンを食べる事ができる。

リョウヘイ君の分も出してくれるという事でケーキはサービスで、コーヒーとセットで1000円。


奢られる筋合いもないなぁという心持ちに丁度いい金額であろう。


「マジでありがとな、タクミを助けてくれて。

…マジで怪物になってたの?アイツ。」


「あ、そこまで聞いてるんすね。

マジっすね。

なんか、シルバーアクセサリーの塊みたいになってましたよ。


…俺の事も聞いているって事でいいっすよね。」


「ん?あぁ、シンゴも変身したって?

聞いてる聞いてる。


あー、マジなのか。


おもしれーな。」


「死ぬかと思いましたけどね。」


「ははは、聞いた聞いた。

タクミはただ栄養失調みたいな感じになってただけらしいし、今は問題ないんだけどさ…。

タクミの部屋に右手が落ちてたって聞いてる?


あれさ、やっぱタクミの手だったわ。

指紋がおんなじだった。


でもタクミには腕が生えてんのよ。

人智超えてるよなー。」


「あ、そうなんすか。

…変身したとき、俺も骨折してたの一瞬で治りましたからねぇ。

それと同じなのかな?


それ以来試してないから全然わかんないっすけど。」


「あー、そうなの。

じゃあ、タクミの栄養失調は右手を身体の栄養を無理矢理使って生やしたから、とかなのかな。」


「どうすかね。

21日から怪物化して、戻ったのが25日でその間飲まず食わずでしょ?

どっちが原因かわからないですよ。」


「たしかに。


そういえばさ、さっき話してたの聞いちゃったんだけど、シンゴって彼女欲しいの?

モテない訳では無さそうだけどなー。」


「…え?

あぁ、聞かれてたんすね。

いや、彼女欲しいっていうか…、ユウタ、もう一人の店員のね?

彼女が女子大生でフルート奏者で後輩なんですって。

そんな、カレーにハンバーグとカツ乗せちゃいましたみたいなの聞いたら、羨ましいって漏れちゃっただけですよ。


普通に働いてたら出会いもないじゃないっすか。

それだけっす。」


「はは。

なんだ、合コン開いてやろうかと思ったんだけど、別にいいか、それなら。」

「開いて欲しいに決まってるじゃないですか。」


「お、うん。

オッケー。


じゃあ代わりにさ、変な出来事慣れしてるシンゴにお願いあんだけどさ、弟が最近変なんだけど、それの調査頼むわ。」


「…ん?」


「いや、良かったよ、丁度いい報酬があって。

調査に金かかる様なら言ってくれよなー。

あ、これ弟の住所と鍵ね。

居ねーんだわ、家に。


もし場所分からなかったらショウやんが分かるから。

ありがとな、助かるよ。」


「…ん?」


「…弟だからさ、心配なんだ。

じゃ、頼むわ。


あ、合コンじゃない方がいい?」


「いや、合コンは最強っす。」


「よかった!

じゃあ、お願いね。

んじゃ、また。」


そう言ってリョウヘイ君は帰って行った。

お会計はきちんと二人分を支払って行ってくれて、レジ横にある販売のコーヒー豆も買って行ってくれたらしい。


「何の話してたんですか?」


「…んー?」


「…なんかあったんです?」


「いや、なんかぬるっと面倒ごとを頼まれちゃって…合コンに釣られて。」


「…えぇ…?」

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LORE IN THE COMPLEX まつり @omatsuri

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