第6話 クリスマスの後に



3人が重い身体を引き摺りながら、団地を後にする。

道に出てタクシーを拾って行くことにした。

流石に公共交通機関を使ってトボトボと帰る気にはならない。


建物の中は荒れ果ててしまったが、こんな所誰も来ないだろう。


普通であれば。


団地の屋上から3人を観る者が二人いる。


「…なんか意図と違う変身だったわね、パパ。」


「うん。

半端な変身だった。


ちゃんと渡したんだよね、僕が作ったシルバーリング。」


「渡したわよ!

捨てられない様に、大切なものだってことも伝えたし、付けさせたし。

普通の人には取れないんでしょう?

あれ。


…はぁ、女言葉には慣れないから元に戻るよ。」


ズズズ、と影が蠢き女を囲うと、女は男になった。


「はぁ、恥ずかしかった。

誰だよ、狩野なみえって。」


「ふふ。

かりのなみえ、仮の名前と掛けていた訳だろう?

シャレが効いていていいね。」


「そうでしょ?

それにしても、本当に俺にそっくりなんだなぁ、兄さん。」


「違う!

お前が彼にそっくりなんだ!

履き違えるんじゃない!


…君にもあぁなって貰いたいんだ。

自慢の息子だからね。」


「…うん。」



「すんませんした。」


「ほら、ココアだ。

クリーム多めにしておいたぞ?

好きだろう、これ。」


俺とショウ君は、謝り通しだ。

本当に申し訳ない事をしたと思う。

取り返しのつかない過ちだった。


「店、一人で回すのは大変だったなぁ〜。」


おっさんが構って欲しそうにしているがそれどころではない。

アレは許可した店長が悪い。

助かったが、恩を押し付けてくるのは違う。


「店長にも、淹れましたから、カフェラテ。

犬のラテアートもしてますよ。」


…だからさ、なんかショウ君は店長に甘いよ。

今日の店長の髪型は金髪のマッシュルームカットか…。

すげー頭皮傷みそう。


いや、今はそれはいい。


謝罪が必要だ。

誠心誠意、心からの謝罪が。


「つれーっすわ。

一人っ子だから、親から甘やかされて生きて来たんですかね。

だからこんなに傷ついてんすかね。」


「すんませんした。」


「いやー、僕も良くなかったんすよ、多分ね?

普段からシンゴくんみたいにあれこれ人に頼って生きて来たなら、きっと覚えてもらえたんすわ。」


ぐっ…。


「あー、クッキーとか食べたくなって来たなぁー。」


クッキーか…。

目があったショウ君が雪だるまクッキーの缶を手に取って蓋を開けると、またクレームが入った。


「それさー、美味しくなかったじゃないですか。

あぁ、そっかぁ、団地に置いてきぼりにされる様な奴は、食べたらテンションが下がるほぼ無味の身体に悪そうな色のクッキーでも食べてたら良いですもんね。


スタバのチョコのやつが良かったけどなー。


いやー失敬、失敬。

食べますよ。

その甘い砂を固めた様な、クソまずい、僕にお似合いの安いクッキーをね。」


…あぁ…。


物言いに腹が立って来たが、俺達が悪い。


タクミ君が人に戻った後は身体は痛いし、頭は疲れたしで、3人で帰ってしまったのだ。


タクシーで。


そもそもだ、ユウタはクリスマスなのにと嘆く彼女を怒らせてまで手伝ってくれていたのだ。


仲間だから。


そんな素敵な理由で。


それなのに、自分の存在を完全に忘れて置いていった挙句に、ショウ君は電話を失くしており、俺は戯れで撮った変身後の姿に驚いてライトを点けたままのカメラモードのままにしていたせいで急激に充電がなくなり、電源が切れて不通となっていたので連絡もつかない。


「おかけになった電話は、電波の届かないところにおられるか、電源が入っていない為、お繋ぎ出来ません。」


クリスマスに心霊スポットで一人でそんな機械音を聴きながら遠ざかるタクシーの光。


想像しただけで涙がでそうだ。


「ユウタ、お前、俺のこと仲間だと思ってくれてたんだな…。

嬉しいよ。」


「…えぇ、先輩後輩というだけでなく、普段から仲良くしてくれてますし、困ったことがあれば助けますよ、そりゃあ。


昨日までの話ですけどね。」


感謝パターンも失敗です!

どうしましょう!


ショウ君!

ショウ君!


「…ユウタ、これ、タクミから預かってんだ。

俺は忘れてなかったから、そのままタクミの家に行ってさ、ユウタって奴も手伝ってくれたって言ってもらって来たんだ。

欲しがってたろ?

タクミのシルバーチェーン。」


そう言って箱を渡す。

なるほど?

プレゼント作戦ですね?


「…でも置いていったじゃないですか。」


「見てくれ。」


ショウ君が懐から取り出したのはバキバキに割れたガラケーだった。


「俺の電話だ。

俺は、忘れてなかったが、連絡できなかったんだ。

そのチェーンが証拠さ。


それに、なぁ?

普通連絡してると思うだろう?


俺の携帯は壊れているのを知っているし、ユウタが捜索を手伝ってくれたのを知っている奴が横に居たんだから。


なのに急にタクシーを拾って押し込まれてさ。


俺はね、ユウタ。

こんな事を言って同情を誘いたくないけれど、肋骨が折れているんだ。


正直昨夜は声を出すのも辛かった。


てっきりシンゴが連絡していると思ったんだ。


悪かった。」


「そうでしたか…いえ、ありがとうございます。

タクミさんのシルバーチェーンは確かに欲しいと言ったことがあります。

覚えていてくれて…僕を覚えていてくれてありがとうございます。」


…?

え、売られた?


…何かないか、捧げ物がなにか。

鍵が見当たらない時にする様な奇妙な動きをしながらポケットというポケットを探るが、あげられる様な物は何も見つからない。


左手の人差し指についている指輪は手放したい所だが、引っ張るとまた変身しちゃうし、言ってみればこんなもん呪物だ。


後輩を公衆の面前で突然コスプレする男にはさせられない。


…もう一つポケットに指輪が入っている。

これはタクミ君の倒れていた所に落ちていた指輪だ。


恐らく、人差し指の指輪と同質の物だろうと、拾って帰って来たが、これも渡さない方がいいだろう。


じっとこっちを見ている二人。


土下座だ。

もう土下座しかない。


頭を地面に付けて謝ろう。


スッと正座の姿勢になって二人を見ると、目が笑っていた。


「冗談ですよ。

実はあの後すぐショウさんからタクミ君の電話経由で事情を説明されていたんです。

タクミ君の消耗がヤバいから、悪いけど先に行くって。


んで、今日はシンゴ君にイタズラしようとしただけですよ。」


…やられた。

いや、忘れてた俺が悪いのだ。


だからユウタは悪くない。


…あれ?ショウ君は悪くない?

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