第5話 12/25 変身!


ジャラジャラと鎖が鳴る。


俺は身体を起こすとこの、なんだ、なんかよく分からない身体から出て来た棒を構えた。


棒をよく見ると持ち手のおしりに指が付いており、左手の人差し指がそのまま抜けてしまった様だ。


その左手は薄黄色の殻に覆われており、そのまま左腕、左腿、左胸、そして頭は同様に殻に覆われている様だ。


つまり、こうか。


俺は左半身を前に出し、後ろで棒を構える。


殻は硬いもんだよな…信じるぞ…硬いことを。


ジャッ。


あの時電話越しに聞いた音の正体が襲ってくる。


俺は相手へ飛び込むが、先に到達するのは鎖の方だ。

左側で受けると、目論見通りダメージは少ない。

痛くない訳ではないが、受け止められる程度の痛みだ。


しかし、衝撃は別だ。

かなりのスピードで鉄の束を叩きつけられた訳だから当然、俺の体重よりもかなりの重量なのだろう。


再度吹っ飛ばされると壁をぶち破り、おそらく隣の号室、3502へと飛ばされた。


「…痛えが…イケる。」


ぶち破った壁から鎖が飛び出してくる。

蛇の様にうねる鎖は辺りを破壊しながら俺の方へと襲ってくるが、冷静になるとよく見える。


全部を避けられる訳ではないが、束のうちの数本だけを食らっても大したダメージも衝撃もない。

…なんか目もよくなっている気がするな。

腕力はどうかと受けた一本の鎖を掴むが、綱引きで負けて鎖は3501号室へと帰って行った。


比較対象が怪物だと自分が強くなっているのかが分からないが、あの鎖と俺の腕力では鎖の方に分があるらしい。


力押しは無理そうだ。


俺もなんか無いのか?

必殺技みたいな奴が欲しい。


…この指がくっついた棒がそれなのか…?

いやぁ、もう少しなんか無かったのか。


再度隣から、ジャラジャラと音がする。

一度完璧に受け止められて、掴まれたことを警戒しているのだろう。

先ほどまでの、とりあえず振ってみましたみたいな攻撃をしてくる様子はない。


こちらは棒しか武器がないので、近づかなければどうにもならない。


穴を潜り3501号室へと戻ると、後悔した。


怪物なので知能なんてあってない様なものだと決めつけた事をだ。


暗くて足を踏み入れるまで気が付かなかったが、鎖が床にばら撒かれており、それに足が触れた瞬間に絡め取られた。


何が起こったか考える間もないまま持ち上げられて、壁、天井、床へと次々と叩きつけられてしまった。


空中を振り回される間に考えられた事は、左側で受けなければ、という事だけだったが、全部をそうすることは難しく、棒を手放してしまった。


尚も足は掴まれたまま。

何度も殻の方の手で鎖を叩くが無駄な様だ。


何度か牽制の様に少ない束の鎖で殴りつけられるのを、空で守ってはいるが、手詰まりかもしれない。


…クソ…。


でもまぁ、こっちに意識を向けられただけ上出来だ。

ヨロヨロと立ち上がるショウ君が見える。

向こうに気が付かれない様に、鎖を叩き続ける。


上手いこと逃げてよ、ショウ君。


しかしショウ君の動きは想定とは違い、こちら側へと歩いて来ている。


いいよ、助けなくて大丈夫だから、逃げてくれ!


そう願うが声にならない。


ショウ君はそのまま見えない角度へ入って行ったので、音が出る退出よりも隠れる事を優先したのかと安堵していると、すぐに戻って来た。


吹っ飛ばされた棒をその手に持って。


やはり今、この目はよく見える。


ショウ君が何をするつもりなのかがよく分かる。

深く息を吸い、深く息を吐き、心を決めたのがよく分かる。


ショウ君が走り出したのと同時に俺は鎖で掴まれているのを無視して怪物へと向かう。


少しでも囮になれるように。

ショウ君が気づかれない様に。


ショウ君が棒を怪物の脇腹に突き刺すと、怪物は叫び声を上げながら俺を投げ飛ばし、ショウ君へと鎖を振りかぶる。


やはりよく見える。

この目は、よく、見える。


投げ飛ばされかけた俺は残る鎖を空中で掴み、飛ばされる事を阻止して、無理矢理大勢を変えて怪物へと向かう。


感覚が鈍いのは何度も見ている。

携帯も拾えない、指輪も外せない。


ただ破壊する為だけの鎖を利用させてもらおう。


振りかぶった鎖を掴めるだけ掴み、ショウ君への攻撃で振った勢いを利用して、更に怪物へと加速する。


このスピードでもよく見える!


そのまま怪物へ体当たりをして、ショウ君への攻撃を逸らす事を考えたが、見えてしまった。


賭けだ。

ギャンブルだ。


それがダメージになる保証はある。

叫び声をあげていたからだ。


しかし、それで終わる保証はない。

それでも、ジリ貧なのだ。

やるしか、ない。


体当たりの体勢から身体を反転させ、怪物を蹴る。

体当たりの方が体重は乗っただろうし、確実に有効に働いた事だろう。

コイツはバランスがあまりよくない事が分かっていたから。

だが正確性が足りない。


俺の足は怪物に刺さった棒を捉えて、更に奥へと押し込んだ。


ズブズブという、生物に刃が通る嫌な感触が全身に伝わる。

気持ちの良いものではない。

それでも強く押し込むと、怪物は叫び声をあげて倒れた。


力が抜けてフラフラと座り込むと、ショウ君もその場に座り込んだ。


自分の顔がどうなって居るのかが分からないが、目が合って少し安心した。


「…はぁ、ヤバかったな。

超痛え。


…お前、それどうやって戻るの?」


「…え?」


「いや、ちょっと待ってろ。

あれ、ケータイ…ケータイ…。

あ、吹っ飛ばされたんだった。


お前のちょっと貸してくれよ。」


素直に渡すと、こっちにカメラを向けて写真を撮る。

周りが暗いのでフラッシュが光って眩しい。

カメラを向けられた条件反射で、なんとなくピースサインを出してしまった。


「ほら、ピースのせいでコスプレ感がとめどないがよ、これでそこら辺歩けねぇだろ。」


画面に表示されている姿は、ツルッとした薄黄色の殻にひび割れた穴が開いており、ケチャップよりも真っ赤な何かが隙間から見えて居る禍々しい姿だった。


胸や腕は唯のツルツルの殻の様な感じなのに、面だけグロい。


「な?

キショいだろ?


スーパーとか行けるか?

それで。

ガキンチョが泣くぞ。」


泣く、これは泣く。


「いや、今泣きたいのは俺の方なんですけど…。」


ふと、左手の人差し指がないことを思い出し、怪物を見ると、棒が刺さったところからボコボコと蠢いていた。


「うわ…なにこれ…。」


「うぉお、キメー。

…毒とかか?

この棒、毒とかあるのかもしれないな。」


グロコスプレ野郎に成り下がっても、人差し指は必要なので、棒を引き抜くが蠢いて居るのは変わらない。


…これは戻せるのか?

人差し指があるべきところには穴が開いて居る。

丁度刺さりそうな絶妙なサイズ感だがこの怪物の様子を見るとめちゃくちゃ怖いし、径は合ってても長さがおかしい。


肘から先っぽ飛び出るって。


恐る恐る棒を人差し指の穴に差し込むと、スルスルと入っていく。


確実に70センチほどあった棒は手から肘までの長さより長かったが、ピッタリと収まり、収まったあとは人差し指も動かせる様になった。


「マジックみてぇ。」


いや、本当に。


そのまま人差し指をワキワキさせていると、全身に回っていた謎の熱さがずっと引き、身体から殻が消えた。


空気に溶ける様に、ハラハラと消えた。


「お?うぉー、良かった!

ショウ君にお世話してもらわなきゃいけなくなるところだった!」


「お前…いや、ほんと良かった。」


俺の方の身体の傷は何故か殆どなかった事になっていて、ショウ君も脇腹が痛むくらいで歩けない程ではないという。


立ち上がり帰ろうとすると、怪物からサラサラと粉が舞いはじめているのに気がついた。


顔のリングや、腕の鎖は消えていき、様子のおかしかった左手も両足も普通の人間の様に戻っていく。


「…タクミ。」


そうか。

やっぱりか。

戦っている最中に少し思っていた。

シルバーに関する物で身体が構成されて居るな、と。


怪物が雑に作られて居る部分は、アクセサリーに関係のないところが多いし、タクミさんが左手にアクセサリーを付けているのを見たことはない。


あとで聞いて分かったことだが、弦楽器を弾くのに邪魔だから左手にはリングを付けないらしい。

付けたり外したりでどっか行ったりするのが嫌なのだそうな。

本来なら頭側にチェーン、腕側にリングが相場だと思うが、こんな現象に文句を言っても仕方がない。


「…タクミ、おい、タクミ。」


ショウ君がペチペチと頬を叩く。


「…う…。

…あ…。

…ショウやん?


…なんだ、俺、戻れたのか。」


「戻れた?

多分そうだ。

シンゴが助けてくれた。」


「…おぉ、シンゴ君、久しぶり。」


「いや、23日に会ったばっかりじゃないですか。」


タクミはゆっくりと身体を起こす。

危惧していたが、右手もついている様で、リングに付いた石が光っている。


「…いや、絶対に会っていないはずだぜ?

俺は21日にこうなりかけて、ここに隠れたからな。

今日、何日?

…25か。


記憶はある時からないが、ずっとここに居たと思う。

身体が鎖みたいになって、思考がおかしくなって行くのが分かったから、誰も来ない場所に隠れたところまでは覚えているから。」


「…でも、俺は会いましたし、ユニフォームがタクミさんに殴られただかで怪我していて、捜索されていますよ。」


「…マジかよ。

いや、絶対とは言い切れないが、多分俺じゃない。」


「…タクミの言うことが正しいと思う。

俺がこの部屋に入った時点では、埃に残った足跡は一つだけだった。


出入りの形跡は無かったんだ。」


…じゃあ何者かがタクミさんに成り代わって動いていたと言うことだろうか。


「まぁ、戻ったなら話も出来るし、何とかなるか。

仲間の話を聞かねぇ奴らではないからなぁ。


うし、改めて、ありがとう、シンゴ君、ショウやん。」


「あ、お礼、妹さんにも言ってあげてくださいよ。

妹さんからの連絡が無ければ、ここに来てすらいないんですから。」


「…あ?

俺に妹なんていないけど?」


最後に怖い話はやめてよ…心霊スポットなんだからさ。



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