第4話 12/25③


なんだってクリスマスに心霊スポットを歩かなきゃならないのだ。


せめてもの抵抗として1-Aをユウタに任せて、俺は2-Aに行く事にした。


必然一番恐ろしい3-Aはユウタが行く事になる。


後輩を陥れる酷い先輩だと言われるだろうが、怖いものは怖い。

御乱心のタクミ君より、呪い殺したりしてくる幽霊の方が俺は怖い。


恐る恐る探りながら探索しているが、ほぼ全部の部屋の鍵は閉まっており、中には入れなかった。

唯一入れた2302号室は、畳が腐っていて窓は割れていたが、それ以外何もなかった。

恐らく前の侵入者が窓を割って入って、鍵を開けて帰ったのだろう。


…なんで3階を…。

どうやって登ったのだろうと思い窓の外を見ると、冬で枯れていて何の木かは分からないが、侵入してくれとばかりにベランダまで枝を伸ばしている。

これをわざわざ伝ったのだろう。

気持ちは少し分かる。

せっかく来たのだから冒険心が沸いたのだろう。


そのまま上の階へ行ったが入れる部屋もなく、次の棟に行こうとした時、着信があった。

心臓が飛び出てしまったが、ユウタからの着信だったので平静を装い電話に出ると、特に何もないので次へ行くと言う。


「開いてる部屋すらなかったですね。

近いところからで良いですよね?

えーと、あ、こっちか。


じゃあ4-Aに行きます。」


…は?


3-Aは?

ユウタ君?

一番ヤバい3-Aは?


どう言うことかと外へ出ると、確かに1号棟からは4号棟が近い。

3号棟への道は間に住民の子供が遊ぶのであろう小さい公園があって遠回りになってしまうのだ。


ファックである。

誰だこんな設計にしたの!


嫌だ…。


更に恐る恐る3号棟の前に来て、深呼吸をしているとまた着信があった。

今度はショウ君だ。


「ユウタから幽霊団地って聞いたから来たけど、3号棟だよな、事件があったの。

お前らもう居る?


…荒れてはいるけど…ジャ。

ここには別に何にも…ジャラ。」


よく一人で入れたな。

俺がおかしいのか?

俺が怖がりすぎなのか?


…ショウ君の電話の後ろでなにか音が聞こえる。

なんでこんなところにパンクな格好をして来たのだろう。

チェーンが何かをふんだんに付けているに違いない。


「入れる部屋も…ジャラ…。

少ないな…ジャラ…。


やっぱ普通に考えたら…ジャラ…。

管理してるよなぁ…ジャッ。」


ジャラジャラ音が一瞬速くなった瞬間、受話口に硬質な音が響き、会話が出来なくなった。


「ショウ君!

ショウ君!

なんかあったの!?」


硬いところに携帯を落とした様な音だった。

…何かはあったのだろう。


怖い、だが行くしかなくなった。

階段を駆け上がりドアノブを回す。


3201、3202は開かない。

次だ。


3F、4Fも開いている部屋はなく、5階に着いて初めて扉が開いた。


3501…。

事件は全部屋であった。

ここだけ特別という訳ではない。


怖くない。


タクミ君に何かあったのかも知れない。

なみえちゃんに何かあったのかも知れない。

そして何より、ショウ君に何かあったかも知れない。


怖くない。


始めは勢いで開けてしまったが、途中から静かに扉を動かして、静かに開け、静かに閉めた。


ジャラ。


音を出さない様にそっと中の様子を伺うと、座った人影が見える。


ジャラ。


足を伸ばして俯いていて、どうなっているかは分からないが、誰かは分かる。

長めの黒髪、何より店の制服がチラッと見えるからだ。


…ショウ君…!


ジャラ。


ハッキリとは分からないが気を失っている様だ。


ジャラ。


さっきからなんなんだこの金属音は!


ピリリリリリリリリ。


着信音だ。

ショウ君が倒れている居間と、引き戸が開いている和室の境目に、ショウ君のガラケーが落ちている様だ。


ピカピカと光るそれが、着信と異常を視覚的に浮かび上がらせる。


電話の点滅に合わせて壁に浮かび上がる影は、人のものでは無かった。


どうする?

どうする?


見捨てると言う選択肢は無い。

大切な先輩で、恩人だ。


それだけは、ない。


そっと身をかがめて携帯へと歩み寄り拾う。

まだ気づかれてはいない。


どうやら着信はユウタからの様だが、もう切れてしまっている。


これを怪物の方へ投げて、気を逸らした隙にショウ君を助け出す。


大丈夫、バレていない。

大丈夫。


ジリジリと音を立てない様に動いていると、ふとコートの裾に抵抗がある。

振り向くとショウ君が弱々しく掴んでおり、小さな声で、


「…にげろ。」


と言った。

よし!

気合いが入った!


携帯を拾い、そっと向こう側へ滑らせる。

テーブルの足か何かにあたり、カツンと小さな音がして、怪物の気配がピンと立ったのを感じる。


そのままその携帯へと電話をすると、怪物がジャラジャラ音をさせながらそちらへとノロノロ動いていく。


やっぱり動きは早くない様だ。


本来右手があるべき所に大量のチェーンがぶら下がり、顔があるべきところは輪が組み合わさって丸くなっている感じだ。

左手はなく、足は普通の人の様に見えるがバランスが悪くてヨロヨロしている。


大量のチェーンが重いのか、引きずる様に動いておりそれを見て助け出せると確信した。


完全に部屋の奥へ行き姿が見えなくなったのを確認してショウ君の携帯に着信を入れると、ジャラジャラと携帯を拾おうとしているが、手が鎖なので拾えない様だ。


まごついている間に逃げる。

ショウ君を肩に担いで逃げる。

なるべく音を立てない様に、ゆっくり急ぐ。


「…馬鹿…置いていけ。」


「うるさい。」


ジリジリと移動し、居間と玄関を繋ぐ扉のドアノブに手をかけた瞬間、身体の右側に衝撃を受けて壁の方まで吹っ飛ばされた。


あぁ…甘かった。

早く動く必要なんて無かったのだ。


部屋の壁が真横に砕けている。


その隙間から、伸びている鎖が見えた。

なんだよ、あれ、伸びるのか、クソ。


力任せに振り回しただけなのだろう。

勢いに負けて怪物も倒れている。


怪物は生まれたての様な動きで、ジャラジャラと音を立てながら立ち上がるとジリジリとこっちへ歩いてくる。


「…逃げろ、シンゴ。

置いていけ。」

無理だ。

右腕は変な方向に曲がっているし、多分腰だか足だかどっかの骨も折れているのだろう。

立てない。


ジャラジャラと鳴る鎖がこちらに伸びでくる。

倒れたショウ君を背中に庇いながら、それを見ていることしかできない。


死ぬのだろう、俺はこれから。


そのまま鎖で締め殺されるのだろうと想像していたが、鎖が左手で止まった。


どうやら俺の左手に付いている指輪が気になる様だ。


「いいよ、持っていけよ。

その代わり、ショウ君を助けてくれると嬉しいな…。」


そう言って左手を伸ばすが、しゃらしゃらと指輪を撫でるだけで一向に指輪を取らない。


…取らないのではなく、取れないのか。

確かに携帯も持ち上げられないくらい不器用そうだったな、その鎖。


外してやりたいが左手が動かない。


「やるから、ちょっと待てよ。

くそ、痛えな。

ちょっと汚いけど我慢してよ。」


左手の人差し指についた指輪を口で噛み、引き抜こうと力を入れた。


がりっ。


ぎっ。


その瞬間身体にゾワゾワとした感覚が広がったかと思うと、左腕がパタパタと捲れ始めた。


ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞ。


気持ち悪い。

何かが身体に上がってくる。


気持ち悪い。

気持ち悪い!


上がってくる感覚と、パタパタと捲れ上がる腕を掴んで止めたいが、右手は動かない。


嫌だ。


捲れ上がった隙間から薄黄色い液体が流れ出る。

見た目がもう異形過ぎて分からないが、身体の中身が溶けている気がする。


ゾワゾワした感覚は左手から、左腕、左胸、首、顔まで上がって来た。


視界がドロドロとゆがむ。

…なんか気持ちよくなって来た…。


痛みも消えた。

痺れも消えた。


おいおい、何引いてんだよ怪物がよ。


指輪は返してやるから。


薄黄色の殻に包まれた腕は気になるが、指輪は見える。


なぜか動く様になった右手でグッと引き抜こうとすると、指輪が光り、でかい釘の様な物が現れた。


なんじゃこりゃ!

…武器か?武器だよな…!


守れるかもしれない。

逃げなくてもちゃんと。


身体も痛くない。


こっちの戦意を察知したのがわかったのか、鎖を壁に突き刺して移動して、怪物は距離をとった。


…怖い。

だが戦える気がして来た。




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