売れない芸人から娘へのささやかな贈り物
丸子稔
第1話 苦肉の策
俺、足立翔太は一応芸人をやっているが、俺を知っている者はほとんどいない。
なぜなら、今までテレビに出たことはないし、ユーチューブ等の動画もまったくやっていないからだ。
子供の頃、テレビで観た芸人に憧れて、元相方の同級生と一緒に25年前にこの世界に入ったものの、未だに日の目を見ない。
10年前に相方が「もう限界だ!」と言って芸能界を去ってから、俺はピン芸人としてやっているが、仕事といえば、週に一度の劇場での出番と、たまにある地方営業くらいだ。
なので、生活していくにはバイトが必須で、今まで数えきれないほどのバイトをやってきた。
工事現場の警備員、ゴミ回収、土木作業等のきつい仕事もいくつかやってきたが、その中でも一番きつかったのは、クリスマスのケーキ屋でのバイトだ。
破格のバイト代をくれるため、40歳を超えた今でもやっているが、正直もうやめたい。
いい歳をしてサンタクロースの恰好をするのもきついし、それ以上に幸せそうな家族の顔を見るのが辛い。
一応俺にも小学三年生の娘がいるが、今までクリスマスプレゼントを買ってあげたことはなく、売れ残った格安のケーキを買ってやるのが精一杯だった。
そうこうしているうちに、今年もこの季節がやってきた。
天気予報によると、クリスマス当日は大雪になるらしい。
今までも雪が降ったことはあるが、さすがに大雪になったことはない。
(今年はやめとこうか。いくらサンタクロースの恰好をしてるといっても、長時間雪にさらされていると、体調を崩すのは目に見えているからな)
皿洗いのバイトの休憩中にそんなことを考えていると、スマホに娘の亜里沙からメッセージが届いた。
『お父さん、今年こそクリスマスプレゼントを買ってね』
その一文に、俺は愕然とした。
去年までサンタクロースを信じていた娘が、俺にプレゼントを要求するとは……。
今までは、『どうやらサンタが置き忘れたみたいだね』とか、『今年は寝坊したようだね』とか言ってごまかしてきたが、どうやら今年はそれが通用しないみたいだ。
というか、この言い回しを見ると、娘はもうとっくの昔にサンタクロースなんていないことに気付いていたのかもしれない。
(仕方ない。今年もケーキ屋でバイトをして、そのお金でプレゼントを買おう)
そしてクリスマスイブ。天気予報は見事に当たり、大雪となった。
昼過ぎから降り出した雪は、夕方になって更に勢いを増し、気が付けば辺り一面銀世界となっていた。
俺は凍えるほどの寒さに耐えながら、店頭で声掛けをしていたが、やがてそれも限界に達し、店長に「すみませんが、体が限界なのでもう帰らせてください」と訴えた。
「別に構わんが、その代わり、バイト代は払わないよ」
「なぜですか?」
「ちゃんと契約を遂行していないからだよ。契約は九時までなのに、まだ七時にもなっていないからな」
「……そんな。せめて、今まで働いた分だけでいいから、払ってくれませんか?」
「だめだ。どうしても払ってほしかったら、ちゃんと最後までやり遂げるんだな」
店長の頑なな態度に、俺はこれ以上言っても無駄だと判断し、無理して最後までやりきった。
そのせいで限界を超えてしまった俺は、プレゼントを買うどころか電車に乗る体力も残っておらず、なおも降り続ける雪の中、アパートまでタクシーで帰った。
やがてアパートに着くと、ブロック塀に大量の雪が積もっているのが目に入った。
俺はわずかに残っている体力で雪だるまを作り、玄関の外にそっと置いた。
翌朝、風邪をひいて寝込んでいる俺に、娘が「お父さん、プレゼントは?」と目をキラキラさせながら、聞いてきた。
「ごめん。昨日買おうと思ってたんだけど、体調を崩してそれどころじゃなかったんだ。その代わりと言ってはなんだけど、玄関の外にあるものを置いてるから、見ておいで」
「あるものって、何?」
「見れば分かるよ」
そう言うと、娘は怪訝な顔をしながらも、玄関に向かって走り出した。
「わあ! かわいい!」
玄関の外から聞こえてくる娘の歓声に、俺は胸を撫でおろした。
もし『何、これ?』とか言われていたら、立ち直れないところだった。
「お父さん、ありがとう!」
娘が雪だるまを大事そうに両手で持ちながら、飛び切りの笑顔を向けてきた。
もしかすると、体調を崩している俺を見て、彼女なりに気を遣ったのかもしれない。
俺は熱で意識が朦朧とする中、(来年は絶対本業で結果を出して、もっといいものをプレゼントしてやるからな)と、心に誓った。
了
売れない芸人から娘へのささやかな贈り物 丸子稔 @kyuukomu
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