人生試験
リュウ
第1話 人生試験
僕は、試験会場の扉を開け、中に入った。
思ったより大きな会場だった。
受験番号から、自分の席を探しだし席に着く。
丁度、左横の席に女性が座ろうとしていた。
女性と目が会った。
お互いに軽い会釈を交わす。
毛先がカールしたショートボム。
透き通るような白い肌。
上品な大きな瞳。
襟と袖がフリルのシャツ。
やばい……
かわいい……
試験に集中できない。
そんなことを考えてはいけないと頭を試験に戻した。
試験の問題と解答用紙が配られた。
前方の大きな黒板前に立つ試験官が説明を始めた。
「この試験は、人生試験です。
この試験であなたの人生が決まってしまいます。
一度きりです。
一度きりの試験です。
成績が悪かったと言っても、次はありません。
再試験はないのです。
試験結果の通りの人生を歩んでもらいます。
ですから、真剣に試験に挑んでください。
わかりましたか?
試験時間は、終わるまでです。
出来た人は、挙手してください。
解答用紙を回収した時点で、試験は終了します。
時間は、どれだけかけてもよいです。
永遠に説き続けてもよいです。
質問はありますか?」
試験官が会場を見渡す。
「質問が無いようですね」
試験会場が静まり返る。
「はじめ!」
試験官の声が会場に響き渡る。
紙をめくる音、シャープペンや鉛筆が字をなぞる音が、会場に渦巻く。
その音を聞くだけで、あせりが増していく。
僕は、まだ答えを書いていないのに、既に答えを書く音が耳に届く。
あせるな。
まわりを見るな。
あせってはいけない。
一度きりの試験だ。
次がない試験だ。
集中。
全集中するんだ。
人生が決まってしまうんだそ!
問題を読む。
だが、問題の文章が全然、頭に入ってこない。
僕は、考え込んだ。
しかし、答えが思いつかない。
顔を上げてみた。
他の人は、問題が解けているようだ。
あせりが増す。
隣りの彼女を見る。
僕は、目を疑った。遊んでいるなんて……。
彼女は、試験用紙を見ずに、ペン回しをしていた。
クルクルクルとよく回る。
僕は、思わす見惚れてしまう。
彼女と目が会った。
彼女は、僕に微笑んでくれた。
だめだ。
気を取られてはいけない。
試験に集中だ!
全集中だぁ!
しかし、解答欄は埋まらず、時間だけが過ぎていく。
これでは、終わらない。
永遠に終わらないのではと思った時、隣りの彼女の声が聞こえた。
「この試験が必要だと思うから、終わらないのよ」
そう言うと彼女は僕の左手を掴むと上にあげた。
「えっ」
何しているんだ、この娘は……僕は唖然として彼女の顔を見ていた。
その間に、試験官が目の前に来て、答案用紙を回収していく。
つまり、試験終了だ。
僕は、僕と彼女の解答用紙を持っていく試験官の後ろ姿を見つめていた。
「ねぇ」
僕は彼女に顔を向けた。
彼女は、にこやかに微笑んでいた。
「一緒に行こう」
僕は彼女に手をひかれて、試験会場を後にした。
そして、公園のベンチに腰を掛けた。
「試験、続けたかった?」と彼女が呟いた。
「いや……続けたいと言うか……さっぱり問題がわからなくてさ」
と僕は正直に答えた。
「私もわからなかった……で、思った訳。
試験のそのモノを疑ったの。
これは、何の試験なんだってさ。
本当に私に必要なのかなって。
もしかしたら、勘違いしているのかなって。
必ず、試験しないといけないと思っていて、
だから、試験を受けているんじゃないかって。
思い込みじゃないかって。
さっきの試験だって……
試験されていると思っているから、終わらないだと思うの。
試験されていると思わなければ、終わるんじゃない。
そう思って、横を見たら、君が居たの」
彼女が僕を見て微笑む。
「試験している時間より君とデートしていた方が楽しいじゃないかなって考えた。
デートが終ってもずーと君と居れたら、楽しいなと思っちゃったんだ」
彼女は、僕を見つめた。
僕も誰かが考えた試験をする時間より、彼女と過ごす時間が大切に思えた。
「僕も君と一緒にいる方が楽しいよ」
彼女は、ありったけの笑顔を僕に向けると、手を引いて歩き出した。
「どこ行くの?」
僕は彼女に訊いた。
「わからない」
彼女は微笑んでいる。
「君と一緒なら何処でもいいさ」
僕は、歩幅を彼女に合わせた。
人生試験 リュウ @ryu_labo
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