サンタクロース・オーディション

七雨ゆう葉

サンタクロース・オーディション

『年休364日で、月給支給!』

 とある掲示板で見かけたそのうたい文句にまんまと惹かれ、粉雪が降るなか目的の倉庫場へと歩を進める。ちょうど昨日寒波が到来したとの報道を目にし、運の悪さを舌打ちにして消化しながら、俺はジャケットのファスナーを口元まで近づけ白い息を吐いた。


 今日は「例の試験」――その当日。

 ラットレースよろしく日々休み返上で働き詰めだった王国での仕事を退職し、もうすぐで一年。怠惰万歳。だがいい加減、新たに仕事をしなくては……。そう思いながらもなかなかやる気が起きず、ようやく重い腰を上げ応募したのが今回の仕事だった。

 もうまもなくで年の暮れ。

「サンタクロース・オーディション」という名のその内容は、

 364! 300000

 との触れ込みで、正直言うといかにも胡散臭かった。それでも手持ちの残金もあとわずか。背に腹は代えられない。

 只ならぬ心配は募りながらも会場に到着すると、大倉庫の一角に四つの椅子が並べられていた。応募者は自分を含め四人、か。と思った矢先、少し離れた場所に置かれた正方形のテーブル、その周りを囲むようにして、同じ応募者を見られる三人の男性が立っているのが見えた。

「キミも?」

 すると三人のうちの一人、長身で細身の男性に声を掛けられ、俺は「はい」と小さく会釈を交えながら返した。呼応するように他の二人もこちらへと一瞥いちべつをくれ、初対面恒例の時間が流れる。だが彼らは挨拶を早々に、再び視線を机上へと集中させた。

「兄ちゃん、これ見てみな」

 最初に声をかけてきた男とは別、今度は白髪で髭面の、この中では最高齢と思しき男性が声をかけ指を差して見せた。

 机上に貼り付けられた真っ白な紙。

 そこには、「最終試験のご案内」との文字が。



【サンタクロース・オーディション 最終試験】 

 合格者は一名


【試験内容】

 本日中に指定された地区へ各自、既定のプレゼントを届けること。


 以上



 尚、備考欄に「採用連絡につきましては、合格者のみに後日お電話にてお知らせ致します」「本日分の賃金は別途お支払いしますのでご安心ください。ただし正当な理由なく、キャンセル等は不可」との記載もあり、情報としてはそれだけで終わっていた。


 え、これだけ? どういうことだ。

 やはり胡散臭い。そもそも最終試験と銘打っているが、そもそも履歴書を郵送しただけで、面接すらまともに受けていない。それでもう、最終って。思案しつつも口には出さず、四人は互いに目を合わせた。

 とはいえ、ずっとこうしていても埒が明かない。怪しさはふんだんだが、たった一日労働で月給の平均額が手に入る。こじらせている今の自分には、不安よりもカネ、金が勝っていた。思うに、他の三人も同様なのだろうか。この試験に退散する者はおらず、むしろ自分以外の三名はやる気を滾らせている。

「ちょっと! あれ!」

 何かを発見したのか。三人のうち、今度はスキンヘッドのふくよかな体格の男が突然声を放ち遠くを指した。

 ぞろぞろと近づいていくと、倉庫内部にA、B、C、Dとマーキングがなされている。さらに各四つのゾーン内に、名前入りのマップと大量の荷物が積載されていた。

 「なるほどね」

 「そういうことかっ」

 「ほうほうほう」

 俺たち四人は合点し、ようやく試験内容を理解した。

「これはオレの得意分野だ!」

「何をおっしゃる。わたしこそ」

「いやいや、ワシの出番といえよう」

 三人は舌鋒ぜっぽう鋭く己の自慢を始め、そのままの流れで現職に関する話題となった。


 聞けば、長身で細身の男は人里離れた村出身とのことで「忍者」とのこと。

 スキンヘッドでふくよかな体格の男は「ものまね師」だという。

 そして白髪で髭面の高齢男性に至っては「魔獣使い」だと名乗った。


「これは数と速さが勝負! 忍者のオレ様の得意分野よ!」

「何を! サンタクロースは子どもたちにとっての憧れ。すなわちビジュアルのリアリティーを追求すべし! わたしの出番ですわな」

「リアリティーでいうならこのワシよ! ワシは魔獣使いじゃけ、トナカイぞ余裕で乗りこなす。速度だって申し分ないし、それこそリアリティーだって。まさに二人の良いトコどりじゃな! もらったもらった、ガハハハ!」

 三者三様に血気する男たち。そんな中昨年まで一兵卒で、現在は絶賛無職である自分。特別秀でたスキルもない。こんな人たちが相手じゃ、勝てるはずがない。場違いにも程があると痛感し、すぐにでも帰りたくなった。

「んじゃ、おっ先ィ!」

 忍者の一言を機に、一斉に散らばる三人。

 時刻は午後十五時。嫌々ながらも、避けられない試験がスタートとなった。


 ハア。すでに大敗を覚悟した俺は、一人その場に立ち尽くす。

 こういうオチか。魅力的であった分、極めて難関、ってか。勝負は目に見えている中、強制性を含むこの試験に逐一嘆息が絶えない。三人とはだいぶ遅れた形で、しぶしぶ俺は荷車に手をかけた。

 指定エリアはD地区。速さもリアリティーもへったくれもない。何も考えず、疲れず汗をかかないよう時間いっぱいを使って回ろう、それだけをモットーに泣く泣く倉庫を出発した。

 試験内容は、指定されたエリアに荷物を届けること。そのミッションさえ達成すれば。終わりに飲み屋で一杯ひっかけて、それでしまいとしよう。

 そんな陳腐な思考を巡らせながら進んでいると、町では鐘の音が響いていた。

 今日はクリスマス。こんなみすぼらしい恰好は流石によろしくないか、そう思い道中、簡易的な赤の三角帽子とマントを激安バザールで購入することにした。――さてと、行きますか。


「わっ! サンタさんだ!」

「サンタさん、ありがとう!」

「やった! プレゼントだ!」

 試験は思いのほか、順調だった。

 やはり、流石は神聖なクリスマス。しんしんと降り注ぐパウダースノウと町のイルミネーションも相乗してか、穏やかな空気が町全体を包み込み、多少の遅延があれどお届け先の住民たち(とりわけ子どもたち)から感謝の言葉が絶えなかった。

 前職の、入職当時に強く感じたこの感覚。もう何年も忘れていた感覚が、自ずと体中に染み渡ってゆく。

 午後、十一時五十五分。思いのほか多幸感に包まれた俺は、この感情のまま一日を終えたいとの思いで、寄り道はせず直帰することにした。




 それは翌々日の、朝のことだった。

 壁掛けの電話が激しい鳴音を立て、強制的に目を覚ます。

「おめでとうございます」

「えっ、と……」

「先日実施しましたサンタクロース・オーディションの最終試験ですが。厳選なる審査の結果、採用となりました」

 寝耳に水とはこのこと。一気に眠気が吹き飛んだ。まさかの結果に腰が砕けそうになりながらも、俺は受話器越しで首肯を繰り返した。

 いったい、どうして。合格通知は正直言って嬉しい。嬉しい以外の無いものでもない。ただ同時に、あの三人のことが気になった。もしや全員合格したのか。いや、案内には枠は一名だと確かに書かれていた。

「あの、ちなみに……」

 そう言って俺は、採用担当だという相手の女性にはどうして不採用になったのか、意を決し尋ねてみた。

「ああ、あの人たちね。忍者出身の彼は、数と速さはピカイチだけど、それが仇になったっていうか。物音ひとつ立てずに建物に侵入するから、泥棒に間違えられちゃって。住民たちから、警察沙汰の通報が絶えなかったのよ」

「ものまね師の彼は、見た目はまさしくサンタクロースそのものだったんだけど……集まってきた住民たちにそのままものまねライブ始めちゃって、挙句の果てに自身の単独ライブチケットまで売り出す始末」

「それともう一人の男性、魔獣使いを名乗る彼に至っては……トナカイを豪快に乗りこなしてくれたおかげで、いや、そのせいでと言っていいかな。地域の田畑が踏み荒らされたり糞が道路に散乱してたりでもう、苦情の嵐。大変だったのよ」

「その点、あなたは終始落ち着いて――」

 その先の自身のフィードバックに関して、右から左に流れていくだけで傾聴することができなかった。

 そういうこと、か……。運が良いというか、なんというか。

 そうして通話を終え、俺は電話を切った。



 ◆ ◆ ◆



 明くる年。初春を迎えた城下町は、新たな年を迎えお祝いムードが絶えない。どこもかしこも多くの人でごった返し、昨年末の活気をそのままに賑やかだった。

「お待たせしました!」

 一か月にも満たないが、すでに手慣れたモノ。「ありがとー!」と玄関先で手を振る子どもに会釈をし、キャップを整える。――だがその色は赤でもなく、ましてや今は聖夜でもない。


 あれから俺は、配達員として新たに仕事を始めていた。

 サンタクロース・オーディションの採用は、自分から断りを入れた。

「ありがとう」という感謝の言葉。あの日をきっかけに、を再発見した俺は、改心した。怠惰は悪くない。けどやはり、俺にはこっちのほうが性に合っている。

 町へと繰り出す俺を、これ見よがしに小鳥たちが横切っていく。

 微笑ましい朝の景観。陽光の眩しさに目をしばたたき、空の青さに自然と頬が綻びながら、俺は再びペダルに足をかけた。


 今日も、一日が始まる。




 了



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サンタクロース・オーディション 七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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